<黒と白の邂逅①>
この世界では人類軍と魔王軍の長きにわたる争いが続いていた。
世界の果てに佇む魔王軍の根城。大陸の中心にある王都へと侵略を繰り返しており、常に前線では小さな争いが起こっていた。
国王は聖剣に選ばれた者を勇者として、魔王討伐のために旅立たせた。
その勇者の持つ聖剣の力は筆舌に尽くしがたく、怒涛の快進撃を見せながら、王都から南へと順調に旅していた。いくつもの村々を救い、魔物に襲われている人々を助け、仲間を増やしていく。
幾つもの死線を共に乗り越えてきた勇者とその仲間たちの絆。その力は強固で強力で、順調に魔王城まで進んでいた。勇者を含め、誰もが自分たちが魔王を倒すのだと信じて疑っていなかった。その自信に見合うだけの実力を有していたが故に。
黒い霧に覆われた海を越え、一向は魔王城に辿り着いた。
魔王の側近や、危険な魔獣、複雑な仕掛け。何度も絶体絶命のピンチまで追いつめられるも、勇者の柔軟な機転や、仲間たちの力、かけがえのない友の犠牲などにより、どうにか勇者一人だけは最深部、魔王の玉座まで辿り着くことができた。
「ここが、魔王城の最深部――」
たった一人、たどり着いた勇者は玉座の間を見渡す。答えてくれる仲間はすでにいない。
玉座の間は広く、閑散としていた。玉座の間の先は遠く、薄暗い城内にうっすらと黒い靄が立ち込めている。
壁にかけてある松明の光をたよりにしても、魔王の姿をはっきりと捉えることができないでいた。
勇者は聖剣を構えたまま、ゆっくりと進み、魔王の影に口を開く。
「お前が魔王か」
「いかにも。私がこの城の主、魔王だ」
影が勇者の問いかけに答えた。静かな返答。しかし、冷たく地の底から響いてくるような声。圧倒的な威圧感。勇者は身体の真から震えた。
「――っ!」
勇者はその震えを追い出すかのように歩みを進め、聖剣を掲げる。
放たれる光。その光がまとわりつくような靄を払う。そしてついに魔王の全貌が露わになった。
漆黒の鎧、夜色のマント、顔を覆う禍禍しい兜。闇が形を持ったかのような黒色であった。
兜の隙間から見える血のように赤く冷たい瞳が、佇む闇の中に不気味なほど光っていた。魔族の象徴たる二本の角と尻尾。
目の前にして初めて伝わる相手の強大な魔力とその存在感。勇者は思わず息を飲んでしまった。
「そう言うお前が、私の配下を倒しまわっているという、噂の勇者か」
「――ああ、そうだ。お前の仲間は全部倒した。残るはお前だけだ、覚悟しろ」
しかし、口調ほどの余裕は勇者にはない。
勇者はすでに満身創痍であった。勇者が身に着けている白銀の鎧は、本来であればこの魔の漂う暗闇の中でも輝きを失わない強い神聖の加護を受けている。しかしおびただしい量の返り血や、魔族の猛攻により傷つき、その加護が弱まり、本来の神々しい輝きを失っていた。
その傷がここまでくる過程での勇者の死闘を物語っている。そんな勇者を見て魔王は静かに笑った。
「フフフ」
「な、なにがおかしい」
「わからぬか? ここに来るまでに、ずいぶんと薄汚れた姿になっているのではないか。それなのに今、お前は私に勝てると思い込んでいる。それが滑稽で仕方がないのだ」
「お前、俺を馬鹿にしているのか」
勇者が聖剣を強く握る。
それに呼応して、剣の輝きが一層増し、勇者と魔王の周囲の闇を払う。魔王は聖剣の光に照らされ、一瞬驚きの表情を浮かべた。聖剣の光に照らされた勇者の目は力強く、身体から発する気力は、まさに十全と呼ぶにふさわしい。魔王は勇者の認識を改めた、のだが。
「ほう。それが噂に聞く聖剣、エクスカリバーか。確かに良い輝きをしている。いや、この城をここまで破壊し、配下をことごとく倒されたのはお前が初めてだ。その点は評価している。だが、それでも足りないのだよ。私を倒すには、な――」
「な、なんだとっ――」
数え切れないほどの死闘、激戦を乗り越えて、勇者の持つ聖剣だけは、一切の刃こぼれもなく、その輝きを失っていなかった。
光によって魔の霧が払われ、城内も露わになった。柱には亀裂が走っており、戦いの余波で壁や天井は所々が崩れ、その瓦礫が玉座の間にいくつも転がっていた。地響きのような振動が断続的に足元から響く。城は崩落し始めており、このままではこの城も長くはもたないだろう。
それなのに魔王は平然としていた。魔王を守る仲間もおらず、追い詰められているというのに、勇者の前に立つ魔王は、悠然と玉座に座り続けていた。
「御託はいい。そんな事、やってみないとわからないじゃないか。立て、魔王。これでお前の野望は終わりだ。人類と魔王の争いに、終止符を打ってやる」
「良いだろう、勇者よ。その聖剣で私をどこまで楽しませてくれるかな?」
「行くぞ、エクスカリバー。俺に力を貸してくれ!」
呼びかけに応えたかのように聖剣が輝き、勇者は聖剣を振りかざしながら駆けた。勇者の声に立ち上がった魔王は、兜の下にどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら大剣を掴んだ。
世界の命運をかけた最後の戦いが始まった。
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