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ディストピア  作者: 藤苑玲士
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人嵐

「ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼食べに行こう! それでいいよね?」

 車に乗り込んだところで、加具土さんが切り出した。

「はい。でも、どこへ?」

「とにかく肉! 肉を食べて帰ろう!」

「お肉、私は大好物です」

 実際は何でもよかったけれど、なんとなく加具土さんのテンションに合わせてみた。

「そうだ、ジビエにしよう! 予定外の特別手当も出ることだし、少し奮発して!」

 喜び勇んでナビを操作していた加具土さんの手が、一瞬止まる。

「あ、でもご馳走はしないからね」

「安心してください、私はそんなに図々しくありません」

「いや、まってよ。むしろあたしのほうがご馳走される立場なんじゃない? 一応、ヨミちゃんのほうが上官になるんだから」

 異様な光を帯びた双眸が、こちらを窺っている。

「変な期待はしないでください。私はそんなに太っ腹じゃありません」

「そんなことわかってるけど、たまにはいいんじゃない? あたしを労うのも」

「あっちこっち連れ回されたあげく、支払いまで押し付けられたんじゃ堪ったものじゃありません。お店巡りにつき合ってあげてるんですから、それで満足してください」

「ショック! そんな風に思ってたんだ。こっちは色々見聞を広めさせてあげようっていう気持ちだったのに」

「心にもないことを。体良く私をダシに使ってるだけじゃないですか」

 いつものように軽口の応酬をしながら、車はゆっくり走り出す。

「実はあたし、ジビエって初体験なんだよねぇ、一体どんなのかな? シカかな? イノシシかな? それともクマかな?」

「家畜と違って安定供給じゃないらしいですからね。しかも当たり外れがあるとか……」

「そういえばテレビの特集でも言ってたよ。害獣として駆除される数は結構多いけど、需要がないから流通する割合は少ないって。もし需要が伸びれば安定供給されるのかな?」

「かもしれませんね。でも、野生動物の側からしたら理不尽な話ですよね。彼らはただ捕食活動をしているだけなのに、それが農作物だったせいで殺されてしまうなんて」

「でも、それは仕方ないんじゃない? 農家の人も生活がかかってるんだから。もし、もっとちゃんと棲み分けができるなら、それがお互いにとって一番いいのかもしれないけど」「そうですね。彼らは彼らなりの生き方を通してるだけ、それが人間社会と接触することで害獣とされてしまう。もしお互いが干渉し合うことがなければ、そもそも問題なんて発生しないのでしょうか、たとえばそれが人間同士でも」

「どういうこと?」

「犯罪者と呼ばれる人たちは、社会で決められたルールを守れなかった人でたちです。つまり、社会不適応者です。でも、もし社会という枠組みがなかったとしたらどうでしょう? 彼らは果たして非難・処罰される対象となるでしょうか?」

「え? ちょっとわからない、もうちょっと詳しくお願い」

「人間は社会的動物といわれることがありますが、社会を形成し、その中で暮らすことだけが唯一の生き方なんでしょうか? 他にも別な生き方があるのではないでしょうか? たとえば多くの動物がそうであるように、普段は家族だけとか、まったくの単独行動とか。社会不適応者というレッテルを貼られている人々というのは、本当はそういう別の生き方のほうが適してる人たちなのではないでしょうか?」

「要するに、本来人間にはそれぞれに適した生き方がある。だけど、人間は社会の中で暮らすべきという固定観念に基づいて、すべての人間に一定の社会の枠組みを押し付けてる。それが社会不適応者を生み出す原因になってるんじゃないかってこと?」  

「はい。自分の都合だけを優先させる人がいます。他人とうまくコミュニケーションがとれない人がいます。人と接することに過度のストレスを感じる人がます。そういう人たちに、社会生活を強要することは不幸な結果を招くだけではないでしょうか? そういう人たちにとっては、どんな社会もディストピアではないのでしょうか? この世界に異常なものなど存在しません。あるのは差異だけです。そうした差異、多様性ということを尊重するのなら、生き方にについても多様性があってもいいのではないでしょうか?」

「確かにねぇ、現代社会って過干渉なとこあるからねぇ。それがかえって面倒を引き起こしてるって言えなくもないよね。でもどうしたの? 急にそんなこと言い出して。ヨミちゃんのモットーは『考えたら負け』じゃなかったの?」

「もちろんそうです。システム社会で生きるには、それが一番重要なことですから」

「じゃあ、どうして?」

「ただ、何となくです」

「もしかして、さっきのこと気にしてるの? いつものアレも言わなかったし」

「違いますよ。本当に、ただ何となくです」

「本当? もしかして、この仕事に疑問持っちゃった?」

「一体何なんです? ねほりはほりと」

「いやいや、一応ヨミちゃんのメンタルサポートも、あたしの仕事だから」

「仕事にかこつけた、単なる好奇心じゃないんですか?」

「断じて違います。神に誓って」

 加具土さんが、右手をハンドルからはなし、宣誓のポーズをとる。

「ちゃんと良心に従ってもらわないと困りますね」

 苦笑を浮かべながら、私は続ける。

「農作物を荒らした動物は、どんなに遠くに追いやってもまた戻ってきてしまうそうです。人の味を覚えてしまったクマは、人を積極的に襲うようになるそうです。社会生活にどっぷり浸かっている人間は、警戒心が薄く、しかも愚鈍で鈍重。野生動物にしてみたら、脅威でも何でもないんでしょうね。そうなってしまったら、もう打てる手立ては限られてしまいます。私はその手立てが間違っているとは思いません。下手に情けを掛けて、新たな被害者を出してしまったら、元も子もありませんから。だから私は、私の仕事に疑問なんて持ちません」

「お! どうやら調子が戻ってきたみたいだね。やっぱりヨミちゃんはそうでなくっちゃ!」

「それって褒めてるんですか?」

「もちろん」

「ふふ~ん、どうも」

 いつも通りに上調子なやり取りで締め括る。会話が一区切りついたところで、私は車外へと視線を移した。そこにはたくさんの人々が行き交う光景が広がっていた。

 彼らは果たして野生動物なのだろうか、それとも社会という折の中で飼われている家畜なのだろうか? でも、結局はどちらでも構わないのだろう。何も考えず、疑問も持たず、ただシステムに従ってさえいれば、最後のときを迎えるまでは、かなりの確率で身の安全は保障される。内なる衝動を押し殺し、自発的な行動を起こさなければ。ここはそういう場所なのだ。

 刑罰特区バビロニア、ここはユートピア。


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