過去と犠牲
『うっ……』
真っ暗闇の深夜、激しい衝撃を受け、カドルは目を覚ます。
突然受けた衝撃に、反射的に体を動かそうとするが、思うように体が動かず、そこで自身が自宅の下敷きになっていることに気がつく。
(どうして? いや、それよりもまず抜け出さなきゃ……)
どうしてこんな状況になってしまったのか疑問がわいたものの、ひとまずそれは置いておき、家の外に出ようと体を動かす。
幸いにも倒壊した建物の隙間に入れたようで建物に体が挟まれるようなことはなく、窮屈ではあるものの体を這わせて外に向かうことはできた。
『……助けて』
出口が見えたころ、カドルの耳に声が届く。
声の主はどうやら自宅の隣から聞こえてくるようで、その状況は切迫しているようだ。
(助けなきゃ!)
自身の安全すら確保できていなかったカドルだが、反射的に体が突き動かされて出口に急ぐ。
『!』
しかし、指先が家から抜け出る寸前、視界に茶色の体毛に覆われた獣が目に入った。
(猪? いや、ま、まさか……魔物……?)
魔物はカドルが今まで見たことのない巨体と鋭くとがった牙を有している。
初めて魔物の姿を見るカドルはその凶猛な姿に委縮し、動きを止めてしまう。
まだ魔物との距離が遠いことが功を奏したのか魔物はカドルの視界の範囲から通り過ぎようとする。
『……助けて』
しかし、その様子が見えなかったからか隣の声が再度届く。
(お願い! 反応しないでっ!)
カドルの祈りも虚しく、声に反応した魔物がこちらに近づいてくる。
(! あの人のせいでっ!)
声を出し、魔物に近づくきっかけを与えてしまった隣の家に対してしょうがなかったと割り切れるほどカドルの精神は大人ではなく、怒りの気持ちで隣の家を見てしまう。
だが、そうすることでカドルは声の主と目が合う、いや目が合ってしまった。
『はぁはぁ……』
(父さん……! 母さん……!)
目が合った瞬間、カドルの呼吸が乱れる。
隣の家の惨状はカドルより酷く、顔や手が血まみれになっている声の主の姿はカドルの過去のトラウマである父母の最期を呼び起こすには十分だった。
『はぁはぁ……!』
どんどん荒くなっていく息をカドルは止めることができず、口に無理矢理手を持っていくことで、せめて音だけでも小さくする。
『ブモモモ』
やがて魔物が近づいてくると鳴き声も聞こえ始め、隣の家のほうもそれに気づいたのかカドルと目を合わせていても言葉を発しない。
『はぁ……はぁ……』
(収まれ、収まれ、収まれ……!)
一方のカドルはどうしても収まらない呼吸の前にパニック寸前にまでおちいる。
そして、魔物の足音が聞こえるほどの距離になったとき、目の合っていた隣の家の人がニッコリ笑った。
『……くっそ、魔物め! よくもやってくれたな!』
(……えっ?)
隣の家からさきほどより大きな声が響く。それが声の主が囮になってくれたのだと理解するのは子供のカドルでも容易かった。
魔物は声のしたほうに近づいていき、そのおかげかカドルの呼吸は落ち着きを取り戻す。
しかし、思考は冷静になっておらず、頭の中を恐怖と自責がぐるぐると回る。
(俺のせいだ。俺が、囮にならないと……声をいや、手を出口から出せば魔物がこっちに来て隣の人は助かるかも!)
そうは思っていながらも金縛りにあったように口も体も動かせず、緊張により自分の心臓の音だけが異様に大きく聞こえる。
そんなカドルの混乱とは関係なく、魔物はカドルが硬直している間にとうとう隣の家にたどり着く。
そして、
『ブモォオオオオ!!』
魔物によって子供が砂場の城を壊すように家を潰していのをスローモーションのように見ている中、カドルが最後に見たのは声の主の安心させるための笑顔と『良かった』という口の動きだけだった。
「っ! はあはあ、はあ……昔、いや未来の夢、か……」
目が覚めると日の光が窓から入ってきており、部屋の中はすでに明るくなっていた。
嫌な夢を見たせいか寝汗が酷く、服がべっとりと体に張り付いて気持ち悪かったため、カドルはいったん汗を流そうと自室から出る。
クレアを起こさないようにと音をたてずに移動するつもりだったが、すでに家からカドル以外の人の気配はなく、どうやらすでに家から出ていったようだ。
浴室に入ると貯めておいた水を桶ですくい、水のまま汗を流す。
魔法が使えれば水をお湯にできるが、カドルの今の精神状態だと魔核の欠片に魔力を流し込みすぎて1個使い潰してしまう可能性があり、計画通りに物事を運ぶためには割く余裕はない。
(朝食を……って、昨日の残り物はクレアに食べさせたんだった)
汗を流したカドルは朝食の準備から始めようとしたが、食卓には昨日までなかったものが並んでいた。
そこにあったのは、カドルが作った覚えのない食事と書置き。
だいたい誰がやったのかは推測できたカドルだったが、一応書置きに目を通す。
『朝食食べたかったから勝手に台所を借りたわ。ただ、作りすぎて余ったからあんたが食べたければ好きにしなさい』
書置きの下には『せいぜい頑張んなさいよ』と小さく書かれている。
名前こそ書かれていないものの書置きの主は、想像通りだった。
朝食に感謝をする一方、結局なんで自身が必然の結末で影響なかったかは聞け出せなかったことを思い返す。
(……でも、これは今考えても仕方ないか)
クレアが用意してくれた朝食を感謝しながら食べる。
材料は裕福でないカドルの家にあるものだから味としては薄いものの、ある意味それが前回の魔王討伐の旅でも野宿するときは似たような食事ばかりなのである意味では食べ慣れていた。
「行ってきます」
朝食も終わり、仕事用に使っている肩かけのカバンに今日一日を戦い抜くための道具をつめたカバンを持つと、まだ朝の時間ではあるが、出発する準備を整えた。
家を出る前に隣の家をちらりと見て、それが夢で見た通り、潰されるような未来は繰り返さないことを心に誓う。
(もうあんな思いはたくさんだ。もう二度と、俺の犠牲なんてだしてやるもんか!)
この日、カドルは父親がいなくなって初めて玄関の鍵を閉めることなく家から離れるのであった。




