<最強魔王の憂鬱④>
サンティモがいなくなり落ち着いたのか、ようやく幼女の嗚咽が収まった。あれだけの大泣きの後なので、目を真っ赤に腫らしてはいる。どこかバツの悪そうにしながら話しだす。
「――それよりもおぬし。本当に良いのか?」
「なにがだ?」
「先ほどの超怖い鬼人に、留守にすると言っておったが、それはつまりわしの提案に乗るということだろ? わしはお主を殺そうとしたのだぞ?」
幼女は魔王の突然の了承に戸惑っていた。
それも当然だ。今の今まで魔王はそんな言葉を一言もいっていなかったからである。それにたった今、幼女は魔王を殺そうとしていたのだ。未遂に終わったとはいえ、その殺そうとしていた人物からの提案など、普通なら良しとはしない。
しかし、そんな幼女の疑問をよそに魔王は平然と答えた。
「これから自分を倒す勇者を育てようとしているんだ。幼女に殺されかけようが、今さらそんなこと気にしてはいない。それに先ほどの会話でわかったのだ」
魔王は初めて己が願望を語る。
「――やはり私は戦いたい。己の持ちうる力すべてを出しきって。これから育てる勇者がたとえ私より弱く打ち負かしてしまったとしても、たとえ私より強くこの身を滅しようとも、その過程で本気でまみえることができたのであれば、私が、この世界が滅びようとも構わん。それでも良いなら、力になろう、幼女よ」
あくまでも己の欲求のために、勇者を育てるとこの魔王は語る。自分の命や世界の命運など天秤にもかけずに。己の欲望に忠実に、戦いの喜びを得られる可能性の方へと。
幼女は思った。やはりこの者はズレていると。世界と自分の命という究極の二者択一を求められているのだ、それなのになぜこんなにも落ち着いていられる? なぜこんなにも他人のことのように淡々と話せるのだろうか? 冷静、いや諦めに近い、そんな感情。この魔王には圧倒的に感情の熱量が不足していた。
「そうか。どちらにしてもおぬしが協力してくれるのであれば良い」
しかし幼女は口に出すことはしなかった。協力してくれるといっているのだ、それに水を差すつもりはない。
「それで、先ほどの問いに戻りたい。私が人間になると言ったな? それはいったいどうやってするのだ?私は魔力抵抗が高いので、他人からの魔法は効果がないぞ?」
魔王にとって、魔族の王である自分が人間になるということが、にわかに信じられない。いくら魔人族で人の形に近いとはいえ、この角や爪、尻尾は誤魔化しようがない。
勇者の戦いでもそうだが、魔王は他者からの魔法に対して、異常と言えるほどの抵抗力を持っている。自分はその能力を盾に特攻していたにすぎない。
「知っておる。それはただの魔力抵抗スキルではない。その正体は、【悪意の反転:EX】によるものだ。」
「【悪意の反転】だと、そんな能力知らないぞ?」
魔王は自分のことであるにもかかわらず、そのスキルは初耳であった。
「それは、他者が己に対し、体力・ステータスに悪影響を及ぼす魔術を使った場合、その効果を限りなく減少・反転させるという、なんともチートな能力じゃ。魔力抵抗に近いが、減少だけではなく反転というのが破格の能力じゃ。おぬしの魔力抵抗だけなら、相手もごり押しで削れるが、状態異常や能力減少を反転させられるとなると、そううまくはいかないじゃろう。故に、おぬしに人になってもらうには、まずはこのスキルをどうにかしなければいけない」
そう言うと、幼女は短く詠唱し、再びスクロールを出現させる。今度のスクロールは先ほどのより、そこはかとなくボロく、あまり高価そうではなかった。
「そんな目で見るな。わしも金がないのだ。先ほどのは神の伝言じゃから、最高級の羊皮紙を使っている。わしは末端の天使じゃぞ、比べるでない! これでも数百年の歴史のある高ランクのアイテムなんじゃぞ」
「――別に何も言っていないだろう」
幼女は、魔王がまだ何も言ってもいないのに、自分から言いだす。気にしているのだろうか。
「――ではまず、わしと契約してもらう。契約内容は、“両者の同意のもと”で【存在変異】の魔法を、わし限定で“共有”するというものだ。これがその契約のスクロールだ。確認して、血印を押してくれ」
「【存在変異】?」
「わしのこの人の姿への変化じゃ」
幼女はスクロールを魔王に渡す。中には正式な誓約書。それも魔術的に補助され、対象の魂に誓約を刻むという、古典的だが強力なものである。
「おぬしの能力にも必ず盲点はある。おぬしの効果範囲は“悪意”に限定されている。なので、そこを“同意”のもと、魔法を共有すれば、その効果を出現できると考えたわけじゃ」
幼女は胸を張って説明するが、真剣にスクロールを読んでいる魔王の耳には入っていない。褒められるとばかし思っていた幼女は、悲しそうに肩をすくめる。
誓約書を読みふけていた魔王は、気になる一文を見つけ、思わず血が騒いだ。
「人間の姿になると、現在の能力が制限されると書いてあるが?」
「人間の姿で今のおぬしの魔力や筋力を行使されてしまったら、変化する人の身が持たない。故に、一時的に出力を制限させてもらう。まあ、限定的に解除することもできるがな」
「そうか、なら良い」
幼女は答えるもその反応に違和感を思える。
「なぜ、そう喜ぶ?」
「私は喜んでいたか?」
魔王の予想外の反応に不審がる天使。それもそうだ、これからの旅路に、能力が制限されながら行わなければいけないなど、ペナルティ以外の何物でもない。
「いや、単純に自分が弱くなれば、今まで圧勝だった相手ともまともに戦えるのではないか? と思っただけだ」
「なっ…」
幼女は声を失う。この者は王ではない。ただの狂戦者である。なんと破綻した理論。そこまでして戦いたいのか。
「当然だが、能力が制限されるということは、おぬし致命傷を負えば普通に死ぬぞ?」
「おい、その時に私が倒されたら、それは魔王討伐に入るのか?」
「いや、それはない。あくまでも、魔王という存在の討伐であって、人間になったおぬしは、一人のただの人間である。死んでも魔王討伐には入らないが――」
そう、もったい付けていう幼女に、魔王はスクロールから目を離して幼女を見る。
「人間の時のおぬしが死んでも、魔王は討伐されていないと神は判断するため、大洪水はそのまま起こる」
「なっ? なんて、理不尽な」
「まあ、細かいことはいいではないか。で、他に気になることはないか?」
その言葉に魔王は驚き文句を言うが相手にされなかった。
「じゃあ、この、最後に書かれている注意事項の、『魔法の共有の際は、術者と対象者は密接な接触をしていないと効果は発揮しない』って、書いてあるが、これはどういうことだ?」
密接な接触。契約の時に身体を密着させるのだろうか? 傍から見たら完全に変態である。
「ああ、それは簡単じゃ。おぬしが人の姿になるときや、元に戻るときは、密接な粘膜接触、つまり、わしと接吻するのじゃ」
「接吻!」
それ以上であった。
「そうじゃ。わかりやすく言うと、ちゅー、じゃな」
そう言って、幼女は唇をすぼめて魔王のほうに向けてきたが、どこからどう見ても異質であった。
【読了後に関して】
感想・ご意見・ご指摘により作者は成長するものだと、私個人は考えております。
もし気に入っていただけたのであれば、「気に入ったシーン」や「会話」、「展開」などを教えてください。「こんな話が見たい」というご意見も大歓迎です。
また、なにかご指摘がございましたら、「誤字脱字」や「文法」、「言葉遣い」、「違和感」など、些細なことでも良いのでご報告ください。
修正・次回創作時に反映させていただきます。
今後ともよろしくお願いします。
と、お堅くまとまっていますが、ただ感想がほしいだけです。感想ください、お願いいたします(ノ_<。)