準備と武器
――茶猪が村を襲ってくるまで後六日
ランディア村の蒼月祭の翌日、カドルは朝早くから起きて準備していた。
準備していたことは、六日後にせまった茶猪の群れの討伐。
自身の失態で村からの協力が得られない以上、一人で村を守り切ることが自分の責任であるとカドルは覚悟していた。
家の中を歩き回り、使えそうな道具を探す。
決して裕福ではなく、最低限の家具しかないが、それでも一緒に過ごしていた父親の温もりの残り香がカドルの郷愁を強くさせるが、感傷に浸っている暇はない。
協力が得られなくても村の人に危険を言って回ることも考えたが、下手な混乱を招くかもしれないし、自分との関与が知られることによりトゥリエとその家族に迷惑がかかるかもしれないと考えると、それもできない。
家の中を探し回った後、見つけた道具類を取捨選択し、使えそうな机に並べる。
刃渡り四十センチほどの短剣二本に十個の魔核の欠片、釣り糸、そして全財産である幾ばくかの銅貨。
盗賊として戦っていた経験から、扱い慣れしている短剣を主力とすることはすぐに決められたが、それ以外の道具をどうすれば最大限に有効活用できるかはさすがにすぐには決められない。
(残りの銅貨で何を買うべきかも含めて考えないと……帰りに、ウェラスト山に行ってみるとするか)
こういうときでも働かないと生活する余裕のないカドルは仕事に行く準備をする。
この日の仕事は午前はトゥリエの父・トロンの畑を、午後は他の人の畑を手伝いに行く予定だった。
茶猪が来るはずのウェラスト山に行くのは働いた後になってしまうが、もともとランディア村付近の魔物の発生率は極めて低く、月に一度でも小型の魔物が出たら珍しいぐらいだ。
しかし、だからこそ何故あの日、茶猪が群れで出てきたのかはカドルの心に引っかかるのだが、それを追求する余裕はなく、粛々と準備を進める。
――茶猪が村を襲ってくるまで後五日
二日目の朝。
カドルは再度道具を机に並べていた。
いくら元勇者一行と言っても身体能力と魔力は当時の10歳のころ相当まで退化しているため、茶猪には正攻法では勝てないと察している。
そのため、戦力差を埋めるため罠をしかけ、なんとしても茶猪をウェラスト山までで討伐することに決めていた。
ウェラスト山で戦う理由は、村の近辺だとカドルの罠が村の人にかかってしまう可能性があるし、村と山の間の道では行動可能範囲が広すぎて罠にかけることができない。
ウェラスト山を下見したとき、スティーブの言う通り茶猪の痕跡はなかったため、敵は流れの魔物でいる可能性が高く、そうであるなら山道に沿った行動になるはずだから侵攻ルートを絞ることができる。
(村の人たちのことを考えると普通の道に罠をしかけることはできない。
そうなると獣道に罠をしかけて茶猪を誘い込む必要があるけど、その場合の囮は……体をはるしかないか)
おおよその方針は立てられたものの、改めて机に並べた道具を見るが、いくつか必要なものが足りないことに気がつく。
(槍……いや、槍そのものじゃなくても、矛先がほしい。それと縄も……お金足りるか?)
――茶猪が村を襲ってくるまで後四日
道具の準備は、一通りできたため、次の準備に進む。
ちなみに縄の購入には金額が足りなかったので、前日の畑仕事先で余った麻縄をいくつかもらっていた。
ウェラスト山に入り、罠をしかける獣道に生えた雑草や木々を薙ぎ払いながら自身の体の状態を確かめる。
ここ数日の生活しているうちに、大体の体の感覚は掴めたものの、戦闘に関する勘は未だやり直す前の20歳の頃の感覚で判断していくことが多い。
(普段の感覚は掴めているから戦闘勘自体は取り戻せると思うけど……)
侵攻の妨げになる二本の木に対して、短剣を振り落とす。
一本目はうまく切れたが、二本目は切れなかった、いや、届かなかった。
(力のほうは魔力の身体強化で多少は補えるとして、リーチのほうはけっこう厳しいな)
茶猪が攻撃してくるとき、横に隊列を組んで突進することをカドルは知っていた。
そのため、近接では複数同時に相手取ることが必要であるため、少しでも距離を遠ざけて戦いたいのだが、今の子供の体だとそれも難しい。
こんなとき、魔法が使えたらとカドルは思うが、ただ体内の魔力を循環させる身体強化はともかく、属性の付与と体外に魔力を放出する必要がある魔法については、才能がなく苦手としている。
以前の旅の道中、賢者のフレンに習ったこともあったが、使える魔法に対して消費する魔力量の釣り合いがとれないので、使わないようにしていた。
(探知が使えるのはアドバンテージか)
カドルの探知は目に魔力を集め強化することで遠くからでも魔力や魔核の位置を探れるようになる。
相手の位置を探るのはもちろん、弱点の魔核が額に露出している茶猪に対しては、唯一の対抗手段だ。
しかし、魔力を目に割くということは肉体に割かれる魔力の量も少なくなるため、使い方には気をつけないといけない。
(……そろそろ魔力切れか。今日はここまでにしても罠は少し修正する必要があるか)
帰路につきながらカドルは自身の罠の修正を考えるのであった。
――茶猪が村を襲ってくるまで後二日
カドルはいよいよこの日から罠の仕上げに入る。
ウェラスト山に行き、山の中腹にある開けた場所の河原から少し外れた獣道に進み、ある程度下準備を終えた罠に買った矛先や魔核を実際に設置し、用意を整える。
今の体と魔力の使い方も大分慣れてきたおかげで罠の設置は滞りなく進む。
(予定より順調……明日は武器の手入れをするか)
罠のしかけを一通り仕上げ、調整は当日にやることにし、最終日は休養に割くことに決める。
――茶猪が村を襲ってくるまで後一日
その日の仕事が終わり、各所への挨拶回り(もちろん真実は伏せてあるが)と武器である短剣の手入れが終わったカドルは早めに床につく。
翌日は仕事を午前と午後の両方休みをとってはいるが、朝からウェラスト山のほうに行って罠の最終調整と茶猪の動向を監視しなければいけない。
(……いよいよ、明日か)
決意と恐怖で高ぶっている精神を布団を被って静める。
やがてくるまどろみに意識を手放そうとしたとき、
コンコン
家の外から聞こえた音が意識を繋ぎとめる。
(……誰だ?)
夜遅い時間だったため、最初は空耳を疑ったのだが、再度ドアが叩かれる音がして間違いなく外に誰かいることを告げる。
ノックがあるとはいえ、万が一ということも考えて念のため短剣を持って音のする方に近づく。
コンコン
二度目のノックが聞こえた後、カドルは慎重に玄関の扉を開く。
すると、そこにはボロボロの服を着た見知らぬ少女が立っていた。
「おっそいわよ! ノックされたら早く開けなさいよ、無能!」
ドアを開けた直後、カドルは驚きで硬直する。
それは開口一番に罵声を浴びせられたからでも見知らぬ少女が立っていたからでもない。
そこにいたのは痩せぼそった体に反して、赤く燃えている髪に強い眼差しをした少女。
ある意味カドルが一番会いたかった人物が立っていた。
「お前、まさか……クレア!?」
「……スティーブさん」
「おっ、カドルか。どうした?」
「いえ、大したことじゃないんですけど、明日ネーブ辺境伯のところに出発ですよね」
「挨拶しに来てくれたってわけか。ありがとうな。
でもせっかくなら明日言ってくれてもよかったんだぜ?」
「すみません。明日はちょっと……」
「そうか。それならまあ、仕方ねえや。
俺は明日からいなくなるけどその間、妻と娘のこと頼んだぜ! なんて……」
「はい、必ず。だからスティーブさんも絶対無事に帰ってきてください」
「おっ、おお……カドル、お前……」
「すみません。そろそろ午後の仕事が始まるので、それじゃあまた……」
「あっ! お、おいっ! ……行っちまったか」




