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プロローグ

 目を開けると氷室は見たこともない部屋にいた。


『は……? な、なんだ?』


 突然のことに氷室結城ひむろゆうきは混乱する。

 ついさっきまで朝の通学路を歩いていたはずなのに、まばたきをした一瞬の間にまったく知らない場所にいたのだ。

 人は本当に驚くと何も反応ができないらしい。

 訳が分からないまま立ち尽くしていた氷室だったが、とにかくいったん冷静になろうと、今朝の自分を思い出した。



 ◇



 氷室結城はどこにでもいる高校一年生だった。


 理屈っぽい性格のため人付き合いは得意ではなかったが、幸いにも友達が何人かできたし、告白こそできないけれど好きな女の子もいた。

 何に対しても冷めた態度をとってしまう氷室とも仲良くしてくれる、明るい女の子だった。

 そういう女の子だから当然ライバルは多いけど、同じクラスだから話す機会も多いし、ラインの連絡先も交換している。焦らなくてもきっといつかはいい感じになれる。


 そんなどこにでもある日常は、一瞬の光によって潰えた。


 いつものように通学路を歩いていたら、なんの前触れもなく視界が真っ白に塗り潰され、次の瞬間には見知らぬ部屋にいたのだ。

 思い出してもやはり今の状況がわからない。


『夢、なんだよな……?』


 そうとしか思えない状況なのに、頭がそれを否定していた。

 なにかヤバいことが起きている。

 本能がそう警告している。


 部屋の中は薄暗くてよく見えなかったが、徐々に目が暗闇に慣れてきた。

 それに従って室内の様子も見えてくる。

 その光景を見て氷室は驚愕した。


 床には複雑な魔法陣が描かれており、氷室はその中心にいた。

 まるでこの魔法陣によって今まさに召喚されたかのように。

 しかし、そんなものすら気にならないほど、目の前のものは理解を超えていた。



 そこには黒いローブに身を包んだ召喚師のような男がいて、そして、その召喚師は血だまりの中に倒れていた。



 今更のように、むせかえる血の臭いが鼻をつく。

 自分は冷静な方であると自覚していた氷室にとっても、これにはさすがに驚きを隠せなかった。


『なんだよ、これ……』


 立て続けに理解不能な状況がやってきて、わけがわからずに動くこともできなかった。

 呆ける彼の耳に、やがて複数の足音が近づいてくる。扉から鍵のはずれる音が響くと、激しい音と共に蹴り破られた。


「ご無事ですか神官長様! ……ああっ!」


 悲痛な声を上げながら、倒れた男の元へ駆け寄る。

 服が汚れるのもかまわずに、血だまりの中の男を抱き起こした。


 いや、正確には抱き起こそうとした。

 しかしどう見ても致命傷である。

 伸ばした腕を力なく下ろすと、部屋に闖入してきた男たちは氷室へと視線を向けた。


「貴様、この街の住人ではないな、何者だ……っ!」


 状況を把握できてなかった氷室だが、男の声で我に返った。


 鍵のかかった部屋。

 血だまりの中に倒れる男。

 そして、明らかに部外者の自分。


 部屋に駆け込んできた男たちは皆一様に奇妙な服を着ている。

 黒い服に、ドクロのような首飾りは、まるで悪魔を崇拝する教団のようだ。


 人間は危険を前にすると普段の何倍もの力が出るという。筋力だけではなく、思考も高速で回転する。

 未だに状況はなにひとつ理解できていなかったが、瞬時に自分のすべきことだけは悟った。


 ──俺はこいつらから殺人犯だと思われていて、そしてきっと、捕まればろくな目に遭わない。


 そう思い至ると同時に、蹴破られた扉へと駆け出した。


「待て!」


 誰かが叫んだが足を止めるつもりはない。

 出口近くの本棚を倒して入り口を塞ぐと、見たこともない建物の中を全速力で走り抜けた。

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