13.草太と雪音-2
案の定、星崎はうんざりするくらいにニヤニヤとした笑いを浮かべて草太の顔を覗き込んできた。
「彼女と彼女の弟が同じ委員会ってどんな感じ?弟のことは元々知ってたの?もう仲良くなった?」
「草ちゃんが前に家に来た時に、レオくんとは会ってるんですよぉ。だからレオくん、人見知りだけど図書委員なら心強いねっていって、委員会決めたんですよ」
ね、レオくん。雪音から話をふられた弟は曖昧に頷いた。多人数での会話を嫌うかと思いきや、そうでもないらしい。雪音にウィンナーをもらいに来た流れで、そのまま笹塚とともに中央テーブルについた。
「へー。こう見ると彼女ちゃんも弟もめっちゃ色白いね!遺伝?」
「多分そうです!お母さんがすっごく色が白くて」
「俺も姉さんも日焼けしないよね。赤くなって痛くなって、終わり」
「言われてみれば中学の頃の運動会のあと、冷音ってばゆでだこみたいに真っ赤になってて!」
「ちょっとうるさいよ海斗黙って」
弟がこんなに喋るとは思っていなかった。気まずくならなくて良かった〜。草太は心の中で、星崎と笹塚に感謝する。
「そういえば、二年の笹塚ってお前の姉ちゃん?」
星崎からの突然の問いに、笹塚は首肯した。
「やっぱそうだよな!似てるって言われない?」
「そんなん言われたことないっすよ」
「いやめっちゃ似てるべ!すぐわかったもん、オレ!」
星崎はテーブルにぐっと身を乗り出して、笹塚に顔を寄せた。
「ねぇ、笹塚の姉ちゃんって彼氏いるの?」
「……さあ、あんまり家でそういう話しないんで」
「そういえばわたしも、あんまりそういう話聞いたことないかも」
「彼氏いないならワンチャンあるかな!?写真のモデルをお願いしたくてさ!ちょっと聞いてみてくんね?」
「写真のモデル?青空先輩って写真撮ってるんですか?」
「オレ写真部なのよ!写真部部長!
部長って肩書持ってるからには、威信をかけていい作品撮りたいなって思ってんの。
そうすっと天候とか日の当たり方とかいろんなことにこだわっちゃってさ。モデルを何回も長時間拘束することがあるわけ。
彼氏持ちの子にモデル頼むと後々めんどくさいことになったりするからさ~、彼氏いない子が良いの!」
けど、モデルにしたいくらいキレイな子には大抵彼氏がいるの!星崎は大げさにため息をついて、ふんぞり返った。
笹塚は困惑しているようだったが、やがて小さな声で聞いてみます、と言った。雪音までどことなく困った風に笑っていたのが少し、気になる。
「星崎先輩、写真部の部室も部室棟にありますよね?」
ふとした間に、弟が言った。弟がこうして口火を切るタイミングには、なぜだか皆が一瞬黙る。普段は驚くほど存在感がないのに、一瞬にして人の意識を強烈に惹きつける何かがある。
「遊歩道に出る猫の首、知ってますか?」
弟が何を言っているのか、草太には全く分からなかった。雪音も草太と同じく、ポカンとした顔をしている。
カタン。
プラスチックが落ちる、軽い音がした。図書準備室の床に、星崎の箸が転がる。
星崎の顔は青ざめていた。指先が小さく震え、落とした箸を拾おうともしない。
「お前、なんでその話を……?」
「サッカー部の部員から、風の噂で。ご存知なんですね?」
「し、知らない」
嘘だ。星崎の反応を見れば嫌でもわかる。
「なんだよ。なんの話してるの、お前ら」
一瞬で硬直した部屋の空気を少しでも緩和しようと、草太はヘラリと笑って星崎の肩に手を置こうとし――星崎はその手から逃れるように椅子から転げ落ちた。ガタン、と椅子の倒れる音が鼓膜に刺さる。
「見てない、おれは、おれは知らない」
「星崎、落ち着けよ……」
「おれは知らないんだ!猫の首も、魔女も……おれは知らないのに、どうしてっ……」
星崎の悲鳴に似た叫び声が痛い。草太は弱り果て、おろおろとするしかできない。雪音も笹塚も戸惑っている様子の中、弟だけがやけに平静で、そうだ、おれは弟のこういうところが苦手なんだ。
何かに怯えたようにガクガクと震える星崎に、弟は近づいて行った。星崎の呼吸音に紛れているからか、足音はしなかった。
「いいことを教えてあげます、星崎先輩」
囁くような弟の声が、準備室に響く。
「猫の首はね、※※※※なんですよ――」
星崎は絶叫した。弟の言った言葉が、一体何を意味するのかは、草太にはわからない。
けれど、星崎の耳元に口を寄せた弟の貌が、いやに楽しそうで煽情的で、草太の脳裏にこびりついて離れなかった。