<最強魔王の憂鬱⑤>
「な、なんでわざわざ接吻なのだ」
「【悪意の反転】を限定的に解除させるのに、おぬしの魔力抵抗値が高すぎるのじゃ。魔力の伝達は対象と密接に接触、特に粘膜で接所していると効率が良いというのは常識じゃろ?」
たしかに術の施行時に対象者が離れていると魔法の効果が薄く、魔法のかかりやすさや成功率に影響をする。
「そ、それは知っているが。術者とは、お前だろ?」
「いかにも。それがどうした。わしも正直魔王の外見は知らされていなかったのでな、おぬしのような人型で良かった。スケルトンや異形の種族だったら、接吻するのも難しいのだか、おぬしは抵抗が少なくて楽じゃ。そんな、たかが接吻ぞよ? そんなことにドギマギしているなんて……。ふふふ、――――おぬしもしや童貞かの?」
「……いや、お前が良ければよいのだ」
抵抗を感じているのは魔王だけのようだ。そんな魔王の様子に、幼女は気を取り直したのか、踊るようにワンピースをひらりと回せ、くるくると体を回転させた。
「では、他に疑問がなければ早速契約を始めようぞ」
「も、もう始められるのか?」
「ん? 契約は、先ほどのスクロールに血印を押して、接吻して魔力を直接注入するだけじゃ」
「……、女が恥ずかしげもなく接吻、接吻と連呼するな……」
なにやら表現が酷い。
契約を前に心なしか緊張気味の魔王に対し、平然としている幼女。
「まずは、場所を移そうかの。ここで人の姿になっては、見つかったらまずい。おぬしの部屋とか、人があまり来ない場所はないか?先ほどのように、死ぬほど痛い目にあうのも嫌じゃしな」
幼女は先ほどの鬼人の一撃が忘れられないのか、やけに人の目を気にしていた。たしかに、この玉座の間は解放感に溢れすぎ、遮るものがほとんどない。これから人の姿になるのだから、誰にも見られない方がいい。
「私の部屋は……、その条件に当てはまらない。別の場所のほうが良い。人があまり来なければ、どこでもよいのだな?」
「そうじゃのう、転移魔法の起点を作りたいからの、一定の広さがあると文句はないのじゃが」
一人だけ、なぜか困惑している魔王をよそに、幼女は淡々と場所を選んでいた。
「――――では、私の倉庫に行こう。そこなら、私以外の立ち入りはないし、床に魔法陣も書けるだろう」
魔王は転移魔法発動させ、倉庫へと移動した。
転移が終わると、倉庫の中心部にいた。この中にはいくつもの棚が奥まで並べられており、今まで魔王が集めてきた財宝や武器、防具が飾られていた。そして倉庫の最奥部には、何も置かれていない場所があり、ここが幼女の言う条件に適している場所であった。
「ほほう、ここなら十分じゃ。では、ここでおっぱじめるとしようぞ」
周囲を確認した後、幼女はそう言うと、再び純白の翼を生やし天使の姿になった。幼女の純白の翼によって、薄暗かった倉庫が白く照らされた。
そして幼女は魔王のもとに駆け寄り、二人は近距離で相対した。こうして相反する属性の持ち主が、同じ空間でこんな近距離に、そして逆の反応をしているというという真に奇妙な状況であった。
「では、始めるぞい。魔王よ、そこに膝をつくのじゃ。――契約:開始」
幼女は、魔王をしゃがませ詠唱を始める。
魔王と幼女は抱き合うかのように密着をしていた。幼女が詠唱している吐息すら、肌で感じるほどの近さ。思わず魔王は息を呑む。
『汝、我ここに願う、我、ここに汝に誓う――』
幼女が詠唱を始めると、周囲に光の円陣が出現した。その光の揺らめきはまるで風を起こしているかのように、魔王や幼女の服や髪をふわりと舞いあげた。
『汝の力は我のもの、我の力は汝のもの――』
一節唱え終わるごとに光の陣は輝きを増し、円陣の外周には見たことのない文字が刻まれていく。おそらく、これが魂に刻まれる誓約であろうことがすぐにわかった。
『ここに我らの魂を繋ぎ、共に運命を天秤に掛けよう――』
幼女は目を閉じて詠唱している。魔王はただ幼女が詠唱しているのを間近で見ているだけである。こうして近くで見ると、幼女のまつ毛がとても長いのだなと、他人事のように魔王は思った。
『汝の罪を我は許す、故に汝は我が罪を許せ――』
いつの間にか円陣には、膨大な魔力が渦巻いていた。制御している幼女の額には玉粒ほどの汗がいくつも浮かんでいる。華奢な見ためからは想像できないほどの魔力量。それを制御しているのだ、先ほどは侮ってはいたが、この幼女ただものではない。
『さすれば、我の祝福をもって、汝が前にある望みを掴ませよう――』
光は荒れた海の中のように唸り、二人の髪や服は暴れるように舞う。真昼の屋外のように二人を中心に周囲を照らす。
幼女の言葉が止まり、光の渦が最高潮に達したとき、幼女は息を吸いこんだ。
そして、――叫ぶ。
『杯は満たされた、今ここに契約を成す、【変質の共有】
その言葉と同時に、暴力的なほどの光が生まれる。魔王は眩しさに目を閉じた。閉じた視界の中、魔王の唇に何か柔らかいものが当てられたのがわかった。
「っ――!」
それは幼女の接吻。
魔王の唇は幼女の唇によってふさがれている。反射的に目を開けてしまったが、まぶしさに耐えきれずまた目を閉じる。
すると幼女の唇から己のものとは違った魔力が流れてきた。その魔力は、血流の様に魔王身体の隅々までいきわたり、浸透していった。魔王の身体の奥から暖かなぬくもりがこみ上げていく。
「儀式終了じゃ……」
光が収まり、視界に色が取り戻されていく。焦点が合うと、天使が文字通り目の前にいた。目が合うと名残惜しそうに微笑み、ゆっくりと唇を離した。
こうして契約が完了した。
「……」
「……」
薄暗さを取り戻した倉庫内。天使の純白の翼と、金色のリングだけが光源となり、二人の顔を照らしていた。二人は沈黙し向き合ったまま。魔王から見える幼女の表情は、どこか悲しそうであった。
「【変質の共有】」
魔王が何も言えずにいると、沈黙を天使の呪文が破った。短く詠唱すると再び幼女の身体が光りだした。天使の姿から、人の姿に戻るのだろうか。
しかし今度はなぜか魔王の身体も同じように輝き始めた。驚きに目を見張る。その光はまるで誰かに包まれているような、暖かな感覚。不思議と不快や恐怖は感じなかった。
「おおっ! こ、これは……、身体が……」
「これが、おぬしが交わした契約、【変質の共有】じゃ。おぬしはわしと、変化を共有するのじゃ」
「変化、を?」
「わしの天使の姿から人の姿への変化と、おぬしが魔族の姿から人の姿への変化をな」
天使の姿から、ゆっくりと人間の姿へと戻っていっていく。すると、それを追うようにして、自分の身体に変化が起こった。爪の生えた太い手足は、白く細い人間の腕に。頭部に生えた二本の角や尻尾は光に溶けて消えた。身長も少し縮んだのか、幼女との目線の差が少なくなっていった。
今まで当たり前にあった部分の喪失。徐々に自分の体が書き換えられていくのがわかる。その変化に痛みはない。
指を動かすと細い指先が動く。今までの自分の身体より華奢でとても脆そうな手足は、今までの自分の身体と同じように動くがその力加減に違和感を覚えた。
「――――」
己の身体が書き換えられていくのを他人事のように感じながら、魔王は意識が遠のいていった。
そして、その瞳をまどろむように閉じる。意識が暖かな眠りの底に沈んだ。
【読了後に関して】
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