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淡青色

「古井戸くんってどこから来たの?櫻宮小だっけ、聞いたことない名前だけど」

「んーと、北海道なんだ」

「北海道!? すっごーい!! 北海道ってすっごく遠いよね!雪がたくさん降るんでしょう?行ってみたいなー」

 昼休みに転校生が囲まれるのは宿命なのだろうか。誰だかもう覚えていない顔が多い。過去の転校初日の僕はどう乗り切ったのか、正直静かなところで考えたいのが本音だ。タイムリープ。おかしなことになったもんだ。戻れる手段はあるのだろうか。原因がさっぱりわからない以上、今のところは難しいだろう。

「なぁ古井戸、お前頭いいのか?なんかさっき訳わかんねーこと言ってたし」

「い、いや。僕はノートに書いてただけで前の学校で教えてもらったことがあるだけだよ」

 頭がいいのか。ひどく抽象的な質問だ。いったい何と比較してだろうか。まぁ言わんとしてることはわかるが。

「野球好きか?俺チーム入ってるからさ、なんかあったら俺に言えよ!」

 たしかこの地区にあるリトルリーグは弱小で、紹介すると何がしかの報奨があった気がする。こんな最初からすでに布石を打っていたのは驚きだ。子供とはいえあなどれないかもしれない。

 ……しかし、もうそろそろ面倒になってきた。この辺で手を打つとしよう。

「そうだ! 僕、職員室に用があったんだった。ごめん。ちょっと行ってくるよ」

 よし、自然に席を立つことが出来た。しかも職員室に進んでついてくる奴はいないだろう。ここでトイレというワードをチョイスしていたら連れションイベントが発生してしまうこと請け合いだ。

「そう、それじゃ私も行こうかしら。まだ案内が必要でしょ?ついでに済ませておきたいこともあるし」

 桐生アリス。やはり君か。しっかりと逃げ道を塞いで会話をしてくるあたりが実にらしい(・・・)。

「うん。ありがとう」

 僕に残された返答はそれしか残されていなかった。その言葉を聞いたアリスは集まっていたクラスメイトを気にもせず、一直線にドアへと向かう。道を空けるのが当然で自分がよけて遠回りをするという概念がないのだろう。僕はその背中を黙って追った。どうしたもんか、職員室に用事なんてない。着くまでに考えないと。

「本当に職員室に用事なんてあるの?」

 それは少し歩いて、人気が少なくなった階段の踊り場でふいに発せられた言葉だった。僕は彼女の顔を見上げることしか出来ない。

「転校初日の昼休みがああいう状態になるくらい誰だってわかることよ。そんな中呼びつける先生はいないし、本当に用事があったとしても、その用事は優先順位としては弱いはず。でもあなたはあえて今動いた。優先すべきことがあった。それは多分、職員室への用事なんかじゃない」

「……驚いた」

「そう、顔に書いてある」

「本当は一人になりたかったんだ。ちょっと考え事がしたくて」

「それならいい場所がある。……というより始めからそこに向かってる」

 言ってアリスは階段を上る。

「え?」

 言われて気が付いた。本当に職員室には向かっていない。職員室は1階だ。それには階段を降りる必要がある。それなのに僕はアリスの顔を見上げている。彼女は階段を上っているのだ。

「……どこに?」

「つけばわかる」

「そりゃそうだ」

 なんとなくわかった。こんなとき向かう場所はひとつしかない。


 誰かが言ってた。海と雲がまざりあって空はこんなにきれいな色になったんだ。目の前に広がるのは淡青色の空。春の風が心地よい。

「屋上だね」

「少し前までは昼休みになると賑わっていたんだけど、近くの高校で飛び降り自殺があって、今じゃどこの学校でも屋上は封鎖されちゃった」

「でも入れているよ」

 風がアリスの頬を撫で、一房の髪を持ち上げる。ふわりと女の匂いがした。

「不思議ね」

 その答えを僕は知っている。彼女は鍵を持っているのだ。理由も知っていたはずだが何故だかそれは頭からすっぽりと抜け落ちてしまっているようで思い出すことはできない。

「さて、私は本でも読んでるから」

 そう言ってアリスは丁度、昇降口で日陰になっているコンクリートの段差に腰かけた。取り残された僕は、しばらく彼女を見つめていた。

「……考え事、したいんじゃないの」

「そうだった」

「それじゃあ、どうぞ」

「懐かしいな、ここ」

 アリスは特に答えない。これが独白だと察したのだろう。本当に頭が良い。この場合は大多数の人間と比べてという意味。

「もう二度と来ないと思ってた」

 僕は少し錆びたフェンスを掴み、アリスは本の活字をひたすらに追っている。聞こえていないだけかもしれない。

「これが理由・・なのかな」

 アリスを助けること。その為に僕は戻って来たのだろうか。アリスが死ぬのはここから10年も後のことだ。幸せな時間を巻き戻してまでアリスを助けたいと思ったことがあっただろうか。バカバカしい。理由なんかないんだろう。何かを解決するために時を戻るのはヒーローだけだ。少なくとも僕はヒーローじゃない。


「やっぱり、ジュン。あなた戻って来てしまったのね」


 気が付くとアリスはすぐ後ろに立っていた。

「え?」

「タイムリープ」

 その表情はどこか寂しげでなんだか泣いてしまいそうで、

「いったいいつから来たの?10年後?私が死んでしまった後かしら」

 とても美しい。

「……20年。くらいかな」

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