結論と決裂
結局、カドルが必然の結末の影響を受けなかった理由についてはクレアの語られず、トゥリエは話題を変えることにした。
「んで、こっちからも一つ聞きたいんだけど、平和そうな村なのに何であんたは戦いに行く前って感じの準備をしているのよ」
普段と変わらないようにしていたつもりだったカドルは、見透かされたことに驚きつつも、勇者なら当然だったかと思い直す。
そして、特段隠すつもりはなかったため、カドルは素直に口を開いた。
「明日、魔物の群れを討伐しに行くんだ」
「魔物?」
カドルの言葉にクレアは疑問を持った。
というのも、その土地における魔物の脅威は村の防衛機構によってだいたいわかる。
その観点で見た場合、今のクレアがたやすく忍び込めるほど警備がザルで村の周囲に木柵の囲いすらないランディア村は、魔物の群れどころか単体ですら存在が怪しい。
(どっかギルドのある街に行って、魔物を倒すつもりかしら?)
一緒に旅をした過去の経験から、カドルの生真面目さを知っているクレアはそう推察する。
「……止めておきなさいよ。私もそうだけど、体力も魔力も十年前に戻ってるってわかってるんでしょ? いくら野良の魔物でも今の力で勝てるわけ……」
「いや、やらないといけないんだ。そうしないと村が滅ぼされる」
そこでクレアは、カドルが思い付きで魔物を討伐しようとしているわけではないことに気が付く。
「なんであんたにそんなことがわかるのよ」
「魔王討伐の旅を始めるとき、俺の故郷が滅ぼされた話をしたよな? それが明日なんだよ」
「……たしかにあんたの村が滅ぼされたことは知ってたけど、明日だったのね……そんなに強い魔物が出るの?」
「いや、茶猪の群れだ。村の護衛団の人たちがいればなんとかなったと思う。
けどあの日、村の護衛団が辺境伯のところへ行って夜に襲われて……村が滅ぼされた。
そして、今も状況は変わっていない、いや変えられなかった……」
「はあ? なんでそうなってんのよ。あんた止めなかったの?」
カドルは説得しようとして下手な嘘をついて見破られてしまい、一人でどうにかするしかなく、今日まで対策をたてていたことを告げる。
「はあ、あんたって本当に馬鹿ね……」
カドルは返す言葉もなくて閉口する。
いきなり村長に説得しに行くのは、いくらやり直し直後で気だけが逸っていたとはいえ、悪手にすぎないかった。
もしうまく立ち回れていたらこうはならなかっただろうと思うカドルだが、今更過去を変えることはできないし、その責任をとる覚悟はできている。
一方で、トゥリエのほうもカドルの話を聞き、立ち上がった。
「行くわよ」
「……どこに?」
「もちろんこの村じゃないどこかよ。あんた、死にたいの?」
クレアに会ったとき、助力をもらうべきか悩んでいたカドルだが、彼女の力も退化していると知り、それが厳しいことはわかっていた。
十年後には単独で魔王を倒せるほど力を持っているクレアとはいえ、今の彼女はカドルと同様にいやそれ以上に体力や魔力も極限までおちている。そして、その状態では、クレアのスキルである一錬習得も負荷が高すぎてまともに使えないことは以前の旅をしているときにカドルは聞いていた。
たとえクレアが将来的には勇者になるとしても、この件についてどうにかできる手だてがない以上は村から去るのは当然の選択肢ではあるし、そもそも村に来たばかりのクレアにとってここで命を散らす理由はないだろう。
「すまない」
だが、この村出身のカドルは違う。彼にとってこの村は命を懸ける理由なのだから。
「ごめん、聞こえなかったわ」
一方のクレアはそんなカドルの心情を察すが、彼女自身の目的のため、聞こえなかったふりをしてカドルに逃げるチャンスを与える。
「すまない。一緒には行けない。俺はここに残って村を守らなければいけないから」
しかし、わざわざ聞き直したのに答えを変えなかったカドルにクレアは苛立つ。
「あんた自分が死なないって思っているんじゃない?」
「思ってない」
「思っているわよ! じゃなきゃ、罠なんてはったところで今のあんたが魔物の群れに勝てるわけない! もし勝ったとしても教会すら見当たらないこの村で十体分の魔物のカルマなんて浴びたら廃人確定よ!」
この世界では魔物が死ぬとき、その骸から瘴気と呼ばれる呪いを周囲にまく。
瘴気を受けた人間は精神が汚染されていき、その累積量が自身の許容量を超えると廃人になる。
瘴気の許容量は、神託文字で天職を授かった者は常人よりはるかに高い耐性を得られるようになるが、これも体力や魔力と同様に鍛えなければならず、現状ではカドルはもちろん、クレアですら十体分の魔物のカルマを受けきることはできない。
瘴気が自身の許容量を超えないためにはそうなる前に賢者や僧侶のスキルである瘴気解呪や教会で行う浄化などを受ける必要があるが、賢者も僧侶もそして教会もランディア村にはない。
「ああ、そうかもな」
「だったら……!」
「でも、決めたことだから」
「……好きにしなさい。私はもう知らないわ」
説得を諦めたクレアは顔を俯かせ、カドルもかける言葉がなくなってしまう。
お互い沈黙してしまい、気まずい雰囲気が漂うが、お互い主張を曲げるつもりはなかった。
カドルとしてはまだクレアに聞きたいことはあったが、こうなってしまった以上、聞くことはできないと悟る。
「出発は今日中じゃなくても大丈夫だろ? 疲れたと思うし、今日は泊まって行けよ。
幸い、客人用の寝床はあるんだ」
俯いたままのクレアをカドルはカイルの部屋へと連れていく。
カドルの家は裕福ではないもののたびたびトゥリエが泊まりにくるため、客人用の布団として亡くなったカイルのものを残していた。
「……二回」
クレアをカイルの部屋に入れ、扉を閉めたとき、クレアはポツリと呟いた。
「何回、何十回とやり直して、あんたと一緒に旅をしたのは、あんたが生きていたケースはたったの二回よ。あんた、それでも……」
「クレア」
今さら何を言ってもカドルは意見を変えないであろうことはわかっているはずなのに、それでも声をかけてくれたのは彼女の優しさなのだろう。
「……来てくれて、心配してくれてありがとう。それと、ごめん」
「っ、うっさいわよ。この、無能……」




