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14.頭骨

 気まずい時って、なんだか口の中が乾燥して、粘つく。海斗は口をもごもごさせながら、ペットボトルの水を含んだ。


 星崎青空の絶叫が耳の奥に残っている。あの直前、冷音が何かを囁きかけていたが、海斗には聞き取れなかった。冷音が何かをしたのは間違いないが、それが何かわからない。


 猫の首の話自体、聞いた限りではたいして恐ろしいとも思えないのだ。星崎青空をあそこまで怯えさせたものとは一体何なのだろう。


 釈然としない気持ちで冷音を盗み見れば、まるで何事もなかったのかのように涼しい顔をしている。


「なあ、さっき青空先輩になんか言ってなかった?」


 冷音は軽く首をかしげてニコリと笑った。こういう顔をするのは、話す気のない時だ。詰問したところで無駄と悟った海斗はため息をついて、空を見上げた。


 茂った木々が頭上を覆っている。まだ熱のある西日が遮られ、風の冷たさを存分に感じられる。羽虫が少々うるさいが、これは仕方がないだろう。


 部室棟へと続く遊歩道入り口。授業後にここで芽衣と落ち合う約束をした。できることなら早めに帰りたい気持ちはあるが、約束は約束だ。


 ホームルームが長引いているのだろうか、芽衣が来る気配はまだない。


 初めて訪れた遊歩道は、想像していた以上に鬱蒼とした木々の中を通っていた。舗装はされているが、手入れはあまりされていないようだ。奥へ行くにつれ暗く影の落ちる遊歩道は、意思をもって生徒を飲み込む魔物の口のようにも見える。


 生徒たちにとっても好んで通りたい道ではないのだろう。大抵は複数人で入っていく。


「なあ、この遊歩道にさ、何があるんだと思う?」


 答えを求めるわけでもなく、言葉を口にする。


「なんで遊歩道なんだろうな」


「別に、遊歩道である必要はないんだと思うよ」


「必要はない?」


「そう。遊歩道である必要はない。

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 冷音の言葉の意味が分からず、海斗は眉にギュッと力を入れた。なんだって?表情だけで冷音に問う。冷音はまた、ニッコリと笑った。


「ほら、河野さんが来たよ。行こう」


 駆け寄ってくる小さな人影に、冷音が軽く手をふった。その後ろで海斗は小さく息を吐く。星崎青空の一件を、芽衣にどう伝えたものやら。




「星崎部長、早退したって聞きましたけど。現場に笹塚がいたっていうのは本当?」


「河野さん、耳が早いね」


「おれだけじゃなくて、冷音もいたよ。そもそも青空先輩の発狂原因はこいつだから」


「ええ?」


「言いがかりは止してよ、海斗」


 道すがら、昼休みの一件をかいつまんで説明する。適度に相槌を打ちながら聞く芽衣は、想像していたよりも冷めた様子だった。


「心配してないってことはないけど、別に仲が良いわけじゃないし。

 首突っ込むのはやめろ、って説教された身としては、お小言言われる心配がなくなった分安心して調査に集中できます!って感じ」


 あっけらかんと言い放つ。


「それより、新間垣ありがとね!猫の首の話、私から聞いたって言わないでくれたんだ」


「うん、まあね」


「それにしても、星崎部長は一体何に怯えてるんだろう?ちょっと反応が大げさすぎない?」


 さわさわと木の葉が風で揺れる音がする。音に合わせて地面に映る木漏れ日がもやもやと形を変えた。


「星崎部長と湯浅先輩が話してた“退学したあいつ”って人に何か関係があるのかな。どう思う、新間垣」


 一歩先を歩く芽衣は、顔だけを二人に向けて聞いた。歩道の暗さにも目が慣れたためか、芽衣の顔がはっきりと見える。もみあげ部分の産毛が汗で湿って顔にはりついているのがわかって、海斗は視線を逸らした。


 もう数十メートルは歩いただろうか。話に聞いていた以上に遊歩道の見通しは悪い。木々が太陽光を遮断する暗さはもちろんだが、数メートルおきにくねくねと蛇行する道の先からは、本当に魔物が現れてもおかしくないように思われた。


 この曲がり道を超えたら、その先に見知らぬ誰かがいるかもしれない。薄暗く、左右から草木の迫るこの道の真ん中に佇む()()が、本当に人なのかどうか、誰にもわかりはしない。


 追い越しざまに顔を覗いてしまったら。魔物の顔を見てしまったら。ぐるぐる、ぐるぐる、世界が回る心持ちがする。


 海斗は目頭をギュッと抑えた。いらぬ想像だ。


「このあたりだよ」


 芽衣が足を止めた。


「ここで足音を聞いたんだ」


 芽衣が黙ると、風が草木を撫でる音しか聞こえなくなった。冷音は何も言わない。だから海斗も、何も言えない。


 星崎青空の一件があったからだろうか。気を抜いたら、飲み込まれそうだった。木々のさざめきが、足音に聞こえるというのもわからなくはない。ともすればすべての音が人の気配のようにも感じられる。


「ああ、そうか」


 冷音がつぶやいた。うん、そうだね。まるで誰かと会話をするように独り言ちながら、脇の茂みへと入っていく。


「ほら、これでもう大丈夫」


 少し身をかがめた後、冷音が手にしていたのは、小動物の頭蓋骨だった。


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