<黒と白の邂逅③>
魔王城を震わすほどの衝撃と全身を走る激痛。痛みで自分が地に撃ち落とされたことに気が付いた。全てが圧倒的である。
「ぐはっ――」
「もう終わりか、勇者よ」
城の崩壊が今の衝撃でさらに加速した。もう時間がない。
勇者は聖剣を杖代わりにして立ち上がる。身体は痛みに震え、力が入らない。傷は身体の至る所にできており、口や頭、全身から血を滴らせ、瀕死の状態なのは一目瞭然である。
「ほう、便利な体質だな」
「くうぅ……」
それでもいくつかの傷は白い煙を立てながら少しずつ治癒していた。勇者のスキル【祝福されし身体】である。勇者の身体には女神の加護により自己治癒能力が供えられている。魔力の尽きぬ限り、傷が徐々に癒えていく。
それでも全身の損傷が激しく、全ての傷が治っているわけでもない。治癒能力が追い付かないほどのダメージに、どうにかやっと立っていられる状態まで回復していた。
勇者の身体は立ち留まるだけで悲鳴をあげる。それでも魔王を倒す執念、希望を託された仲間たちの想いが、勇者の身体を支えていた。負けるわけにはいかないのだ、と。
「立っているのもやっとといったところか。それでも立つのか。ただ痛みと苦しみが増えるだけだというのに。何がそこまでお前を奮い立たせる。ああ、理解に苦しむ。――まあ良い、今楽にしてやろう」
魔王が止めを刺そうと、勇者に近づく。
勇者には魔王が歩く度に聞こえる甲冑の音が、まるで死の宣告のようである。一歩一歩近づいて来る魔王。絶望で押しつぶされそうであった。
しかし、勇者は諦めてなどいない。脳裏に一筋の光が差す。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
「なにっ!」
魔王が目の前に立った瞬間、勇者は叫び声と共に剣を突き出した。
すると瞬時に魔王の眼前で炸裂する光。魔王が驚き腕を出して防御しようとするが、すでに遅い。
「人間を――、俺たちを舐めるなっ!」
「馬鹿な、どこにそんな力がっ!」
勇者はありったけの魔力を聖剣に込める。いくつもの勝利をもたらした光が聖剣に灯る。
勇者のスキル【手繰り寄せる一筋の勝利の糸】。どんな状況下においても、勝利の可能性を模索し、勝利を手繰り寄せる。
完全な不意打ち。卑劣な策ではあるが、そうでもしなければ現段階で勝利の道筋が見えないのだ。そして、魔王が油断して近づいてきた最後の好機。これを逃すはずはなかった。
卑怯と罵られようが構わない。そんな僅かな罪悪感を消し飛ばすほどの、怒り、使命感を持って、勇者は 聖剣の力を解き放つ。
勇者は更に叫ぶ。その勝利の名を。
「うおぉぉぉっ――、【奥義:聖剣の輝き】!」
視界を埋め尽くすほどの光が聖剣から放たれる。
塞ぎかけていた傷が開き始める。勇者の再生が止まるどころか悪化してく。
【血の代償】、再生にかける魔力だけでなく、命までも魔力に変えていっているのだ。全身の血管は切れ、心臓は暴れんばかりに脈打った。全身を激痛が襲う。まさにこれは文字通り命を削る行為。
それでも勇者は魔力を込め続ける。
勇者の生命力をも吸った聖剣はより眩さを増し、放った光は爆音となった。
「やったか……?」
光と爆音が消えた後、視界は土煙包まれ、勇者は言葉をこぼす。光は一瞬のようで、永遠の時間のようだった。徐々に麻痺した思考が戻っていく。
「はぁ……はぁ……」
命を削って聖剣をはなった勇者は、血を吐きながら、地面に膝をついた。
勇者の身体には身体を支える力すら残されていない。聖剣は光を失い、いつの間に手から離れ力なく地面に突き刺さっていた。瀕死の状態である。
しかし、勇者の心の中には、確かな手ごたえと、言葉にできないほどの達成感があった。なんせ、あの至近距離である。回避は困難であろう。そして魔を払う光の斬撃は何ものであろうと浄化させる。直撃したらただでは済まないはずである。
「やったよ。やったんだ。俺は、魔王を倒したんだ……」
声に出してその出来事が実感できた。すると途端に胸が締め付けられ、失ってしまった友の顔が浮かび上がってきた。これで散っていったあいつらも報われるだろうと。
「――それはどうかな?」
しかし勇者の喜びは一瞬にして砕かれた。勇者の笑顔が凍り付く。その声は聞こえるはずがないのだ。聞こえてはいけないのだ。
「これが人間の底力か……。正直舐めていたよ。訂正しよう、君は紛うこと無き真の勇者だ。賞賛に値する」
「っ――!」
その声に勇者は顔を上げる。あり得ないものを見た。力尽き動けない勇者の視界が、砂埃が落ち着くにつれて徐々に晴れていく。
するとそこには聖剣の光による荒々しい破壊の爪痕が残されていた。床は一直線に抉られ、そのまま壁を突き破り、玉座の間は吹き抜け状態になっていた。壁の外から見える城の外を漂う黒い霧も、聖剣の光が通ったところだけが浄化され、その隙間から太陽の光を差し込ませている。すべてが聖剣の威力を物語っている。
そんなものを喰らって、無事なはずがない。
「ば、馬鹿な……」
しかし、そんな凄まじい威力の聖剣の直撃を受けたというのに、その崩れた壁の前に魔王は立っていた。
城内に差し込む太陽の光が魔王の身体を照らしより鮮明に見えた。その姿を見て、勇者は驚愕する。
「今のでも、かすり傷――、だと……」
右腕をつき出すようにして立っている魔王に目立った損傷はない。だが、聖剣の光は確かに直撃したはずである。魔王の身体は光に包まれたというのに、魔王は壁際まで押され、突き出された魔王の右手は、肉の焼けた臭いを発しながら、わずかに焦げていただけであった。兜に抉られたような跡が走っており、そこから魔王の紫色の髪が見え、わずかに血が流れているのが見えた。
「まさか――。聖剣の光を弾いた、というのか」
勇者の問いに応えず、魔王は再び歩みを進める。その歩みにより壊れた兜が頭部から離れる。その素顔を見た勇者は驚いた。
「魔人族……、だと?」
その魔王はあまりに人に近い姿をしていた。
噂には聞いていたが、魔族にも魔人族という人に近い姿をした種族がいる。今までにもインキュバスや牛人といった種族とも戦ってきたが、それよりも人の姿に近いのが魔人族である。珍しく目撃例が少ないが、まさかそれが魔王もそうであったとは驚きである。
魔王は勇者の驚きをつまらなそうに鼻で笑い、その赤い目を細める。
なによりも勇者が驚いていたのは、その魔王の風貌であった。身に着けている禍々しい漆黒の鎧に似つかわしくないほどの、若く整った顔。これが数百年間君臨し続けている魔王だとは信じられなかった。頭に生えている角や手の爪などがなければ、人間と見間違えてしまうだろう容姿であった。
「弾いてなんかいないさ。利用させてもらっただけだ」
そう言うと勇者の目の前で信じられないことが起こった。魔王の持つ大剣が聖剣と同じ輝きを放ち始める。魔王のスキル【魔力付与】。武具に魔法属性を付与することができる。その付与した魔力というのが――。
「そ、それはまさか! まさか、先ほどの聖剣の光を吸収したのか? そんな馬鹿なっ……」
「左様。しかし、予想より少々激しかった故、零してしまったがな。聖剣エクスカリバーと言ったのだから期待していたが……。そうと言ってもこの程度。期待外れであった」
それは見間違えることはずはない光。今まで眼前にあり続けた、勝利の輝き。その刹那、勇者の頭の中に絶望的な仮説が浮かんだ。
勇者の驚きには目を向けず、そう言った魔王は地面に突き刺さった勇者の聖剣を抜き手に取った。軽々と抜き、つまらなそうにそれを一瞥した後、聖剣を魔王は宙に投げた。
「何をするっ!」
「この程どの聖剣などは――、いらんのだ!」
――バキンッ!
落下してきた聖剣を片手で掴むと、小枝を折るように握り潰した。金属がねじれる嫌な音とともに、聖剣は二つにへし折られ地面に落下した。
「なっ……」
驚きと絶望で勇者の顔が歪む。
その聖剣を手に入れるのに、どれだけの修行を乗り越え、いくつもの試練を突破したというのだ。折られた聖剣が地面に落ちていくのを見ていた勇者の脳裏には、命を懸けて、ようやく手にした修行の日々が走馬灯のように駆け抜ける。
「あ、あああ……」
地面にぶつかった金属音で我に返った勇者は、うわごとの様に声をあげた。目の前には無残にも捨て置かれた聖剣の残骸。勇者が魔王討伐のために手に入れた聖剣が、いとも簡単に目の前で砕かれた。
その瞬間、勇者の心は完全に敗北した。
「この、悪魔め……」
「悪魔ではない、魔王だ。情けだ。聖剣の輝きで逝かせてやる」
勇者の絞り出したような最後の呪詛に、魔王はつまらなそうに答える。勇者の瞳に最後に映されたのは、息一つ乱さないで見下ろしている魔王が、眩いほどの光を放つ大剣を振り下ろすところであった。
「聖剣の輝きに抱かれて消えろ。【偽剣技:一撃限りの聖剣の輝き】!」
黒い光が勇者を飲み込まんと近づく。
その刹那、勇者は折れた聖剣に震える手で手を伸ばした。その目は恋人を見るようで、迫りくる光は視界に入っていなかった。
勇者が剣に触れた直後、勇者と折れた聖剣は、偽りの聖剣の光に包まれて、消えた。
【読了後に関して】
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