<黒と白の邂逅⑤>
幼女は慌てて立ち上がるも、尻もちをついたところのワンピースが砂ぼこりで汚れていた。そしてそれに気が付いた幼女は涙目になり、なぜか恨めしそうに魔王を見つめている。
「…………」
「ちょっと、心配とかないんか!」
「なんで、お前なんかを心配をしなければいけないのだ。それに私は、お前は誰だと聞いている」
「ぐうう――」
魔王が睨みつけると蛇に睨まれた蛙のように怯えた。その姿はどこからどう見ても普通の人間の子供である。武装らしい武装もしておらず、少しお出かけに来たような軽装。涙を浮かべている顔からは一切の脅威を感じられない。
「わ、わわわ、わしは神の使いだ。驚いたか!」
「はぁ?」
すると幼女は突然叫んだ。そして自らを神の使いと名乗った。信じられるはずがなかった。
「う、嘘じゃないぞ。本当だぞ!」
心を読んだのか、顔に出ていたのか、白い幼女は泣きそうになりながら叫んでいる。驚かそうと威張っているのか、泣いているのかわからないが必死であった。
魔王はその事実に少なからず驚き、改めて目の前の幼女の姿を見た。そしてその存在の在り方に興味を覚えた。
枝のように細く華奢な手足、白く柔らかそうな肌。髪の毛の白色と相まって、廃墟の中でも損じない尊さを持っていた。しかし、ガラス玉の様な大きく澄んだ瞳はあふれんばかりの涙をため込んでいる。威厳も何もあったものではない。
どう見てもか弱い人間の子供だが、その子供の体内には得体のしれない魔力が秘められていた。先ほどの幻影魔法も含め、魔王は油断ならなかった。
「その神の使いとやらが私に何の用だ? 天罰でも与えに来たか?」
「そんなことできるもんならとっくにしておるわ。ていうか、とっくにしてるのじゃ!」
幼女の見た目に反して、ずいぶん変わった喋り方である。神の使いとか言ったが、そうすると決して見た目通りの年齢ではきっとないだろう。
「ならいいじゃないか。それならなぜ私にわざわざ声をかけた?」
「お前が強すぎるんじゃ!」
魔王の問いかけに幼女は息を荒げて怒鳴った。魔王は意味が分からない。何故強くて怒られる?
長く白い髪が逆立つのではいかというほどにあらぶっているが、見た目が見た目なだけに恐ろしさのかけらも感じられずにいる。そう、ただ幼女が駄々をこねているようにしか見えない。
「神からの伝言を預かっておる」
「伝言、だと?」
聖と魔。見た目はアレでもその対極たる位置に属するものが同じ空間にいるという事実。一触即発の空気である。
幼女は息を落ち着かせそう言うと、何やら呪文を唱え始める。それは聞いたこともない呪文。微量だが魔力の増大を感知すると、二人の頭上に空中に光の球体が出現した。光はゆっくりと魔王たちのほうに向かってきており、魔王は警戒し剣を構えた。
「ひゃいっ――!」
すると魔王の動作に驚いたのか幼女は呪文を中断してしまった。呪文が中断されたことにより、光の球体ははじける。すると中からスクロールが出現した。しかし、球体は幼女から離れたところではじけてしまったため、幼女の手元に収まることなく落下し、
――コツン
「……」
落下したスクロールは剣を構えた魔王の頭にコツンと軽い音を立ててぶつかった。
魔王は無言で幼女を見つめる。すると、幼女は「これは敵対行為ではない」と目で訴え、首を横に振りながら、涙ながらにスクロールを拾った。
拾い上げたスクロールを、おぼつかない手つきでそれを広げると、何事もなかったかのようにその内容を読み上げた。
「えーと、偉大なる神からのお言葉を読み上げるぞ。“この世を混沌に陥れし、暗黒の王よ。お主はその存在だけで、この世の理を乱す。存在だけで災いを呼ぶ。故に滅ぼされなければいけない運命にあるのだが、おぬしの不可解とも呼べる強さの前に、我らの使者も難渋しておる――」
棒読みであった。
「長い。要点だけ言え」
「はぁ? おぬし、これは神の御言葉じゃぞ、無礼な」
――バキン
魔王は大剣を地面に叩きつけた。すると巨大な音と衝撃が起こり、幼女は言葉を失った。
「ひぃっ――」
「そんなこと言っていられる状況か?」
「――、ええい、さすが魔王。この世の理を乱すものじゃ。前代未聞じゃが、神の言葉を省略するぞい。えー、要するに“魔王が勇者に倒されないと、この世界は滅びるぞ。いい加減倒されろ”だそうじゃ」
「は?」
神の御言葉というものを聞いた魔王は、その言葉の意味が分からなかった。
「魔王が勇者に倒されないと、この世界は滅びる」だと? それをなぜ勇者にではなく、魔王自身に伝えるのだろうか。その理由がわからない。
幼女は役目を果たしたからか満足そうに胸を張っている。出る胸はないが。どうやら、これ以上の説明はないようであった。
「ほう。滅びるのなら結構。それが魔王たる我が望みだ」
世界が滅びるといっているが、初めから魔王の願いは世界征服だと相場は決まっている。この世界を破壊し、混沌の世界にして自分の王国を作るのが魔王の望みである。この人間だらけの世界なんて、滅んでも痛くも痒くもない。むしろ一度滅びてしまえば良い。
「アホか。その場合、おぬしも消えるのだぞ?」
「は……、どういう意味だ?」
「文字通りだぞ。神の御意志によって、この世界は抹消されるのじゃ。存在全てな。その範囲に魔族も人間も関係ない。塵芥も残らないぞ? もちろんおぬしも例外ではない」
魔王はあまりの理不尽さに言葉を失う。そんな魔王の様子に気を良くしたのか、幼女は得意げに言葉を続けた。
「嫌だったら倒されろ、魔王」
「無理だ、勇者が弱すぎる」
魔王も戦士である。勇者と死闘をしたうえで倒されるなら致し方がないと思っている。しかし、倒されるも何も、こちらは本気を出す前に相手が倒れていくのだ。向こうが本気になって切りかかってくるのに、こちらの身体に傷一つつかないのだ、どうやって負ければいい。
「だから、おぬしは強すぎると言ったのだ。しかし、神は万能だからな、そんなこともあろうかと、愚かな魔族に天から策を与えるという慈悲さえ持っている。本当におぬしの強さは理解ができない。だが、いくらおぬしとて、不死身というわけではあるまいに」
魔王は嫌な予感を感じた。幼女は続きを見るためにスクロールをめくり、口を開いた。
「えーと、“だったら、お前が魔王を倒す勇者を育てろ”と、神は言っておるぞ」
その突拍子もない神からの伝言に、魔王は一瞬言葉を失った。天使たる幼女は、あろうことか災厄の根源たる魔王本人に、そう提案しだしたのだ。
「つまり、おぬしが自分を倒す戦力を用意するのだ。これなら問題なかろう」
「はぁ~~~~?」
魔王は久しぶりに素の感情で叫んだ。魔王の叫びが響く。
黒き男は魔王。この世の間を統べる王にして、災厄の根源。
白き女は天使。神の下僕。この世の理を維持する歯車。
本来なら両者は決して相容れることはなく、平行線の運命をたどるべき存在。
しかし、今ここに向き合い、視線が交差している。
これがのちに世界の命運を分けた戦いの始まりであるとは、この時は誰も知る由もなかった。
【読了後に関して】
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