<黒と白の邂逅②>
崩れゆく魔王城の中、勇者と魔王は死闘を繰り広げていた。剣と剣がぶつかり合い火花を散らす。
しかし、世界の命運をかけた勇者と魔王の激戦は、丸一日――、続かなかった。
「喰らえ、【剣技:退魔絶影斬】!」
勇者は剣技を放つ。聖剣から放たれた光線が魔王を襲う。
勇者のスキル【魔力放出(剣)】。勇者の得意技の一つ。浄化の光が刃となって相手に放たれる剣技。光は魔王に直撃し、弾けた。
「ぬるい!」
魔王が叫ぶ。すると突如突風が吹き抜けた。
光は弾けたのではない。魔王に直撃する瞬間に、漆黒の闇で掻き消されていた。勇者の渾身の一撃は、魔王の大剣のたった一振りで無効化されていた。
「クソッ! まだまだ、【剣技:月華騒乱刃】!」
勇者は鬼気迫る表情で次の剣技を放つ。聖剣に浄化の光を極限にまで圧縮し、相手に直接切りつける魔法剣技。膨大な魔力を消費するが、かけがえのない友の【最後の祝福】により託された膨大な魔力が連続発動を可能とさせていた。
怒りに身を任せながらも、勇者は流れるような斬撃を連続で繰り出す。魔王城の瓦礫をも足場にし、縦横無尽に襲い掛かった。迫りくる剣舞に魔王の目が喜びに開かれる。
――ガキンッ、ガキンッ!
圧縮され高密度となった浄化の光を前に、魔王は紙一重の所でいなしていた。魔王の持つスキル【剣の極み(大剣)】の成せる業。しかし、勇者の信念と執念がそれを上回った。
「うおぉぉぉぉっ!」
勇者の叫びをあげる。すると剣技の速度が一段と増した。スキル【獅子奮迅】。獣のごとき咆哮が獅子の如き胆力を限界まで引き出す。もはや勇者の剣先の描き出す軌跡は、目で追いきれず、光の線がいくつも残存しているように見えた。
さすがの魔王もその速さの前に押されていく。いくつか鎧に剣先が掠る。しかし、どれも浅い。魔王の【耐魔力】の前では、この程度の傷では浄化が十分に行われない。
もっと直接体内に注ぎ込まなければならない。だから、より速く、より鋭く。勇者は更に剣技の速度を上げた。
「ここだ!」
怒涛の連撃に、魔王が耐えきれず剣技をいなしきれなかった。
その隙を見逃さず、勇者はもう一歩踏み込み、切りつけた。
漆黒の鎧に浄化の刃が抉りこむ。
「フフフ、【5節魔法:幻影魔塵】」
その瞬間、魔王の身体が塵となって崩れた。
浄化の光の効果ではない。
「偽物かっ!」
足元に黒い塵が水たまりのように広がる。勇者が切りつけた魔王は黒い塵で編まれた偽物であった。しかし、今まで戦ってきた魔王に詠唱していた素振りなどはなかったはずである。
「これが【無詠唱】か、厄介だな」
強烈な剣さばきに、タイムラグなしで強力な魔法を放たれる。バックアップなしで一人で戦うには荷が重すぎる。
「ほほう、余所見とは余裕だな――、【5節魔法:漆黒転移】」
背後から声。
振り向くと、魔王が大剣を振りかざしている。
回避しようと、地を蹴る。しかし、何かが勇者の足に絡みついた。
「先ほどの塵かっ!」
魔王の偽物を形成していた塵が勇者の動きを封じていた。
回避は不可能。受けるしかない。瞬時に状況を判断した勇者は神々しく輝く光の盾を構えた。
光の盾。それは勇者の真の力たる魔を払う伝説の盾。勇者の魔力を注ぎ、完全展開すればあらゆる攻撃から装備者を守る。
しかし、今の状況では展開が間に合わない――。
「【剣技:無慈悲なる一撃】」
不完全に展開された盾に魔王の強烈な一撃が突き刺さる。
――パリィン
耐えきれず盾が砕かれる。
その事実に驚く余裕もなく、防ぎきれなかった衝撃が勇者を襲った。
飛び散る鮮血。一撃で勇者の身体は無残なほどボロボロになった。
圧倒的な存在感に恐怖で身がすくむ。魔王が漂わせる威圧感が重みを増す。
魔王の剣技の追加効果【恐怖】、対象の戦意を喪失させる。状態異常にかかった勇者は、剣を持つ手が震える。
「な、なんの、【体技:不屈の精神】!」
しかし、その恐怖を勇者は精神力で克服した。身体が恐怖から解き放たれる。
「まだだ、まだ動けるぞ!【剣技:光龍一閃】っ!」
すぐに立ち上がり、魔王に突撃する。
全身に光を纏い、剣先を突き出しながら高速で詰め寄る。狙うは相手の左胸。そこに直接魔力をぶち込む。
――キイィィィンッ!
しかし、心臓へ突き出された剣先は、巨大な剣身に防がれる。
その衝撃が腕先から全身に響き、勇者の動きが一瞬鈍る。
だが、この近距離の戦闘の中、一瞬の間をも命取りである。感覚のない腕をふりあげ、さらなる一撃を振るう。
距離を詰めれば、魔王はその大剣を満足に振るうことはできない。魔王の一撃は確かに強力であるが、放たせなければいいのだ。
「フッ――」
決死の覚悟で魔王の懐に飛び込んだ勇者は、魔王の兜から鼻で笑う音が聞こえた。
勇者の足元で、何かが動く気配。
その刹那、勇者のわき腹目掛け、漆黒の刃が迫る――。
「【4節魔法:暗黒の隠し刃】」
防げない。直撃した。
強烈な衝撃に無残にも声も出せず転がる。
鎧で貫通はしなかったが、今の一撃で聖なる鎧は砕け落ちた。
「クッ……」
視界が白黒に点滅する。
身体がいうことを聞かない。
その頭上には大剣をつき下ろそうとする魔王の姿が。
――ガキンッ
不可避と思われた一撃を、勇者は空駆けの靴の推進力で間一髪回避する。
受け身を取る余裕なんてあるはずもなく、瓦礫に頭から突っ込む。
傷口が瓦礫で皿に抉れ、激痛が走る。しかし、その痛みがなければ、むしろ気を失っていたかもしれない。
そこに休む暇もなく、さらに襲い掛かる魔王の大剣が目に入る。
――バンッ
勇者はありったけの魔力を足部に回し、上空へと退避した。爆風で魔王城は砂埃が舞う。
魔王は飛行能力を持っていない。今のうちに体勢を立て直さなければ。
滞空し、つかの間の小休止。息を整える。先ほどまでの無理な剣技や魔力行使の連続発動により、全身が悲鳴を上げていた。
「しかし、な、なんなんだ――、あいつは?」
勇者は困惑した。今目の前にいる相手は、今まで戦ってきた魔族とは“格が違い”過ぎる。
勇者はたったの数分で窮地に立たされた。確かに勇者は万全な状態ではなかった。しかし、勝算を見いだせないほど瀕してもいなかった。
聖剣から放たれる光線、勇者の真の力たる魔を払う光の盾、犠牲となった仲間が最後に託してくれた魔力、空を駆ける靴といった奇跡の力の数々。窮地を打開し、強大な魔族をも滅してきた力である。それなのに魔王はまったく、翻弄されなかった。
「本当に余所見が好きなんだな――」
砂煙の中、魔王が飛んできた。魔王の背中に羽根ははない。ただ文字通りただ力任せに飛んで。驚くべき身体能力である。ご丁寧に大剣を地面に置いてまでいた。
安堵していた不意を突かれた為、勇者は反応が遅れた。
魔王は両手で組んだ拳を振り下ろす。
――ズゴッォォーン
全身が飛び散るかというほどの衝撃。瞬間的に距離を詰められ、勇者はなすすべもなく地に落とされた。
【読了後に関して】
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