第一の罠と誘導
暗く月の光も届かない静かな森の中、自身に近づいてくる影の姿と足音をカドルは捉えた。
影の正体は茶猪の群れ。進行方向だけなら山道を沿っているだけなので、おかしくないが、明らかにそのスピードは長距離を移動するためのものでも傾斜のある道を走るものではなく、茶猪が自身に向かって突進しているとカドルは結論を下す。
(気づかれるのは思ったより、早かったけど、これは好都合か……?)
カドルとしては茶猪に気づかれるためにはもう少し近づく必要があると予測していたため、すでにこちらが発見されたことに驚く。
ただ、早めに気づかれたということはその分だけ茶猪との距離が稼げたということでもあり、迫りくる茶猪の様子を観察する。すぐに罠のあるところに誘導しなかったのは、下手に距離がある状態でこちらが罠のある獣道に移動すると相手が追いかけてこなくなるのを危惧してからだったが、どうやら杞憂だったようだ。
(現状、向かってきているのは九体……茶猪王はまだ後方だな)
全長が熊より数回り大きい茶猪王に比べてだいぶ小さい(それでも全長は大人ほどある)茶猪たちを先にたたけることはカドルにとってありがたい。
カドルは一呼吸おき、茶猪の群れが想定の距離に近づくと反転し、茶猪たちに背を向けるようにして走りだす。その脚力は魔力で強化してはいるものの、魔物である茶猪より速いわけではなく、じわりじわりと距離が詰められていく。
だが、もちろんそれは想定通りのことであり、カドルは舗装された山道から徐々にずれ、自身で用意した獣道へと入る。
人間なら獲物に獣道に行かれると追いかけるのを躊躇うのが普通だが、魔物である茶猪たちは迷うそぶりも見せず、カドルを追って獣道に入った。獣道に入った茶猪たちは幅の狭さゆえに、自然に先頭、中盤、最後尾の集団にそれぞれ三体ずつ分かれる。
カドルは走りながら背後を確認し、茶猪の群れが獣道に入り、先頭の三体が幹に目印をつけた木を通過した瞬間、用意していた麻縄を引っ張った。
(一つ目の罠、魔核付き麻縄)
カドルが麻縄を引っ張るとその延長にある麻縄が地面から茶猪たちを分断するように出現する。しかし、その麻縄は茶猪の進行を阻むものとしては明らかに脆弱であり、中盤以降の集団も気にせず進もうとする。
(きた!)
後続の茶猪たちが進もうとした瞬間、カドルは持っている麻縄に魔力を流す。すると、その麻縄の延長である麻縄の途中途中に釣り糸でくくりつけらた計五つの魔核の欠片に魔力が流し込まれ、魔核の欠片内に蓄積された魔力量はすぐに臨界点を迎え、白く発光していた。
(爆ぜろっ!)
魔核は許容量以上の魔力を流し込むと爆発する性質がある。カドルはその性質を利用して魔核は爆発させ、爆風と熱を茶猪たちに浴びせた。その結果、麻縄の直前にいた中盤の三体の茶猪の額にある黄色の魔核が砕け散るのをカドルは確認した。
(仕留められたのは、三体。最後尾の集団まではやれなかったか……)
獣道に入り、その狭さで群れを分担するところまでは狙っていたものの、集団がどう分かれるかまではさすがにコントロールができなかった。
火力的に全部は無理だとわかっていたものの、カドルの計画としては五体……いや、四体はせめて仕留めておきたかった。
(っ!)
だが、そう思ったところで出てしまった結果は変わらないため、カドルは思考を切り替える。幸い、先頭の三体と最後尾の三体は先ほどの爆発で距離ができ、また爆発により道を塞ぐように周囲の木々を組んでおり、また代わりの遠回りとなる道をあえて作ったので早々に追いつかれることはないだろう。
「はあはあ……」
獣道の終点には岩壁があった。そこは森の中でも開けた土地であり、木々の障害がないため、月光がきれいにその場所を照らしている。
カドルは振り返り、追ってくる茶猪の先頭集団と向き合う。ここからはもう逃げるつもりはなく、短刀を一本抜き、迎撃の構えとる。
短刀は決して名刀と呼べるような代物ではなかったが、月明りを綺麗に反射する丁寧な手入れが行き届いているものだ。
「ボモモモ!!」
一方の茶猪たちも、カドルに応えるようにスピードを上げ、その表皮は土のようになっていく。
「……土塊の外装。お互いここが勝負所だな」
茶猪は自身の技能である土塊の外装を発動することで表皮を硬化することができる。その硬さは人間の単純な腕力だけでは傷つけられないほどであり、現在のカドルでは魔力で強化したとしても薄皮一枚を削るのが精いっぱいであろう。
ゆえにカドルが狙うのは茶猪の弱点である額の魔核のみ。表皮に含まれない魔核は土塊の外装による効果の対象外ではあったが、そこだけをピンポイントで壊せるほどの実力は今のカドルにはない。
(今だっ!)
ゆえにカドルはすでに手を打っている。
茶猪たちが幹に目印をつけた木を通過後、カドルは迎い討つように飛び出す。もちろん、まともにやりあってカドルが三体の茶猪に勝てる見込みは薄い。
だから、次の罠を使う準備はすでに整えていた。
(二つ目の罠、起動式落とし穴!)




