<最強魔王の憂鬱③>
「魔王様! 先程、悲鳴のような声が聞こえましたが、いかがされましたか?」
そんな声とともに、一つ角の巨体が駆けつけた。魔王の幹部である鬼人、サンティモである。
人類軍との幾千もの戦を生き延びてきた隻眼の鬼人。幼女の胴体よりも太い腕。はち切れんばかりの筋肉。要所に鋼の鎧を着ていても、その暴力的な筋肉は隠しきれてはいない。
「……聞き間違いであるとは思っているのですが、城外では復帰した配下たちがざわめいております……が……、え?」
どうやら、魔王の驚きの声は城外に響き渡り、生き残っていた部下の耳にまでと届いていたらしい。絶対無敵の我らが絶対の魔王の、普段聞くことのない驚愕の叫びに、配下たちは驚きを隠せなかった。
そして、駆けつけたサンティモは、目の前で起こっている出来事に、おもわず頭を垂れるのを忘れた。
魔王に短剣を突き刺そうとしている幼女という光景のせいで。
「くっ……」
「ああ、これか。気にするな」
なぜか刺そうとしている幼女の方が必死であり、刺されている魔王の方が余裕な表情。
幼女は悔しさに顔をゆがませる。全身力を持って、一時の緩みもなく、魔王の身体に短剣を突き刺そうとしているのだが、その刃は魔王の鎧には届かない。紙一枚ほどの距離で止まっている。まるで薄い膜で拒まれているように。
「ぐぬぬ。なぜだ? 短剣とはいえ聖剣と同じ属性だぞ。おぬしは先ほどの聖剣の勇者の戦いで傷を負ったじゃないか」
これには幼女はわけもがわからないといった様子であった。魔王にとってその短剣が放つ光は、見覚えのある光であった。そして確かに傷つけられもした。が、この短剣では身体に傷をつけるどころか、刺さろうともしていなかった。
「あれは命を全てかけた一撃だったのだ。元は同じでも根底から出力が違う。というか、お前はいったいなにしに来た? 私を勧誘しに来たのではないか? それとも他の勇者と一緒で私を討伐しに来たのか?」
魔王にとっては意味がわからない。自分を殺すように依頼をされた人物に殺されかけるのに、その人に怒られるという奇妙な経験。思わずため息が零れる。
「うるさい、うるさい、うるさい。隙があれば魔王を殺してみろと、神に言われただけじゃ。本来の役割は、おぬしに勇者を育ててもらうことじゃ」
「おまえ、馬鹿だろ」
「馬鹿って言うな!」
馬鹿にされた幼女は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……」
サンティモはそんな二人のやりとりを前に完全に蚊帳の外であった。呆気にとられ佇む。混乱し固まっている鬼人を余所に、当事者同士は悠長に会話をしている。しかし、幼女の怒鳴り声でようやく目の前の状況を理解した。
こいつは、魔王様の敵だ、と。
「うぉぉー、魔王様になるするんだあぁぁぁぁ!」
「ん? うわわわ……!」
かなりの時間差はあったが、サンティモは叫び声をあげながら駆け寄った。
そして幼女目掛けて愛用の棍棒を勢いよく降り下ろした。
「うおぉぉ、【棒技:滅衝撃】!」
途端に幼女の顔がみるみる青ざめていく。
――ゴォンッ
強靭な肉体から放たれた一撃。その衝撃は空気を震わせ、地面を走った。その衝撃は進路上にある瓦礫を木っ端微塵に砕き、勢いも落ちずに一直線へと青ざめた幼女へと向かう。
しかし、避けようにも幼女は魔王を刺しているため動けない。
「まてまてまてまてっー、待つのじゃっ! うあぁぁーー!」
――バァァァンッ!
幼女に直撃。成す術もなくその小さな身体は吹き飛ばされる。錐揉みされながら放物線を描いていく。おそらく即死だろう。魔王は目の前で幼女が吹き飛ばされるのを、ただ茫然と見ていた。
衝撃は壁際まで走り、土埃を舞わせながらえぐり続け、玉座の間に破壊の爪痕を残した。
「また、城が壊れてしまった……」
「ご無事ですか、魔王様!」
「ああ……」
駆けつけてくる鬼人。すると魔王は足元に幼女の持っていた短剣を見つけた。
その短剣はまだ聖なる光を帯ながら城の床に刺さっていた。石でできた床に、まるで柔らかな地面に刺さっているかのように刀身を埋めている。どうやら見ため以上の切れ味はあるようである。
――シュウゥ……
と、見ていると、持ち主から離れたからか、短剣から白い光が消えていく。見る見るうちに、ただの短剣に戻っていった。
「痛たた……、ケホ、ケホ」
すると瓦礫の中から幼女の声がした。砂煙にむせたのか、せき込む音がする。
先ほどの一撃で肉片になって死んだと思っていた魔王は、幼女が生きていたことに少なからず驚いた。
「ケホ、ケホッ……。な、何をするんじゃいきなり!」
起き上がり、すぐさま罵声。瓦礫から這い出てきた幼女はなんと無傷であった。無傷とはいっても、白いワンピースはボロボロに破れ、砂ぼこりにまみれてはいるが。
しかし、その服の切れ目から見える柔肌にはかすり傷一つ見つけることができなかった。
「この一撃が効かないとは、まさかお前勇者の仲間か!」
渾身の一撃が効かなかったサンティモは、怒りをあらわにし、もう一度攻撃をしようと棍棒を振り上げる。たしかにサンティモの一撃を受けて無事とは、あの幼女見た目以上に頑丈らしい。不死身とか言っているのはどうやら嘘ではないらしい。
「では、もう一撃!」
「ひっ!」
サンティモが再び棍棒を振り上げるのを見た幼女は顔をひきつらせ、そして――。
「うぇーん! 痛いのは嫌なのじゃ~! えーん! わしは勇者の仲間なんかじゃないもん! うわーん!」
号泣した。
爆発したかのように鳴き声。幼女の瞳から大粒の涙が止めどなく溢れる。
「いくらわしが不死身でも痛いものは痛いのじゃ!」
「魔王様に手をかけておいて、泣き落としとは惨めだぞ、小娘!」
「うわーん、こいつ、怖い。臭い」
「臭いとは何だ、それより人の話を聞け!」
呆気にとられていた魔王。そして泣きじゃぐる幼女へと詰め寄るサンティモ。しかし相手にならない。巨体の鬼人が泣いている幼女に狼狽しているのは滑稽であった。まったくらちが明かない。
「ああ、サンティモ、ご苦労。これは敵じゃないからお前はさがっていろ」
「しかし魔王様、先ほどあの小娘は魔王様に剣を……」
困惑するサンティモを前に、魔王は刺されていたわき腹を見せる。短剣で刺されていたはずのその場所は傷一つなかった。
「ほれ、このとおり無傷だ。この程度の神聖で私は傷つかない。少し遊んでやったに過ぎん。話がややこしくなっても困る。下がれ、サンティモ」
「はっ、失礼しました……」
サンティモの眉間に深い溝ができる。だが、命令に逆らうわけにもいかず鬼人は素直に従った。玉座の間から去っていく鬼人に、魔王はふと思い付いたかのように声をかけた。
「そうだ。あと、少ししたらまたしばらく外にでる。あとのことは、トライゾンに任せると伝えてくれ」
「で、ですが、魔王様……」
「ああ、ミューのことはお前に任せた。上手く言っておいてくれ」
「えぇっ!」
「任せたぞ」
「――ははー」
サンティモは、その名前を聞くと露骨に嫌そうな顔をした。しかし魔王が念を押すと渋々と頷く。
鬼人が消え、玉座の間は幼女のすすり泣く声と、より廃墟と化した破壊の爪痕だけが残った。
「一つだけ答えろ。私はどうしたら勇者を育てられるんだ? この姿だぞ?」
泣きじゃぐっている幼女に魔王は尋ねる。
見た目は人に近いとはいえ、爪や角はどこからどう見ても魔族である。勇者を育てるというが、この姿のままでは会話すらままならない。
すると、幼女は嗚咽をこらえてこう言った。
「えっぐ、おぬしには契約して……、人間の姿になってもらう、ひっぐ――」
「魔王が人間になるだと?」
またとんでもないことを幼女は言い出した。
【読了後に関して】
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