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ディストピア  作者: 藤苑玲士
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復讐法

 警察署で私たちの応対に出てきたのは、一人の中年男性刑事だった。ベテランの域に達しているためか、やや横着な感じがしないでもないその人は、何とも気だるげに私たちを留置場へと誘った。

「悪いが少し待っててくれや、検察からは、じきに略式判決が出るって連絡は来てる。おまえさんたち、来るのが早すぎたんだなぁ」

「何せ、お役所仕事ですから!」

 加具土さんが嬉々として応える。昔の『お役所仕事』には意思決定の遅さなど、非効率という意味合いがあったらしい。しかし現在は、システム化が推し進められ、それを役所関係が率先して取り入れていることもあり、スピーディーで効率的な仕事のことを『お役所仕事』と言うように変化した。時代が変われば意味合いも変わる。まさに言葉は生き物だ。

「なんなら事件のあらましでも聞くかい? 手持ち無沙汰だろ?」

「いえ、結構です」

「是非、お願いします!」

 刑事さんの申し出に、私たちは銘々の答えを返し、そして、顔を突合せた。

「なんで? 折角だから聞こうよ」

「折角ってなんですか? そもそも別に聞かなくても職務に支障はありません」

「概要知っておいたほうが、やり込めやすくなるでしょ?」

「その必要はありません。今回は略式ですよ? プランC以外ありえません」

「でも折角、刑事さんが気を遣ってくれてるんだから」

「そっちの意味の折角なら、なおさらお手間を取らせるわけにいきませんよ」

 私たちのやり取りを見て、刑事さんが苦笑する。

「いやいや、こっちへの気遣いなら無用だ。仕事が立て込んでるわけじゃないからな。かといって給料泥棒ってわけでもないぞ。いくら犯罪率が低いって言っても人口が多けりゃそれなりの件数にはなるからな。おかげで俺も、この年まで食いっぱぐれずにすんでるってわけだ。そこんところは、おまえさんたちも同じだろ?」

「うちは外の分を受け入れることで、仕事量を確保してるといった感じです、どちらかと言えば」

「いうなれば、外注でもってる下請け会社って感じですよ」

「そりゃ大変だな。まあ、俺らの仕事ってのは、そもそも盛況であっちゃ困るんだがな」

 刑事さんは、またもや苦笑を浮かべると、事件のあらましを話し始めた。

「被疑者……。いやもう被告人か、は西区在住二十七歳女性。被害者は南区在住三十二歳男性。二人は昨日、うちの管轄内の割烹居酒屋で飲食中、口論となり、被告人が近くにあった鉄花瓶で被害者の頭部を殴打。被害者が頭から血を流して倒れたため、居酒屋従業員が救急要請。被告人は呆然としているところを、駆けつけた警察官によって身柄を確保された。被害者は搬送先の病院でまもなく死亡。容疑は傷害罪から傷害致死へ。目撃者多数、本人も犯行を認めたため、特例法により略式起訴、そして現在に至るってわけだ」

「動機は何なんですか?」

 加具土さんが質問する。

「目撃者の証言によると、最初は別れる別れないでやり合ってたみたいだな、そのうち返す返さないの言い争いになったらしい。いわゆる痴情のもつれってやつだな」

「もしかしたら結婚詐欺かな? お金も絡んでるみたいだし」

 加具土さんが私にささやきかけてくる。

「被告は子どものときに両親を失くして以来、ずっと施設暮らしだったってことだ。もしかすると、愛情に飢えていたのかもしれないな、それで悪い奴に引っ掛かっちまった……」

「わかるわかる。相手への期待が大きい分、裏切られたときの反動も大きいってやつですね。ヨミちゃんはどう思う?」

「込み入った事情なんてどうでもいいじゃないですか。情状酌量のないここの法律では、事に及んだ人の意思ではなく、行為と結果こそがすべてなんですから」

「冷たいなぁ、ヨミちゃんは」

 加具土さんが大袈裟にため息をついてるさなか、刑事さんの顔があらぬ方向に向く。その視線の先には、壮年の男性が片手を大きく上げている姿があった。刑事さんは彼に向かって合図を返すと、私たちに向き合った。

「じゃ、そういうわけだ。後は頼んだよ、死神ちゃん」

 そう言い残すと刑事さんは、一人歩き出した。

「お任せください、警部どの!」

 加具土さんが、敬礼をして送り出す。

「バカヤロウ、俺は警視監だ」

 振り返りはしなかったが、しっかり敬礼を返すところは、さすがに現場からの叩き上げといったところだろう。

「ちょっとリップサービスしたつもりだったけど、まだまだ不満だったみたいだね」

 笑いかけてくる加具土さんに、私は肩をすぼめてみせた。

「それより、『死神ちゃん』て何です?」

「え? ヨミちゃんのことでしょ?」

「私が何で死神なんですか?」

「全身黒ずくめだからに決まってるでしょ。だからいつも言ってるじゃない。スーツはしょうがないとしても、コートくらいは色物にしたらって」

「黒も立派な色じゃないですか。しかも流行り廃りのない無難な色です」

「そういうこと言ってるんじゃないの。流行を取り入れてこそのオシャレじゃない。ホント、ヨミちゃんは万事に無頓着だよね」

「そんなことはありません。加具土さんが頓着過ぎるから、相対的に私が無頓着に見えるだけです」

「はいはい。偏った人はみんなそう言うの。自分の立場を正当化するためにね」

「その言葉、そっくりそのままお返しします。正当化しようとしてるのは加具土さんのほうです」

「何で素直に受け止められないかなぁ? ひねくれてるねぇ、ヨミちゃんは」

「ひねくれてるのは、そっちです」

 私たちは口論を交わしながら、今さっき死刑囚になったばかりの人がいる区画へと向う。


 そこにいたのは、どこにでもいる普通の女性だった。それは意外なことでもなんでもない。もはやロンブローゾの提唱した、生来的犯罪人説を信じる人間なんて、いないのだから。ただどうしても目を引いたのは、中世までのメイク方法、引き眉を彷彿させるような眉毛の薄さ。その長い髪と相まって、顔だけ見たら、平安時代の女性そのもの。それは、普段からメイクすることが前提になっているからだろう。偏見ではあるけれど、いわゆる、報道において飲食店従業員と言われる人らしいなと、どうしても思ってしまう。

「こんにちは」

 鉄格子の中に入って声を掛ける。女性が私たちの顔を見比べる。

「あんたたちも刑事なの?」

「いえ、私たちは死刑執行官です。あなたの刑を執行しに来ました」

「死刑? 私の? 何かの間違いでしょ?」

 明らかに戸惑いの色が見える。

「いえ、間違いではありません。先ほど、あなたに対しての判決が確定しました。判決文も閲覧できますよ。見ますか?」

 私は、業務用タブレットを差し出した。

「そんな! 昨日の今日で死刑だなんて! 裁判は? 裁判はどうなってるの!?」

 女性が声を荒げる。

「裁判はありませんよ。あなたの場合、略式起訴の略式判決ですから」

「なんでそうなるのよ! ちゃんと裁判開きなさいよ」

「ここでの裁判は、あくまでも有罪か無罪かを審理するためのもの。今回は目撃者も多数いる紛れも無い現行犯ですから、それを審理する必要性はありません。そんなことをしたら、時間と経費が無駄になってしまいます。それに、たとえ正規の裁判が開かれても結果は同じですよ? ここでは科料・罰金以外の量刑はありませんから。あなたの場合、あなたが被害者を殴り、相手が死亡した段階で、もうこうなることは決まってしまったんですよ」

「そんなの納得できない! 納得するもんですか!」

「納得するもしないも、そういう制度なんですから仕方ありません。あなたもそれに同意した上で、ここに移住したわけですから、異議申し立てなんてできませんよ」

「そんな制度、私は知らない、聞いたこともない!」

「この人、典型的な説明すっ飛ばして同意書にサインした人じゃない? どうするの?」

 加具土さんが、耳元でささやいた。

「どうするもこうするも、同意書にサインした以上、ここの制度を理解したとみなす。それがここのシステムです」

「本当は全然理解してなくても?」

「もちろん。個人の都合よりも全体の都合を優先させる、それがシステム社会というものですから。それじゃあ、プランCでお願いします」

「……了解」

 私の指示で、加具土さんは女性の体を押さえ込む。

「何するの! 放して! 放しなさいよ!」

 女性は必死で抵抗するも、柔道有段者の加具土さんにかかっては、まさに無駄な抵抗だ。

「私は何も悪くないのに! 悪いのはあいつなのに!」

 女性の恨み言を聞きながら、私は注射器の準備をする。

「確かに悪いのは相手のほうなのかもしれません。でも、私はあなたに同情なんてできません。その理由は、あなたが相手方へ行った侵害が、正当防衛でもなく、緊急避難でもなく、単なる私刑だったからです。復讐の殺人がなぜ虚しいかわかりますか? それは報復した相手が、死で自我・意識などと言われるものを失い、何も感じなくなってしまうからです。ひどい仕打ちを受けた人間は、大抵その加害者も、同じ痛み・苦しみを味わうことを望むものです。相手を殺してしまっては、結局それが果たされなくなるので虚しくなるのです。その点、昔の人は賢いですね。加害者に重すぎず軽すぎず同等の不利益を科すことで、両者のわだかまりに決着をつけようとしました。この都市は、その理念も受け継いでいます。あなたが訴えるなり、被害届を出すなりしていれば、きっと彼にもそれ相応の制裁が科されたことでしょう。でも、あなたはその選択をしなかった。あなたは彼に危害を加えることで、自分の憂さを晴らそうとした。はっきり言ってそれは、不当な行為以外の何者でもありません。そこに情状酌量の余地なんてありません。だから、あなたはこうやって裁かれるのです」

 女性の抵抗が弱まった。かわりに、彼女の口から呪文のようにひとつの言葉が漏れ出てくる。

「人殺し、人殺し、人殺し……」

 私は黙って、注射器を彼女の体に突き立てた。

「さ、帰りましょうか」

 私は注射器を片付ける。

「そうだね」

 加具土さんが、女性の衣服の乱れを整えながら答える。鉄格子の外には、いつの間にか後処理係の人たちが待機していた。私たちは、その人たちに後を任せ、留置場を後にした。

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