<最強魔王の憂鬱②>
「おぬしは、口上では世界制服と言っておる。しかし、それは嘘ではないが、真意ではないのじゃろう? 本当は世界征服よりも、己の有り余る力を全て出し切り、相手と死闘を繰り広げたいだけなじゃろう?」
魔王の心を見透かすよう幼女の眼差。その紡がれる言葉は、なぜか魔王の心の奥を深く抉り、心の波を掻き立てた。
「て、適当なことを言うのではない。この世を支配し、世界を混沌に陥れ、破滅へと向かわせるのが、私の願望。私の存在理由だ」
「存在理由な……。――それはおぬしの役割に与えられた設定でしかないというのに」
「なんだと?」
意味のわからない言葉。その刹那、なぜか悲しそうな表情をしていた。すぐに表情は元に戻ったが、幼女がなぜそのような表情をしたのか理解できなかった。
「いや、なんでもない。おぬしほどの強さであれば、そんな既存設定から脱しているとでも思っていたのだがな。少々買い被りすぎたか?」
「わけのわからないことを言うな。これ以上戯言を並べるなら、問答無用で叩き斬るぞ」
意味は分からないが、なぜか胸の奥がざわめいた。不快極まりない。自然と大剣の柄を強く握る。するとそれを見た幼女は血相を変えて、慌てて首を横に振った。
「や、やめい。わしは不死身じゃが、痛いものは痛いのじゃ。それにこんなか弱い幼女を躊躇なく叩き斬るなんて、おぬしは血も心もないのかっ!」
「魔族に心なんていらん。強さがあれば良い。――もう言い残すことはないか?」
「待て待て待て! 言い残すことはある、あるから。ちょっと待ってください!」
腰が抜けたのか、尻餅をついて両手を上げた。天使の威厳やプライドはどこへ行ったのだろうか。急に喋り方まで変わっている。これが素なのだろうか。
「あ、あの喋り方だと、威厳がありそうであろう? 昔の友にそう教えられたのだ。だから、先程のは忘れるのじゃ。良いな?」
理解できないと言わんばかりの魔王の視線。その沈黙に耐えかねたのか、幼女は自ら弁解し始める。
「コホン。――――おぬし。本当は待っているのだろう? “自分を倒す力を持つ勇者”の存在を」
「……」
「そ、そんな目で睨まないでおくれ。さきほどから神は万能だと言っておるだろうに。おぬしの望みを計ることなど容易いことよ。そ、それより、その物騒なものをしまってくれ。何度も構えたり、下ろされたりと、正直精神衛生上良くない」
「痛い目を見たくなければ、これ以上戯言を言うんじゃない」
仕方なく大剣を下ろす。まったくもって調子を狂わされる。魔王だというのに何を苛立っている。相手は自分の身長の半分以下の幼女だというのに何を恐れるのだ。
大剣が仕舞われ、ほっと一息つく幼女。鼻をすすりながら起き上がるも、先ほどの尻餅で着ていた白いワンピースは酷く汚れてしまった。すぐに幼女は気付くも、今度こそ学習したのか騒ぐことはなかった。口をへの字にして堪えている。
「で、それと勇者を育てることと、私の願望とやらがどうつながるというのだ。私の願いは勇者を倒し、世界を征服することだぞ?」
「違うな。では、なぜおぬしはこの不毛な戦いを続けている?」
「不毛だと? 馬鹿にするんじゃない」
「不毛極まりないじゃろう。おぬしほどの強さなら、この城から出て人類軍を滅ぼすことなど造作もなかろうに。それなのに何故おぬしはこの玉座に座りつづけている? 一度でも自ら戦地に赴き、その圧倒的な力を振るったか? 本気で世界を滅ぼしたいのであれば、早く前線に行けば良い。一月も経たずにその願望は叶うだろう」
「そ、それは……」
確かに魔王になって以来、一度もこの島へ攻めに行ったことはない。
「だが、それをしない。何故なら、おぬしは待っているからだ。自分を倒しめたる力を持った勇者の存在をな」
「っ――!」
魔王はその言葉に、全身に電気が流れたような衝撃を受ける。
人間は非力で、取るに足らないか弱い存在。そのため戦力差は一目瞭然である。しかしそれでも、人間は知性と勇気を持って挑み、戦闘力を大きく上回る魔族と戦い倒し、今まで拮抗し続けたのだ。
本来ならあり得ないその現状に、魔王は可能性を感じ、期待し、高揚していた。
そして同時に恐れていた。
「おぬしはただ、待っているだけなのじゃ。動き出すことも、止めることもできず、自らの既存設定と願望の狭間で揺らいでいる」
自らが人類を滅ぼすことで、自らを昂ぶらせる強敵が現れる可能性を摘んでしまうということを。
「なにが魔王じゃ。笑わせるな、それはまるで死に焦がれているだけの乙女のようではないか!」
その言葉に返す言葉が見つからない。それは今まで感じてきた違和感や焦りの正体に限りなく近いものであるように感じた。
自分が憤り、答えられなかった感情の正体。
――強者を、ただ待ち焦がれているだけ。
何故か持ってしまったこの強さ。
存在を得てから苦戦や負けといった経験を得ずに、今まで生きてきた。初めは自分の力がどれくらい通用するのかと始めた小手調べであった。次々と強者を倒していくだけで、己は満足であった。もっと強い者がいると期待して進めた。
だが魔の王となり、挑む側から挑まれる側となり、そして弱さを持つ人間が、魔王たる己に果敢に挑んでくるのを繰り返し見続け、退けてきた。また魔族の王にならんとかつての自分のように挑んでくる魔族とも戦った。しかし、すぐ魔族にも、宿敵たる勇者にも敵うものはいなく、自分より強い者がいないということに気が付いてしまう。
その瞬間、ある感情の芽生えに気が付いてしまった。
――それは圧倒的な、孤独。
その強さ故に、まだ見ぬ死闘を夢見てしまう。その強さ湯根に、互いの強さをぶつけ合っていられる時間だけが、孤独を忘れ、存在を許された。戦闘狂と一言に片付けるには悲しすぎるそのあり方。
それが最強無敵の魔王の、真の姿であった。
「何故おぬしがそのような在り方に至ったのか、わしは知らん。しかし、仮におぬしが育て上げた勇者ならば、さぞかし強力で、無敗の魔王も苦戦するだろう。もしかしたら傷を負えるかもしれん。上手くすれば、おぬしは倒されるやもしれんぞ?」
「そ、それこそ戯言を。そんな回りくどいことなんてせず、神が万能だというなら、その万能さで私を倒す勇者でも育てればいいじゃないか」
半ば呆然としている魔王を前に、幼女は呆れた顔をして大きなため息をついた。
「すでに何度か行っているぞ? 女神の加護や奇跡なんて現象を、おぬしは何度も間近で見たのではないか? だが、結果はおぬし自身が一番知っているだろう。神は人間にいつも僅かな奇跡を授けている。神が万能だが、神がこの世界に干渉できる限度というものがある。神が干渉を行いすぎた世界というのは、決して神自信が望むあり方ではないからな。故に、神が全力で干渉するときというは、世界を創成するときか――」
一瞬幼女は言葉を止めた。
すると音もなく近づき、どこからか取り出した短剣を、魔王に向けて突き刺した。
そして幼女は呟く。
「世界を滅ぼすときだ……」
【読了後に関して】
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