0話 僕と使い魔
『―待ってください。』
声が聞こえた気がした。誰だ? ただ前を確認しても、後を確認してもだれもいない。今僕、こと穂高 悠は入学当日だというのに遅れている。が遅れているということを知りながらもその場で立ち止まってしまった。
『_上です』 「ファッ!?」
頭上を見上げるとカラスが一羽電柱に、いた。カラスは電柱に一羽しかいなかった。他には見当たらないというのがどうにも不思議だったが、ただ「カラスが喋りかけてくる」ということが面白いというだけで
「お前が喋っているのか?」
と声を掛けてしまった。カラスは僕の目の前の塀まで降りてきて、
「人間で反応したのがあなただけでしたよ。私が声を掛けても、皆『カラスが喋るはずがない。』と
去ってしまって...何故人間は応答しないのでしょうか?まさか、人間の世界ではカラスが喋ることは常識ではないのですか?」
「いや、常識じゃねえよ!?」
カアカアとカラスは声をあげて僕の様子を見て笑う。
本当に現実でカラスが喋る訳ないんだから。でも妙だな。カラスが人間に話しかける理由があるのだろうか。
「ああ。そのことでしたか。私が人間達に話しかけている理由、それは人間と契約を交わすためです。」
「ちょ、お前、今僕の心を読んだな!?」
勝手に人の心を読むとは失礼な!
「人間と契約しなければ達成できない目的があるので私はこの世界に降りてきたのです。」
「展開が早すぎないか!?」
カラスは人間の心を読めるのか...そんなことに関心しながらも考える。それにしても契約?目的?頭の整理が追いつかない。思わず首筋に手を当ててしまう。まず契約。そんなこと異世界転生でもしないとありえない話だ。契約したら、僕が最強とかになるのかな?異世界モノなら考えられるけど。
「最強、ですか...最強まではいきませんが最強に近い形にはなるでしょう。」
「え、本当に!?」 「はい。」
カラスは僕の目を見据えてはっきり答えた。カラスとの契約。なんの取り柄もない僕にとって『最強』という存在はものすごく魅力的だ。が本当に明らかにならないのが、
「...目的ってのはなんだ?」
「...それは」
カラスは少し黒い顔を落としていき口ごもる。何か言いづらいことがあるのだろうか。
「なにか...言えないような内容なのか」
「あまり信じられるような内容ではないので。」
「なら契約はナシ、だ」
「ちょ、待って下さい!」
さっきまで冷静だったカラスはいきなり焦りだした気がした。
もう行こうと足を踏み出した時、塀から声がかかる。
「ハア...分かりました。話します。話しますよ。ただ、、それで納得してくれるのですか?」
「ああ。ちゃんと言ってくれるなら僕も納得するけど」
カラスは諦めたようにため息をついた。そして塀から少し足をはなし、口を開いた。
「..この世界には『呪具』と呼ばれる5つの呪われた力を秘めた宝があります。『仮面』、『腕』、『剣』、『心臓』、『鍵』。私はその宝を収集しなければならない。この試練は人間の力を借りなければ達成ができないので、私は契約を望んでいるのです。」
「...」
僕は本当に契約してしまってもいいのだろうか。この選択は間違っていないだろうか。頭の中で考える。
別に契約したくない理由なんてない。その後目的のために僕がどのように使われるのか、そんなことも分からず契約なんてあったもんじゃない。だがそれは過去の話。僕はあいつの契約の理由を聞いてしまったからな...。契約はまぬがれない。
「...分かったよ、契約を交わそう。」
僕は憂鬱そうに且、やる気など1mmもないというように答えた。
「!?痛い!痛い!なんだこの痛み!」
胸に猛烈に痛みを感じる。とにかく痛い!
「契約の印です。この印があるかぎり私とあなたの体は同じようなもの。一心同体です。」
制服の中を見ると僕の胸には見たこともないような大きな黒い傷が一つ。
見るだけで心が堕ちそうになる深い闇。直視するのは危険だと本能が言っている..。はっと我に返り
制服を閉じる。そういえば僕の気になることを聞いてないじゃないか。
「それで最強に近い能力ってのは?」
「『治癒能力』です。」
即答かよ。もっと間をおいて言ってほしかった。にしても治癒能力?あの負った傷は一瞬で治ってしまうという例のアレ?
「ご明察の通り。腸が出てしまうような傷は保障出来ませんが、かすり傷程度なら対処できます。」
「嫌な例をあげるな。想像したくないがそんなことになったら死ぬぞ。」
塀からカラスは飛び降り、再び電線につかまった。
「冗談ですよ。どんな大けがでも治癒能力は健在です。」
できればそんなことになってほしくない。カラスはなおも続ける。
「どんな攻撃を受けても傷は修復され、体は甦る。ただし痛みは同時に感じるので激痛が最高潮に達することもあるかもしれません。」
治癒は発動するが、痛みは残るのか...使いずらい能力だな。いっそ無敵にでもすればよかったのに。
「ってそうだった!僕は今日入学式当日なのに遅れてんだよ!早く学校に行かねば教師からのお説教が目に見える!」
そうだ今日は入学式当日なんだ。お喋りしている暇はないのに。後ろにカラスを置いて、僕はあえて
『使い魔』のほうを見ずに足を速めた。