1.前世の記憶
(どうして…こんな事に…)
(やっぱり、こうなる運命だったんだわ)
(私は…何が悪かったというのだろう)
(どんなに頑張っても結局ヒロインに取られるのよ。だってわたしは………なんだもの)
二つの思考が頭の中でゆるゆると回っている。
……誰?
私の頭の中にいるのは…わたしと……
……どちらが私?
わたしは……一体…
「だれ…?」
掠れた音を僅かに漏らして少女は目を開いた。
次第に明確になる視界にまず入ったのは、細かな浮き彫りの装飾が施された白い天井。
自分の周囲にはドレープを描いたレースが垂れ下がり…どうやらベッドに寝ているようだ。
「ここは…」
どこだろう…いや。
ここは〝私〟の部屋だ。
———朝?それにしては…
「お嬢様?」
声が聞こえて、そちらに視線だけを送る。
「……サラ」
「良かった…気がつかれましたか」
幼い頃から仕えている侍女がホッとした表情を見せた。
「ご気分はいかがでしょう」
「……めまい…が……」
「まあ」
サラは眉をひそめた。
「お医者様を呼んでまいります」
慌てて、けれど音もなく部屋を出て行くサラを見送って、少女は瞳を閉じた。
———目眩がひどい。
それはここ三ヶ月ほどの間頻繁に起きていた。
そして目眩以上に…頭の中でぐるぐると回る〝二人〟の記憶。
「どうして…」
何でよりによって、あのタイミングで思い出したのだろう。
この世界がかつて自分が遊んだ乙女ゲームの世界で、自身が悪役令嬢だという事を。
———ゲームのクライマックス、婚約破棄された瞬間に。
(私は…ルーチェ・ドゥランテ侯爵令嬢。前世の名前は…長瀬ひかり)
まだ目眩と記憶の混乱で頭の中がごちゃごちゃする中、分かる事を確認する。
(ここはゲームの世界で…ヒロインはメインルートの王子様を選んで。婚約者だった私は…捨てられた)
その時のことを思い出そうとすると…さらに目眩が酷くなる。
(…そうだ…エルネスト様に婚約破棄を告げられて…目の前が真っ暗になったんだ)
それでおそらく倒れたのだろう。
(そしてそのショックで…思い出したのね)
そうだ、あの時のエルネストの顔と言葉は、ゲームで見たのと同じものだった。
「ルーチェ!」
ノックもなくドアが乱暴に開かれた。
「ルキーノ…」
「良かった!気がついたんだ」
ルーチェとよく似た顔の青年が飛び込んでくると、ベッドの傍に膝を突いてルーチェの顔を覗き込んだ。
「顔色が良くない。目眩があるんだって?」
「ええ…」
「あのバカ王子共。絶対許さない」
ルーチェの手をぎゅっと握りしめる、双子の兄。
…彼も〝攻略対象〟だったはずだけれど…そういえばヒロインには全く興味を示していなかった。
ぼんやりと記憶を思い起こす。
確かヒロインには殿下の他にも侍らせる…もとい親しくしている者達が何人かいたけれど。
彼らは今思えば攻略対象だったような気がする。
(———いわゆる逆ハーを狙っていたのかしら)
攻略対象に誰がいたのか、そもそもどんな内容だったのか…ゲームの事を思い出そうとすると頭がクラクラする。
(ゲームでのルーチェは…どうなるんだっけ)
ネット小説などであるような、処刑といった物騒な末路ではなかったように思うけれど。
(だめだ…思い出せない)
「ルーチェ…大丈夫か?」
ルキーノが心配そうに私の頬に手を触れた。
「…私…どれくらい寝ていたの?」
「丸一日だよ」
「そんなに…」
「めまいは酷い?頭痛は?」
「…頭痛はないわ」
「耳の具合はどう?」
「…耳、は……」
言われて、思い出したように右耳に触れてから、左耳をそっと塞ぐ。
「ルーチェ…どう?」
ルキーノはルーチェの右耳に唇を寄せると問いかけた。
「ルーチェ?」
「———聞こえないわ…」
ルーチェはゆるゆると首を振った。