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別れた日。

作者: 藤木 了

「もう別れる!!」


 俺は。


 頭の中でグワングワンと鐘の音を聞きながら、ぼんやりと。


「ああ、わかった」


 頷いた――――。


 付き合い始めて、かなり経つ。

 当初の浮き立つ気持ちもなくなって一緒にいるだけで和む存在となっていた。


 いまいち釈然としない理由で怒られるのも、いつものことだったが。


 まさか、別れると言われるとは思わなかった。


 大事な彼女。

 照れが先立って大事にしきれてなくて、その内ふられるのかも、とも。思っていた。


 それでも思っていた以上に、俺はダメージ受けていた。


 すがりたい、

 別れたくない、

 俺を好きだと言って欲しい。

 んな、女々しいことが言えるワケがなく。


 彼女の意思を大事にしてぇな、とか思えば。


「あたし、好きな人いるの」

 爆弾発言、落されちまうし。

 ‥‥頭の中に、思いっきり釘を打ち下ろされた気分だ。


「そうか、俺に出来ることあれば言えよ。応援してるからさ」

 さすがに笑うまでは出来ず、淡々と、声が震えないよう気をつけながら言葉を紡ぐ。

「ばかぁああ!!」


  ばあぁぁん!!


 走り去る彼女。痛む頬をさする俺。

 しばらく呆然としていたが、ここは大学のカフェ。

 周りを見渡して、注目を浴びている事実に気がついた。


 恥ぃな。


 アイツと俺が使ったカップを持って、ゆっくり立ち上がる。

「ちょっと、今の何よ」


 うろんげに声がする方向を見やる。

 ああ、アイツとよく一緒にいる‥‥名前は忘れた。


「あの子のどこが不満なのっ!?」

 ‥‥‥‥おい? 

「振られたのは俺だぜ」

 今の話聞いてたんじゃないのか?


 たださえ、俺は機嫌が悪いってんのに、ぎゃーぎゃーと。マジうっせー。


「アンタがそっけないからでしょー!! 今の会話なにっ!? 『別れる』って言われて頷くのっ!? 『好きな人がいる』って言ったら『応援する』? アンタ、付き合ってるんじゃないの、そこは『別れたくない』とか言う場面でしょ――――!!」


 今にも殴りかかってきそうな勢いに。


 俺は、盛大にため息をついた。


「あのなぁ‥‥。別れたいって言ったのは向こうだろ。俺がなんやかんや言ったってしゃーねぇじゃねぇか」

 俺達が別れるのを阻止すんなら、アイツに言えよ、アイツに。


「好きじゃないから、そう簡単に別れるって言えるのよ!! あの子は、ただアンタの気持ちを確かめたいから、あんな大嘘ついただけなのに!!」


「嘘?」

 ‥‥そういえば。以前にも似たようなコトがあったような。


 『ねぇねぇ、あの人カッコイイ!!』

 『ふぅん』

 『ね、ね、嫉妬した?』

 『は?』

 『嘘だって、嘘♪』


「もういいっ! こんな冷血漢別れて正解よ! 私がもっといい男を紹介してあげるんだから!!」


 おいおい、アイツの言葉が嘘だのなんだの言った矢先に別れて正解セリフかよ。

 まぁ、こっちの方はどうでもいい。騒ぐだけ騒げ。

 けどな。


「んなコトしやがったら、許さねぇよ」


 アイツが俺に愛想を尽かして別れるのはいい。

 しかし、他人に間に入られて別れる羽目になるのは、ムカツク。


  ガタン


 大きく椅子を引いて、食器返却口へ向かう。


「え? ちょ、ちょっと!?」

 俺の怒りが伝わったらしく妙に戸惑った声は聞こえたが、追いかけてはこなかった――――。






 嫉妬とか。追いすがるとか。引きとめるとか。


 カッコ悪いし、アイツの意思を無理矢理こっちに向けるようで、俺は見せるのは嫌だ。


 アイツに嫉妬されるなら嬉しいけどな。好きでもない奴らに、嫉妬だのなんだのされるのはゴメンだ。うざってぇ。


 そう思うから、余計に自分のそんな姿は見せたくねぇのに。


 アイツも俺と同じように思っていてくれたんだろうか。


 ‥‥思っていた所で分かんねぇよな。俺もあいつも。


 アイツは、俺の『好きだ』が分からなくて、ああ言った‥‥らしい。


 ‥‥‥‥‥‥‥‥。


 時間が立つごとに不安になるぞ‥‥。別れるっつーたのは向こうじゃねぇか。


 けど、俺がアイツのコトが、どれだけ好きか知らねぇから‥‥って話なら。


 それをどうやって言うかが‥‥言ったからって信用できるとも、俺がうまく伝えられるとも思わねぇし。


 俺は多分も何も、アイツが同じ事を言ってきたら、また頷いちまう。


 だってなぁ‥‥大事なんだぜ。マジで。


 アイツに自分の意見を押しつけるような真似が出来るかよ‥‥。







  ピンポーン


 ゆっくりと、インターホンを押した。

 くそー、こんなのは俺のガラじゃねぇんだ。


  カチャ


「はい」

 警戒心の欠片もなく、開けられるドア。


「あ」

 呆然と見上げてくる瞳。


「お前な、誰が来たか確認してから開けろよな」


 ‥‥歓迎されてなさ気だよな、これ。


「だ、大丈夫っ、ちゃんと覗き穴から確認したしっっ!!」

 うそつけ。

 って、いつもなら叩ける軽口が出ない。


「あの、あのあのあのあのっっ!!」

 向こうも向こうで、言葉が出てこないらしい。

 やべ。追い返される前に言わねぇと。


「これやる」


「え?」


 手の上に乗せたのは、銀の飾り気も何もないシンプルな指輪。

 しかし、太いから結構目立つ。


「エンゲージリング」


「ええええっ!? なんでっ!?」

 とりあえず話は聞いて貰えそうで、ほっとした。


「いらなきゃ、くれ」

 手を差し出すと、ぎゅっと指輪を握り締められる。


 なるほど。

 さっきのセリフは嘘で間違いねぇんだ。

 本当に別れたいなら、返してくるだろうしな。


「じゃなくて! だって、このまま貰っちゃったら、そのまま、ええっ!?」

 ‥‥しゃあねぇだろ。俺がどれだけコイツが好きか、解りやすい形っつーたら、これしか思いつかねぇんだし。

 ため息をつく。

 疲れた。気が抜けた。


「そう、結婚。お前、別れるだの何だのウルサイ。俺は別れたくねぇっつーのに、それが、そんな誤解から来てるってか? ったく、冗談じゃねぇ」

 ガシガシ髪をかき回す。


「だって、頷いたじゃない!」

「そりゃそうだろ。お前がそうしたいなら、そうしてやりてぇとか思うんじゃねぇか。テメーが別れるっつーなら別れる。テメーが付き合いてぇっつーなら、付き合う」


 第一、誰が好きな女の枷になるような行為をしたがるんだ。

 別れてぇ男から付きまとわれんのって、明らかに迷惑だろ。んな真似はできねぇって。


「ええっと。あたしのこと、好き?」


 ‥‥‥‥おい、んな不思議そうな顔してんじゃねぇよ。

 がくり、と。項垂れる。


「悪かったな。だから、本気じゃねぇなら、二度と別れるとか言うんじゃねぇぞ。俺はお前がそう言うなら別れるんだからな。とにかく、一生一緒にいてぇと思うぐらいには好きだ。分かれ、お前」


 付き合ってるっつー時点で解ってくれ、気付け、マジで!


「うん‥‥うん!!」

 幸せそうな笑顔。

 そういや、最近、楽しそうに笑ってても幸せそうには笑わなかったな、コイツ‥‥。

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