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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お前のために誰が生きてやるものか 罪を重ねた王様

作者: ぽちゃこ

 ああ、本当につまらない

 お前もそう思うだろう、フェルナンデス


 貴族の女ときたら、目の色を変えて、私にまとわりついてくる。いくら振り払おうとも、後から後から湧いてくる。


 王というだけで、私自身を見ない女などいらん。


 フェルナンデス、そうだ、お前を使って王妃を探そうではないか。


 人通りのある場所で、お前を痛め付ける貴族の連中に立ち向かう、そんな人間いるわけがないだろうがな。


 よし、さあ、フェルナンデス、楽しい楽しい演劇の始まりだ。












 やはりな。お前たちは怖いのだろう?


 一方的にやられている男が、王たる私の一番の友と知りながら、見て見ぬふりをして、知らん顔で通り過ぎる。


 立ち向かう勇気もない、自分さえよければそれでいい、そんな偽善者しかこの国には居ないのだな。



「王様、イーストウッド男爵の馬車が、例の場所へ向かっております」


「そうか、さて、田舎貴族はどうするのか、みせてもらおうか」



 茶番劇を演じている場所の近くの建物の二階で、こっそりとその場を伺うのは、事の発端である王と、その側近達で。


 通り過ぎる人々を監視し、王のお眼鏡にかなう人間を見つけようという魂胆だ。


 王都を走るにはみすぼらしい馬車が、こちらに向かっているらしい。


 ルシウスは意地の悪い笑みを浮かべ、頬杖をついて窓の外を見下ろした。


 馬車が通り過ぎる。フンと鼻で笑い目線を外したが、側近の一人がアッと声をあげた。



 「助けに入った、だと?」



 ルシウスは、思わず身を乗り出した。そこには、一人の少女が馬車から飛び出して、茶番劇に立ち向かう姿が見えた。



『キャァァァァァァ』



 絹を裂くような悲鳴が何とも心地よい。


 田舎貴族の娘だが、まあいい、私を楽しませてみろ。














 用意していた馬に跨がり、颯爽と駆け出す。


 手筈通りに動く奴等に指示を出した後、大きな声で叫ぶ。



「何をやっている! 貴様ら、それでも王に仕えし貴族の子息か!」



 女が安心したように、私を見つめる。


 垢抜けない、至って普通の女か。まあ、けばけばしくないだけ。ましか。


 女が瞬きすると、涙が落ちる。その姿に何とも言えない快感が芽生え、近くで見たくて馬から降りて、女に近づく。


 近づくと、それなりに整った顔をしており、潤んだ眼や、軽く色づいた頬を見れば、まあ、悪くはなかった。


 震えているのか、仕方ない、私のマントでも貸してやろう。


 マントを手にして近づくと、彼女の表情が間近で伺えて、何とも言えなかった。


 もっと色々な表情をさせてみたい。初めてそう思った瞬間だった。



 女など、甘い顔で微笑めば簡単に堕ちる。


 大袈裟に感謝しながら、表情を作って女を見つめれば、頬を染めるものの、今までの女のようにはいかなかった。


 面白い、たかが田舎貴族の娘なのだが興味がそそられた。



「あの者はな、私の唯一無二の親友であり臣下でもあるのだが、妾腹の生まれが高く取り立てられているのを、貴族の子息らは気に食わないのだよ。都の人間も、貴族の争いには手を出して来なくてな。こうして、そなたのように優しい姫が助けてくれたのは、本当に嬉しかったのだよ」


「あ、や、そんな、ただ......私は、たまたま見かけただけで、助けるなんてそんな......私が助けて頂きましたから」


「謙遜をするな、まあいい、そなたは名前はなんと言う?」


「アイリーンと、申します」


「アイリーン、か、そうか、すまなかった」



 嘘と真実を混ぜて話ながら、女の名前をチェックする。


 表面上は紳士的に装いつつ、ようやく駆けつけた側仕えにアイリーンを優しく渡し、側仕えに囁く。



「アイリーンを気に入った、沙汰を待て」



 側仕えの顔色が曇るが、小さく頷き、アイリーンを抱き抱えて馬車へ戻っていった。


 馬車が走り去り、その場には倒れたままのフェルナンデスと、私だけになる。



「いつまで寝ている気だ、フェルナンデス、さっさとアイリーンのことを調べろ」


「はいはい、ルシウス閣下殿、仰せのままに」



 フェルナンデスが立ち上がり、優雅に一礼してみせる。からかうような口調に眉を潜めるが、そのままくるりと優雅に回ると、どこからか現れた馬車に颯爽と乗り込み、姿を消した。















 王宮に帰り政務をこなす傍ら、フェルナンデスの帰りを待つ。


 トントンと書類を左の人差し指で叩きながら、羽ペンでさらさらと自身の名を記入し、次の書類を取る。


 書類がなくなり、背もたれに寄りかかり溜め息を吐く。無能な役人のせいで、こうも書類を増やされては困るな。


 すっかり冷えてしまった紅茶を飲み干したタイミングで、ドアがノックされ、待っていたフェルナンデスが返事を待たずに中に入り、厚い書類を恭しく差し出してきた。



「ルシウス閣下、お望みのものです」



 この短時間でよくもまあここまで調べたものだ、と感心しながら、読み進めていく。


 アイリーンについての人となりだけではなく、彼女の友人関係や、婚約者についても語られていた。



「ユリウス、か。そういえば今日の任命式で騎士になった男か」



 幼い頃からの婚約者で、この度の騎士の任命式の後に結婚の予定がある、か。


 一人の男だけをひたむきに愛する、なんだか気に入らないな。



「アイリーンを私の妃にしてやろう、ははは、引き離して、私だけを愛するようにしてやろう」


「お人が悪いですね、閣下。二人の仲を引き裂くような無粋な真似は止めましょうよ」


「私は王だ。王が妃にと望めば、貴族の間の婚約など無いにも等しい。それにな、アイリーンの泣き顔がもっと見たいのだ。苦痛に歪ませてやりたい。」


「歪んでいますね、では、そのように取り計らいますよ?ったく、男爵家の娘を王妃に据えるなんて、大丈夫なんですか?」


「貴族の娘だ、問題はあるまい? 下手に公爵や侯爵の娘を貰ってみろ、外戚が権力を握って面倒なだけだ。田舎貴族の娘を見初めて、王妃にと願い結婚するなど、なかなかどうして良い美談ではないか」



 フェルナンデスは、苦笑いを浮かべてそのまま退席した。


 まあ、いい。この国は私のものだ。私の好きにして何が悪い。



 居なくなったフェルナンデスの代わりに、大臣たちを呼び出して、王としての権力を振りかざし、アイリーンを迎え入れる準備を早急に進めさせる。


 勿論、イーストウッド男爵家にも使いを送り込み、下手に動かないように釘を刺すことも忘れてはいない。


 愛し合っているから何だと言うのだ、王の望みを叶えるために、お前たち貴族がいるのだから。



「さて、我が妃となるアイリーンの屋敷にいこうか」



 絶望に歪む顔が早くみたいものだ。




 屋敷は田舎貴族らしくこじんまりとしていたが、センスはまあまあ悪くない。


 落ち着いた雰囲気で、居心地は良さそうだ。



「アイリーン様は、まだお休みでして、そのぅ...」


「あぁ、真夜中に押し掛けたのだ、寝ているのも知っている。起きたらそのまま王宮へ迎え入れることにした、このまま待たせてもらおう」



 応接室に通されたが、顔色の悪い執事が縮こまって私の前に立つ。


 流石の私であっても、屋敷に来て早々、疲れて寝ているアイリーンを起こしてまで王宮へは連れてはいかないさ。


 まあ、目を覚ましたら最後、なのだがな。



 









 アイリーンが目を覚ました、との報告を受け、私はアイリーンの部屋へ向かう。


 躊躇することなく部屋の中に入り、部屋の主であるアイリーンがやって来るのを今か今かと待ち構える。


 パタパタパタと、廊下を走る音が聴こえ、ドアが乱暴に開けられた。


 今にも泣きそうな顔が何とも愛らしいアイリーンは、ハッと私の姿を見咎めると、眉を潜めて尋ねてきた。



「ど、どうして貴方がここにいるの? ここは、私の部屋よ?」



 困惑した顔もまた愛らしい。眉が下がり、口がへの字に曲がっている。


 私はその疑問に応える訳もなく、ただ微笑んで、アイリーンを見つめた。


 アイリーンはそんな私が気味悪く思えたのか、はしたなくも大きな声を上げていた。



「メルサ、メルサ、来てちょうだい!」


「怖がらなくても良いのだよ、アイリーン。君は私の妃になるのだから」


「嫌よ、私には既に婚約者がいるわ、質の悪い冗談はやめてください!」



 私は微笑みを絶やさずに、アイリーンをただ見つめる。


 くるくるとめまぐるしく変わる表情を見逃したくなかったのと、単純にアイリーンを怖がらせたかったからだ。


 そんな私の希望通りに、アイリーンは恐怖にかられて、部屋から飛び出そうと弱々しく走ってドアに向かおうとする。


 だが、そんな無駄な抵抗を見逃がすわけもなく、逃げるアイリーンの腕を掴み、そのままぎゅっと抱き締めた。


 小さい身体がすっぽりと包み込まれたが、抵抗をして抜け出そうともがいている。


 だが、強く抱き締めてやれば、そんな抵抗なんて無いにも等しかった。



「アイリーン、子爵の二男より、王である私の妻になった方が身のためだ。あんなつまらぬ男より、私を選べ」


「いやっ、いやぁぁ、ユリウスっ、ユリウス助けてぇ」


「そのユリウスは、憧れの騎士に任命されたようだが、私の一言でどうにでもなることを忘れるな」



 耳元で囁く。


 アイリーンは身を捩って逃げていたが、ユリウスの名を出して脅してやれば、無駄な抵抗を止めて大人しくなり、私の腕の中で小さく震えていた。


 その姿に満足し、アイリーンを抱き抱えると、待たせていた馬車へと向かう。


 アイリーンを連れ去ろうとする私に、屋敷の召し使い達はなすすべもなく、呆然と見送っていた。




















 アイリーンを王妃として迎え入れ、王宮の奥深くに縛り付ける。


 愛した男以外に、愛を囁かれ、身体を好きなようにされるアイリーンは、本当にかわいかった。


 ユリウスのために、と、必死で我慢して、耐える姿は愉悦を感じる。


 愛し合う二人を無理矢理引き裂いた事と、身分の低い男爵家の娘を王妃に据えた事で、連日のようにやいのやいのと貴族連中から突き上げられているが、そんなことなど気にならなくなるくらい、アイリーンは楽しませてくれた。


 好きでもない男に愛を囁かれた挙げ句、私から返答を問う時の、アイリーンの歪んだ笑顔と、無理矢理吐き出した、愛しています王様、の一言は、一番楽しいやり取りだ。


 だが、もっともっと苦痛に満ちた表情を見たいのだ、アイリーン。



「そうだ、フェルナンデス、王宮の警備を一時的に緩めて、ユリウスにアイリーンを誘拐させ、王妃を誘拐した罪でユリウスを処刑したら、どうだろうか。面白いアイデアだとは思わないか?」


「愛し合う二人の仲を引き裂いただけではなく、今度は物理的に引き裂くのですか? 本当に人が悪いですよ、止めましょうよ、ルシウス閣下」


「私は王だ、私に逆らう気かフェルナンデス?」


「ルシウス閣下の仰せのままに」 



 残酷な提案にフェルナンデスの顔色が曇る。


 親友なのだから、笑って肯定してお膳立てするのが本当だろうに、フェルナンデスめ、アイリーンにほだされたのか?


 眉間に皺がより、フェルナンデスをきつく睨んでしまう。


 そうすると、フェルナンデスは仕方なさそうに肩をすくめ、恭しく礼をした。


 その姿に満足した私は、フェルナンデスにより具体的な指示を出し、実行に移すよう命令した。



















 王宮の警備が緩くなって数日、ユリウスが動いた。


 愛の逃避行とやらを実行に移し、本当に逃げ出したアイリーンとユリウスを遠くから見つめ、込み上げる笑いをどうにか堪える。



「本当に愚かな事だ、私の仕掛けた罠にわざわざ引っ掛かってくれるとはな。フェルナンデス、抜かりはないな?」



 フェルナンデスは、左様です閣下、と頷き側に控えていた騎士達に何やら指示を下す。


 騎士達はすぐさま動き始め、散らばっていった。



「さて、私もメインディッシュを頂くとするか」



 二人が王宮を抜け出そうとしている、最後の塀の方に向かう。


 最高のショーの始まりだ。





 ユリウスと、アイリーンの姿が目にはいる。


 後少しの所で逃げ出した事がバレて、狼狽しているらしい。


 だが無い知恵を振り絞り、身代わりを立てて、逃げ出そうと足掻く姿は滑稽で何とも素晴らしい。



「少しは時間稼ぎになるだろうから、今のうちだ、アイリーン、行くよっ」



 だが、愛の逃避行はここまでだ。



「そうはさせるか、私のアイリーンを返してもらおうか」



 再びアイリーンを抱き上げ、走り出そうとしたユリウスの背中に鋭く声をかける。


 怯えた表情を浮かべたアイリーンと、憎しみの表情で睨み付けるユリウスの顔がこちらを振り向く。



「さあ、アイリーン、こっちへおいで?」


「いやぁっ!ユリウス、ユリウスっ」



 アイリーンだけには蕩けるような甘い甘い笑みを向けて、より一層恐怖を与える。


 1歩、2歩と近づくと、ユリウスがしっかりとアイリーンを抱き抱え直して、バッと身を翻しそのまま逃げようとした。


 が、甘いな、ユリウス。ショーもこれでお仕舞いだ。



 ザシュッ



 剣をユリウスの首筋に切りつけ、素早く喉を掻き切る。


 ああ、しまった浅く切りつけてしまったから、愛する二人に別れの時間を与えてしまった。


 まあいい、クライマックスにはおあつらえ向きのシチュエーションだ。



「アイリーン、怖がらなくても良い。お前を拐う不届者は倒したよ、さあおいで」



 甘く囁き、血まみれのアイリーンに近づく。


 後少しで逃げ出せたのに、最後の瞬間にぶち壊しにされたアイリーンの表情は、絶望と哀しみ、そして私に対する憎悪の感情が見てとれた。



「いやっ、ユリウス、ユリウス死んではいやぁっ!」


「......ア......イ、リーン、僕は君を、あ、い......して......っ」



 アイリーンとユリウスの最期の別れ。


 ああ、お涙ちょうだい、と言わんばかりの終焉だな。


 最後の力を振り絞って、血濡れた手でアイリーンの頬をなで、ユリウスがそのまま動かなくなった。



 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 悲痛な叫び声に酔いしれていると、アイリーンはユリウスの上に倒れて気を失った。


 私は側で隠れている騎士や警備兵達を呼び出して、手早く指示を下した。



「お前はユリウスの、首を切り落とし王宮の門の前にさらせ。ああ、身体の方は犬にでも食わせてやれ。それとアイリーンは私が運ぶ、ここの事後処理をお前がやれ」



 血まみれのアイリーンを抱き、王宮の奥深くにあるアイリーンの鳥籠へ向かう。


 王宮に仕える人間達の息を飲む音、ひそひそとなにかを喋る囁き、そして嫌悪の視線が突き刺さる。


 だが、私が一睨みすると、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 アイリーンを近くの側仕えに託し、綺麗にするように伝えると、そのまま政務室へ向かう。


 フェルナンデスと大臣達、そしてアイリーンの父親である、イーストウッド男爵が中で私を待っていた。



「閣下、指示通りに処理は行いました」


「そうか、ではユリウスの実家であるレワーア子爵の家の処理はどうした?」


「お、おお、王様。不敬を承知で申し上げます、何とぞ、何とぞレワーア子爵家の取り潰しだけはお許しを!私が、私がきちんとレワーア子爵家を見張りますから、どうか寛大なご処置を!」



 アイリーンの父親が土下座をして何度も何度も頭を地面につけて、許しを乞う姿に、どうしたものかと策を巡らす。



「閣下、ここで恩赦を与えておけば、アイリーン様を擁護する声が更に強まり面倒が減ります。また、レワーア子爵に対しても恩を売れます故に、ここはひとつ、寛大な処置を」



 フェルナンデスがそっと耳打ちをしてきた。


 特に反論も無いため、土下座を続けるイーストウッド男爵に声をかける。



「イーストウッド男爵、お前のその誠意に免じて、レワーア子爵家の取り潰しは止めておこう」





















 ユリウスの王妃誘拐のショーの余波か、私の王としての資質を疑う懸念の声が上がり、アイリーンへの同情の声が日増しに強まる。


 王の権力を振りかざしても、それらは無くなる事がなかった。


 表面上は私に従っている者達も、怯えと嫌悪の感情が見てとれた。


 王である私が、王としての権力を使い、好きなように動いて何が悪いのだ。


 次第に煩わしくなってしまい、逃げるようにまたアイリーンの元へ向かった。



「ああ、アイリーン、そんなところにいては身体に悪い、さあ、もっとこちらへおいで」


「けど、あなたここから見える空が綺麗なの。もう少し見ていたいわ」



 アイリーンは私が贈った沢山の物に目もくれず、格子の嵌まった窓から見える空を見上げていた。


 その背中は儚く、瞬きをしたら居なくなってしまいそうな、そんな脆い印象を感じた。


 振り向いてこちらを見るその顔は、取り繕った笑顔のまま儚くも見えるが、瞳は憎悪の炎を燃やしている。


 そうだ、アイリーン、その瞳が私を安心させるのだ。


 細くなった身体を抱き締めれば、一瞬硬直し、そして私に身体を預ける。


 その温もりが何て言うのかわからず、私はアイリーンの身体を強く抱き締めた。




















 アイリーンが懐妊した、との報告が医師から上がった。


 これでもうアイリーンも、母親になるのだから諦めるだろう、そう思った。


 見舞いと称して、連日のように行われる会議から抜け出し、アイリーンの元へ向かう。


 ベッドに横たわるアイリーンの表情は、何も映してなかった。



「アイリーン、よくやってくれた! 私達の愛の結晶がここに宿っているのだね!」


「ええ、そうみたいね」



 声をかけるが、アイリーンは無表情のまま。


 その顔に腹が立ち、私はアイリーンを見つめて、呪詛のように呟いた。



「嬉しくないのかい? こんなにも君を愛して、愛して、愛して、愛して、愛して、愛し抜いた証が、ようやく君に宿ったというのに。そうか、まだ産まれるまで時間があるからね。産まれたら嫌でも実感するだろうね。ああ、大丈夫、もちろん何人でも作ろう、私達の愛の証をね」


「っ、嬉しくないなんて、そんなことないわ、ただ悪阻があって、気分が優れなくて、少し一人にさせてちょうだい」


「ああ、そうだね。これで君もようやく私だけのものだ、安心して公務に励めるよ。ゆっくりお休みアイリーン、また、夜に」



 アイリーンの表情が嫌悪と憎悪に満ちて、私を睨み付ける。


 だが、それも一瞬で疲れたように目を閉じて、力なく私を部屋から追い立てた。


 そのまま無理矢理にでもアイリーンの側に居たかったが、ストレスを与えて流産させてしまう危険性が頭に浮かび、仕方なく部屋を出た。


 私の子供、か。


 何故だか嬉しくなった。だが、その感情が何から来るのかわからず、私は胸を押さえて、込み上げる感情を落ち着かせた。




















 出来るだけ避けていた、王宮を出るような公務が入ってしまった。


 私は行かないと言ったが、フェルナンデスによって無理矢理公務に出席させられた。


 フェルナンデスに会うのが久しぶりだからか、仕方なく言うことを聞いた。



 早く帰りたい、アイリーンに会いたい。


 そればかりが頭に浮かび、式典に参加しているが気もそぞろで、目の前の光景が頭に入ってこない。


 アイリーンの事ばかり考えてしまい、気がつけば、式典が終わっていて、王宮ではない何処かの部屋に閉じ込められていた。



「フェルナンデス!フェルナンデスはいるか」


「閣下、ちょっとトラブルが発生したので、そちらでお待ちいただけますか?」


「そうか、わかった」



 閉ざされたドアを叩き、フェルナンデスを呼ぶ。


 向こうから焦ったようなフェルナンデスの声がして、トラブルが発生したとの報告を受けた為、仕方なく引き下がる。


 ベッドに腰掛け、目を閉じてアイリーンと、二人の子供のことを思う。


 子供の名前を今から考えてしまうなんて、私は相当浮かれているな。





「閣下、よろしいですか?」



 子供の名前の候補が三つに絞れた時、ドア越しに冷たい声音でフェルナンデスが問いかけた。


 私が、大丈夫だと伝えると、屈強な護衛兵を連れてフェルナンデスが部屋に入ってきた。


 フェルナンデスは冷たい眼差しで私を見る。



「王妃様がご逝去されました」



 フェルナンデスは淡々と告げると、私を護衛兵に取り押さえさせ、先導して歩きはじめた。


 私はただ呆然と、護衛兵に連れられるがままに歩き、馬車へ閉じ込められる。


 いつの間にやら、腕は拘束されており、両隣には護衛兵が控えている。



「何の真似だ、フェルナンデス。私はこの国の王だ! そのような真似をしてただで済むとは思うなよ」


「何とでも仰ってくださいな、閣下。」



 睨み付けるが、フェルナンデスは鼻で笑い、私を逆に見つめる。



「閣下こそ、ただで済むとは思われないことです」



 およそ、親友に向ける目ではなかった。ましてや、臣下が王に向ける目でもなかった。


 大罪人を目の前にした人間の、怒りを孕んだ目だった。


















 王宮に着いた私は、護衛兵に取り押さえられたまま、何処かへ向かわされた。


 アイリーンの居る奥深くの居住区ではなく、大広間の方に向かっているらしい。



「アイリーン!」



 大広間に1歩、足を踏み入れた先は、白百合に弔われたアイリーンの姿がそこにあった。


 嬉しそうに頬を緩ませて、眠りについているように見えるが、顔色は真っ白で。


 護衛兵を振り切り、アイリーンにすがり付くと、そのあまりの冷たさに、思わず身体を放した。



「王妃様はご自害されました、貴方のせいですよ」



 私の、せいだと?



「無理矢理に愛する二人を引き裂いただけでも、その罪は重いです。ですが、それまでなら、王としての権力でどうとでもなりました。しかしながら、閣下、いやルシウス、お前のその身勝手な考えで罪の無いユリウスを処刑し、王妃様を自害させるに至ったことは、やり過ぎだ!」


「な、フェルナンデス、そなた口が過ぎるぞ!」


「ルシウス、お前は王として相応しくない。この国の貴族全てがそう判断をした。王妃様の国葬が済み次第、王の座から引きずり落とし、神殿へと永久追放とする」



 へなへなと座り込む私に、フェルナンデスが吐き捨てるように呟いた。



「私も貴方を止めきれなかった罪で、共に神殿へと参ります。安心してください。私がずっと、貴方が罪を償って死ぬまで、お側で見張り続けますからね」





















 王妃として国葬されたものの、アイリーンはその躯を王族の墓に埋めることはなかった。


 その躯はイーストウッド男爵が引き取り、故郷の地で眠っている。


 処刑されたユリウスはというと、フェルナンデスにより身の潔白を証明と名誉を回復された後に手厚く弔われ、今度こそ離れないようにとアイリーンの横に眠りについた。


 二人の話は悲恋の物語として、語り継がれ、いつまでもいつまでも、献花が途絶えることはなかった。






 一方ルシウスはというと、国葬が済んだその日に王位を剥奪され、神殿に永久追放とされた。


 その断罪は国民の目の前で行われ、怒れる国民の声がルシウスに降りかかる。


 王として権力を振りかざすあまり、人としての何かを失ったルシウスは、この国の王に相応しくはない。


 ルシウスは引き摺られるようにして、神殿へと送られていった。


 また、フェルナンデスも、王妃の国葬、ルシウスの王位剥奪などの事後処理を済ませると、早々にルシウスの側に行った。


 彼を引き留める声は沢山あったが、彼はそれらを断った。


 王の親友であり臣下でもあった自分が、ルシウスを引き留めていれば、このようなことにならなかった、私も罪を償う必要がある、と。










 ルシウスは王としての暮らしから一転し、神殿の息のつまるような生活になった。


 アイリーンへの罪の意識から自害を起こして楽になろうとしたが、フェルナンデスが宣言通りにずっと監視を行った為に、死ぬことも許されずに、晩年を過ごす。


 死ぬ間際に、フェルナンデスに残した言葉がある。



「私はどうすればよかったのだろう、フェルナンデス。ただ私はアイリーンが欲しかっただけだ」



 自分だけを見てほしくて、自分だけに色々な表情を向けて欲しかった。


 だから、追い詰めて苦しめた、それの何がいけなかったのだろう。


 フェルナンデスはその問いに答えなかった。


 ルシウスは大きくため息を吐くとそれきり息を引き取った。


 フェルナンデスはそれを見届けた後に、自害し、二人の躯は神殿の墓地にひっそりと弔われた。











 



.

要望のあった断罪ですが、そこまで酷くはなりませんでした


ルシウスの鬼畜の所業に、処刑することも考えましたが、生きて毎日毎日罪を償い続ける方が辛いだろう、と思い、神殿に追放しました




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― 新着の感想 ―
[良い点] クズというよりはサイコパスの殿下ですが 死ぬまで自分が悪いと思ってなくて、神殿での刑罰が ただの閉塞感のある生活にしかなってないの笑えない。 何一つわかってないんだもん、罪悪感も苦悩も何…
[一言] このお話、前話も含めて厳密にいえば「ざまぁ」も「NTR」も成立してないのではないかと思います。 私見になりますが、 「ざまぁ」に必要だと思うのは勝者と敗者の立場逆転。 しかし立場が逆転する…
[一言] 可哀想な王様、意味がわかる気がします それしか知らないから、できない どんなに心から愛しても、歪みゆえに愛されない 本当に哀れな悲しい男だと思います かといって同情に値しませんが。真の被…
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