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12.草太と雪音-1

 昼休みのチャイムが鳴るとともに、教室が一斉に騒がしくなる。授業を終えて出ていく教師の存在など、もはや誰も彼もが忘れてしまっているのだろう。


 草太(そうた)も早々に弁当を手に取って席を立った。


 今日は図書委員の当番の日だ。図書準備室は委員会メンバーのたまり場になっているから、きっと当番以外の生徒もやってくるだろう。


 夕陽ヶ丘高校では基本的に大学受験と縁がない分、三年生も部活・委員会には参加する。外部受験をする生徒もゼロではないため、申告があれば三年次の課外活動免除は可能らしいが、草太の知る限りでは今年度、課外活動免除申請を出した生徒はいない。申請を出したら最後、徹底的に外部受験のための教育を詰め込まれる、というのがもっぱらの噂だ。


 よほど内申が悪いか素行に問題があるかしない限りは、スムーズな大学進学が約束されているも同然なのだ。せっかく手に入れたこの気楽な環境を手放すのはもったいない。と、草太は思う。


 草太が所属する図書委員会は、校内でも最も気楽な課外活動と言えるだろう。文化祭実行委員などの対外的な活動が必要なものと違って、あくまでも校内の学生向けのこぢんまりとした委員会なのだ。


 昨年までは『図書委員だより』なるチラシを作製・配布していたが、草太が委員長になったのを期に廃止した。


 時間をかけて作ったところで、どうせ読む者もいないのだ。資源を無駄にするよりはいいだろう。


 草太の所属する三年C組から図書室へ向かうには、二年生の教室の前を通る。委員の後輩に声を掛けて、一緒に向かおうかな。そう思い階段を降りようとしたところで、


広瀬(ひろせ)!」


背後から声を掛けられた。


「委員会?」


 端的に問うのは、昨年まで同じクラスだった星崎(ほしざき)青空(そら)だ。同学年の生徒の中では一番仲が良い。ひょろ長い草太から見ると、見下ろす形になる程度には小柄だが、外見からは考えられないほどエネルギッシュでアクティブである。明るい性格に童顔なのも相まって、後輩からの受けは良いらしい。


「うん。準備室で飯食おうと思って。星崎もどう?」


「魅力的なお誘いだなあ。今日も彼女と一緒じゃないの?」


「約束してるわけじゃないけど、来ると思うよ。けど、どうせ他の奴らも入り浸ってるから。星崎が一人増えたところで誰も気にしないと思うけど」


 だよね~。軽く受けて、星崎は踵を返した。


「俺も弁当持ってくから、先行ってて!」


 最初からそのつもりだったくせに。草太は笑いながら星崎に手をふり返した。図書準備室は年中無休でエアコンが効いている、知る人ぞ知る快適スポットなのだ。


 準備室には先客がいた。色素の薄い白い肌と、透き通るような茶色の髪。癖っ毛らしいが顎下のラインからきれいに外ハネになっていて、言われなければそういうヘアスタイルなのだと思ってしまうだろう。


「草ちゃん、お先にいただいてまぁす」


 雪音(ゆきね)は草太の姿を見ると、ふにゃりと相好を崩した。


 何を隠そう、草太の彼女である。昨年、彼女が図書委員会に入ってきた時には衝撃を受けたものだ。一目ぼれだった。草太の苦労の甲斐あって、無事に付き合うことと相成った。(このあたりの話を星崎は執拗に聞き出そうとしてくるが、今のところは言葉を濁してなんとかかわしている。)


 雪音本人は体形を気にしているらしく、しきりに「痩せたい」と口にするものの、食の誘惑には勝てないらしい。何かを口にしているときの彼女は本当に幸せそうだ。彼女の弁当の中で、選り分けられたウィンナーたちが自分の出番を待っているのが見えた。


「広瀬センパイ、お先でっす!」


 雪音の声に気付いたか、本棚の奥から一年生がひょっこり顔をのぞかせた。


 今年入ってきたばかりの新人で、文系人間のあつまる図書委員の中では珍しい、がっちりとした体育会系タイプのため、今では力仕事担当になっている。


 通った鼻筋と切れ長の目元は涼しげだが、人懐っこい性格のほうが表情に出すぎていて、どこか憎めない。二年の女子に大人気なんだよぉ、とは雪音の言。


「笹塚も来てたのか」


 どーも、こちらのことはお気になさらず!笹塚は含みのある物言いをして、ニヤニヤと笑った。雪音と草太とのことは委員会内で周知の事実ではあるが、こうしていじられるのはなんとも面映ゆい。


「笹塚がいるってことは、弟もいる?」


 草太は照れ隠し半分で問いかけた。返事を待たずにチラリと本棚の奥を覗くと、床の近くに雪音とよく似た柔らかそうな髪質の茶色い頭が見えた。


 正直なところ、草太は雪音の弟が苦手だ。


 何を考えているかよくわからない。委員会中、知らないうちに真後ろに立たれていたことが何度かあって、そのたびに毎回心臓が止まる思いをした。


 そういう時は大抵何も言わず、瞬きもせず、無表情のまま数分間じっ、と草太を凝視し、突然フイっと去っていく。


 雪音よりもずっと色素の薄い、淡い淡い色の瞳でじっとりと見つめられると、意識が吸い込まれていくような、心の奥底まで見透かされているような、そんな不思議な気分になって、やがて居た堪れなくなってしまうのだ。


 それなりに会話は成立するが、盛り上がったことは一度もない。


 うまく言葉で表すのは難しいのだが……草太の持つ語彙の中で一番しっくりくるのは“不気味”だ。


 雪音の弟でさえなければ、一生関わることはなかっただろう。


「あれ?レオくんもいたの?」


 雪音も弟の存在に全く気付いていなかったらしく、草太と同じように本棚の奥を覗き込みに来た。


「レオくん、今日お姉ちゃんのお弁当にウィンナー2本入ってたよぉ!一個分けてあげようか?」


 雪音の言葉にようやく弟はこちらを向いて、小さく頷いた。


「ちょうだい、ウィンナー」


 ……前言撤回。案外かわいいところもあるかもしれない。


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