第二の罠と瘴気
茶猪とぶつかる直前、カドルは短刀を持っていない方の手で地面に埋まっている麻縄を引き、魔力を流す。
麻縄はカドルと茶猪の間の位置にある地面に輪になるように埋め込まれており、その輪の対角上に付けられた二ヶ所から小さな爆発が起こる。
爆発をトリガーに添え木と土で固められたカモフラージュが崩れ、カドルが事前に掘った落とし穴が姿を見せた。
「ボモォ!?」
突然現れた落とし穴に茶猪はスピードを落とすことができず、三体とも吸い込まれるように落ちる。
「ボモォ!!」
落とし穴は一メートルにも満たないものであり、土塊の外装を発動している茶猪には深さでダメージを与えるものではない。
しかし、底には木の棒で上向きに固定された矛先が複数伸びており、茶猪の肌に食い込む。
「ボ、ボモォ……」
重くなった自重により、さらに体に刃先が食い込むことに気づいた茶猪はとっさに土塊の外装を解除する。
カドルが狙っていたのはその一瞬だった。
「快盗乱麻!」
麻縄を握っていた手に今度はもう一本の短刀を持ち直し、茶猪の額にある黄色の魔核に目がけて両手の短刀を交差して斬撃を放つ。
一体目の茶猪から魔核は額ごと砕け散り、月光を反射してキラキラ光りながら地面に落ちていく。
「ぐっ!」
(快盗乱麻を一回使っただけでこれか)
魔力による強化で無理矢理動かしている体が悲鳴をあげる。
いくら現在の体の感覚に調整したとしても、魔核を確実に壊すためにはどうしても体に無理させる必要があり、今更狙って手加減なんてできるはずもない。
「っ、快盗乱麻!!」
二発目の斬撃は明らかに威力は落ちていたものの、なんとか茶猪の魔核を割ることに成功する。
(……残り一体!)
最後の一体となるとさすがに落とし穴から這い出ようとしているため、その前に止めをさそうと両手の短剣を再度ふるう。
「す、スラッ……!」
だが、十歳の体では連続で必殺技を使えるほどの強度は持っていなく、疲れによる体の一瞬硬直によりバランスが崩れ、カドルは魔核壊す威力には足りないことを確信する。
力が不十分だったため、体勢を立て直すことを一瞬考えたカドルだったが、ここで攻撃を止めると落とし穴から抜け出されるだけでなく、最後尾にいた茶猪たちに合流される可能性を考えるとここで仕留めるしかない。
「くっ、うおおおおお!!」
「!? ぼ、ボモォ!!?」
左手の斬撃を無理矢理変え、短刀の刃を茶猪の右目に突き刺す。
そして、
「おおおおおおおおおお!!」
カドルの右手が残った力を振り絞って振り落とされる。
短刀の刃と茶猪の魔核がぶつかり、金属同士がぶつかり合った時特有の甲高い音を立て、両者は共に砕けた。
「はあはあ……やった、か……?」
息も絶え絶えになりながら目の前の茶猪の死体を見る。
程度の差はあれど三体とも弱点である魔核は破壊され、その体も生物としての動きを止めている。
「はは……短刀を犠牲にした甲斐はあった、かな」
カドルはから笑いをしながら右手の短刀を見つめる。
最後に魔核を割るためにふるった短刀の刃は根本付近から折れており、もう武器としての機能は失われていた。
それでも役目を果たしてくれた短刀に感謝をしつつ、わずかな体力を使ってその場から離れようとする。
しかし、茶猪の死体の風化はすでに始まっていた。
「やばっ……ぐっ!?」
茶猪の骸の風化と共に漏れ出た闇より深い瘴気がカドルの体にまとわりつき、膝を折らせる。
茶猪を殺したカルマがカドルを蝕んでいた。
魔物が死んだ場合、魔核以外の体は即座に風化し、やがて骨も残さず塵に還る。
だがその際、魔物の体から半径数メートルの範囲に呪いが吹き出し、人間や動物などを蝕む。
それがこの世界の摂理であり、魔物を殺したときに負う咎なのであった。
「があああ、あああ!!」
頭の内部で発生する苦痛をカドルは必死に耐える。
(だ、大丈夫だ……これくらい、なら……)
カルマは精神を侵し、その人間の許容量以上を受けてしまった場合、廃人にまで至らしめる。
神職持ちの者はその許容量が常人よりはるかに高いものの、平和な村で育った子供のカドルではそれほど許容量があるわけでもない。
しかし、やり直す前の記憶から、感覚的になんとか耐えられるのを悟ったカドルは茶猪の体が完全になくなるのを両手で頭を抱えるようにしながら耐え忍ぶのであった。
「ぐっ……収まった、か?」
数分後、痛みは徐々に治まり、自分を照らす月明りに気づくぐらいには回復する。
カドルが起き上がると茶猪の体はすでに消え去っていた。
「落とし穴は……もう使えないな」
茶猪たちが落ちていたところを見る。
落とし穴ももともと深く掘ってなかったため、茶猪が落ち、暴れたときで落とし穴の周りの土が崩れ、ただの窪んだ土地になっていた。
(後、四体……他の三体は茶猪王が来る前に決着をつけないと)
軋む体にむちをうち、獣道を見てそろそろ来るであろう残りの茶猪を待つ。
だが、
「嘘、だろ……?」
獣道から来たのは残り三頭となった茶猪ではなく、茶猪王だった。




