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マジックガールハイウェイスター

作者: 年収5万

オープニングはニュースから始まります。

そして魔法少女たちが戦いを繰り広げる首都から一人の男が逃げ出すところから物語が始まります

18時10分 NNCTV 『ワイドレポート』

自衛隊と魔法少女との共同で行われた包囲作戦で戦死した、魔法少女の宮沢つばきさん14歳の告別式が昨日、世田谷区で営まれました。

参列した同級生は「明るくてみんなに優しく、勉強も運動もできる子でした。まさか魔法少女で、ずっと戦っていたなんて誰も知らなかった。何も助けてあげられなかったのが悔しい」

と声を詰まらせました。

またつばきさんの父親は

「自分で判断し自分で行動できる子でした。(作戦の参加は)誰に強要された分けでもありません。今は、その勇気ある行動を讃えると共に、お疲れさま、よく頑張ったね、と言ってあげたい」と話しました。


自衛隊関係者によると、亡くなった宮沢さんは魔法少女たちを統率するリーダー的な立場であったとされ、人類の戦力は大きく後退したとの見方もあります。

これで全国での魔法少女の戦死者は27人に上り、未成年である民間人を投入した作戦の是非が、問われています。




週刊誌 『週刊 噂話』 6月27日発売号

『徹底解剖!魔法少女たちの日常生活!』

・<意外!> あの魔法少女は、テニス中体連全国大会進出の有名人?

・<ネットで大批判!> 商店街大破壊を引き起こした青い衣装の役立たずは、なんと慶応在学の年増BBA魔法少女

・<自称・魔法少女アイドル> 魔法少女と名乗るも戦闘があった時間にブログ更新。佐々原さはらを問う!魔法少女か否か



週刊誌 『週刊 民衆』 6月28日発売号

ドキ!魔法少女かわいさ徹底比較!魔法少女は僕らの股間も守ってくれるゾ!

<袋とじ> 永久保存版「見えた!魔法少女のパンチラ大集合!」およよ~?黒パンツなんて、そんなセクシーなの履いちゃっていいの~?

(イマドキNEWS)必要か新型兵器 『歩行型戦車の配備は戦争へ向けてのカウントダウン?』



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魔法少女ドキュメントシリーズ第二弾

遺族インタビュー「娘は人間に殺された!」

『~戦死した少女の母は訴え続ける。その悲痛な叫び~』



ネットニュースアプリ『ハンバンクニュース』

・【悲報!】魔法少女は悪魔の生まれ変わりだった?

・魔法少女の正体が実はヤバかった件。危険?!悪魔化の目撃者続出!人に危害も!

・話題「魔法少女怖い。日本殺す」に賛否【注目ブログ】



18時00分 NNCTV 『ワイドレポート』


ここ数日、ネットを中心に「魔法少女が人ではないものに変化して人を襲う」といった目撃情報が相次ぎました。

これに対し官房長官は「まったくの流言飛語で悪質なデマ。惑わされないようにして欲しい」とコメントしました。


しかし、国民の不安はますます大きくなり、昨日、首相官邸前で大規模なデモが行われました。

参加者の声です……

はい、VTR、出ませんか?はい、え、はい、お待ちください。

はい、

只今、政府からの通告、え、政府発表が、え、はい、失礼しました。政府から発表がこの後あるという情報が入りました。

その内容ですが

政府は、拡大し続ける闇淵やみわだ現象への対抗策として、震源地となった首都圏での総力戦に挑むという方針とのことです。

作戦は一週間後の7月19日に開始され、これに伴い、首都圏に戒厳令が発令され、避難指示区域に設定されるとのことです。

住民のみなさんは、避難誘導を行う警官や自衛隊の指示に従い、冷静に避難してください。

また避難区域は順次拡大され、日本全土が避難区域と設定される見通しで、あらゆる地域で首都圏からできる限り離れるのが好ましいとしています。


これに関して、総理大臣の緊急記者会見がこのあと19時から始まるようです……






とうとう街中で盛大にドンパチと始まったときには、俺はまだ商店街の外れにある駐車場の機械にコインを落とし込んでいたところだった。いつもの癖で領収書が出てくるのを待った。この戦いで世界が終わったら、領収書なんか意味ないってのに。

 10分で200円という暴利を貪る駐車場の、邪悪な車止めをタイヤが乗り越え、車は高速道路のインター目指して走りだした。例のモノがビルの間から見えはしねぇかと、すぐに手の届く助手席にカメラを置いた。これもカメラマンの悪いクセだ。ボンヤリしてりゃあ巻き込まれておっチヌってえのによ。生きて帰って撮ったものを届けねぇと撮る意味もないってもんだ。

  もう街には人も車もいやしない。みんなおとなしく避難命令に従い速やかに疎開したってわけだ。暴動起きて車がひっくり返ったり店が破壊されてるわけでもない。ただ、通りすぎる町並みに流れ弾の痕や、爆撃の作ったクレーターやら、訳の分からないエネルギーでズタズタに引きはがされたアスファルトの跡が見えた。アイツらを除けば、無人の街だ。東京まるまる廃墟になっちまった。再び人が戻ってきて活気を取り戻すなんてことがあるんだろうか。

 そのとき、地響きを伴って聞こえてくる破壊音に思わず首をすくめた。どこか近くのビルが倒壊したのだろうか。戦いの音がだんだん大きくなっている気がしやがる。地球存亡を賭けた盛大な喧嘩やってるアイツらには、スタコラ逃げ去ろうとしている俺みたいな一般市民の車はどう見えているだろうか。ビルの間を縫って聞こえてくる爆発音やら、想像するのさえ難しい生き物の叫び声みたいなのを後にして、アクセルをベタ踏みした。見慣れた街中を全速力でかっ飛ばせるというのは気持ちの良いものだ。電気も止まってやがるんだろう。信号はもう赤と青とも言わず眠っていた。

 警察が避難誘導のために使ってそのまま放置されて路上に並んだ赤い三角コーンをわざと撥ね飛ばしたとき、自衛隊の戦闘機が二台、頭の上を超低空でカッ飛んでったが、あんなもんメじゃねえ。事件発生からこっち、素人が撮った画像がネットに溢れていて、撮影しても金になる画ではなくなっちまった。


 高速の入り口が見えてきて速度を落とした。料金所のゲートはぶっ壊れてるが、その代わり自衛隊の装甲車だか兵員輸送車だかなんだかが二台止まって、そのそばに自衛隊の人型戦闘車両(俺たち市民はただロボットと呼んでいた)の最新鋭機が片腕がもげて、半分焼け焦げ、ガックリとヒザをついたような格好で打ち捨てられていた。装甲に塗られたなんだかっていう特殊な皮膜が、熱で溶けてウロコのようにボロボロめくれ、風を受けてヒラヒラはためいていた。

 昨日までは検問か補給所みたいなのがあったんだろう。そこに戦闘でダメージを負ったロボットが中心部から命からがら退避してきた。っていうところだろうか。右腕に装備されてるはずの120ミリ砲が無いのを見ると、武装だけ外して撤退したってことか。今は放棄されて誰もいない。こうして動いてないロボットを見ると、ひどく小さく見える。屈んだ状態だと3メートルも高さが無い。ちょっと前にマスコミやネットで人類の希望だのなんだの、もてはやされてたのが懐かしい。さんざんおめぇを撮影して稼がせてもらったけどな、この戦争にはてんで役立たずだったなおめぇさん。

人類の作った希望の残骸を眺めていると、風に乗って、ラッパの音が聞こえてきた。

ラジオはとっくに放送が途絶えて消しているが、たしかに、どこかから聞こえてきやがる。

焦って転びそうに走ってるようなテンポから、ねばっこく絡みつく象のあくびのようなトーン、そしてサクッサクッという軽快なリズムに変化していく。世界の終わりに来やがるとかいう七つのラッパを持つ七人の御使いとやらを思い出しながら、ゆっくりと車を進めると、ロボットの背中に装着された飛行装置の吸気口の上で、一人の女のガキがラッパを吹いていた。ロボットの肩の垂直翼の陰になって近づくまで見えなかったらしい。

家族とはぐれでもして、逃げ損なったのだろうか。どうするべきか悩んだが、とにかく横を通らないと高速道路に上がれない。俺は車を近づけてラッパの音にかき消されないように声を張り上げた。「よぉ!おめぇ、何やってんだよ。逃げ遅れたのか?え?」

ラッパ女はラッパから口を離した。「お兄さんは?迷子でス?」

「見りゃ分かるだろうが。とんずらするのよ。それにこのご時世、人類全体が迷子みてえなもんよ。あ?」

「違いないス。」そのまま無言でしばらく顔を見合わせた。俺もコイツに別に用があるわけじゃねえ。そしてコイツも俺には用はなさそうだ。俺はゆっくりと通り過ぎた。乗りたきゃそう言うだろう。勝手にしろってんだ。


高速道路へ上がるスロープを上がり切ったとき、背後で爆発音が聞こえた。サイドミラーを見ると、後ろのビルの屋上の、金貸しの看板の陰で火球がとぐろを巻いてるのが見えた。そして火球は爆発し、看板がこちらに向かって飛んできた。鉄の骨組みを引き連れた看板がブーメランみたいに回転しながら装甲車に当って跳ね、ロボットをなぎ倒しそのままもろともスロープの下に落ち、道路に面したビルの二階の窓に突っ込んだ。

俺はラッパ女はどうなったかと、車をバックさせた。ラッパ女は、ロボットのいた位置でへたりこんでいた。

「避難するなら乗せてくぞ」戦場に子供を置いていく後ろめたさに負けて、声をかけてしまった。ガキは少し戸惑ってから車に走ってきた。助手席に置いといたカメラを後部座席に置いてやると、ガキは助手席に滑り込み、俺はアクセルを踏んだ。高速道路は、真っ直ぐになんの障害もなくその灰色の身体を地平線まで伸ばしていた。バックミラーの向こうで、装甲車が黒い触手に巻き付かれ、踏まれたティッシュ箱みたいにひしゃげながら闇に飲まれるのが見えた。


「あー、ビックリした。ちびるかと思った」ガキはラッパを抱えてシートの上で体育座りをした。シートベルトをしろと言おうと思ったが、今ではそんなものに気を遣う必要もない。

「家族とはぐれたのか?ええ?なんだってあんなところでラッパの演奏会なんてやってたんだ?え?」

「トランペットだよぉ~。クリフォードブラウンとか知らない?」と、ラッパを持ってないほうの手で、ショートパンツからニョッキリと飛び出した細い生足のヒザをボリボリかいた。「蚊に食われました」

「知らねぇな。とにかく、街から離れなきゃナンねえんだ。このまま突っ走るが、構いませんかねぇお嬢様さんよ」

「避難できるとこなんてあるんでス?」

「ああ、このまま高速走って、青森まで行く。そんで、青函トンネルの隠し複道っての通って、北海道まで行けば、在日ロシア人を引き揚げさせるためのロシア船が出てるんだとよ。それに潜り込めれば生き残れる目が出てくらあ。日本が終わっても、地球が潰されなきゃ生き残れるってわけだ。どうなるか分からんがな。お前はどうするんだよ。降ろせつったって、もうあんなとこに置いてけねえぜ」

「うん、私も、行こうかな。」

「じゃあ決まりだ。しかし、みんなはどこ行っちまったんだろうな。政府主導の避難計画っつって、自衛隊の輸送機乗ったり、船乗ったりで、ハワイやらフィリピンやら台湾に疎開したとかいう話も聞いたが、だとしたらまだ船の中だろうな。噂じゃ、どっかに巨大な地下シェルターあって何万人も収容してるっつー話だが、それでも関東人の何割も入れねえ。いったいどこ行ったのやら。東京から遠い地方じゃ実感なくて避難なんてしてないのかもな。それも昨日までに関東地方では避難完了したっつって、オレもさっきまで仕事してて気がついたら、人っ子一人いねーのな。おめーは、さっきあそこで何してたんだよ」

「うーん」

ラッパを抱え込んだ白くて細長い手足は、不健康なようにも見えた。

黒いタンクトップの上に、袖がひらひらのTシャツみてーなのを着て、きわめて短いショートパンツ。地方都市の中学生みたいな格好だ。長い髪をポニーテールに束ねている。

14歳くらいだろうか。それとも12歳、ジッと前を見つめる横顔は18歳くらいにも見える。

「おめえ、あそこで何してたんだよ」

「いいじゃん。まあ」

「はぐれたんだろ?え?迷子ちゃんだろ?どうせ。あ?」

「もーうるさいー。事故るよー。避難避難。避難命令出てんだからさ」

「家族はどうしたっつーんだよ」

「親はちゃんと避難できてるからいいんですよ」

「ふーん。とにかく今だけはなるべく離れなきゃなんねえからな。後から親のとこに送ってやるわ。そんとき日本があるか分からんけどな」


そのとき、はるか向こうから低空で飛行機の編隊が飛んでくるのが米粒みたいに見えた。

よく見ると、ロボットをワイヤーで吊したヘリだ。四機編隊で、高速道路に沿って飛んでくる。

ロボットのシルエットで機種を判別しようとしたが、記憶に無い型だ。新型機らしい。真っ黒に塗装されてて国旗も部隊のマークも見当たらない。


俺は「持ってろ」と言ってラッパ女の手を持ってハンドルを掴ませた。「ちょっと!」

ラッパ女の悲鳴に構わず体をひねって後部座席のカメラを持った。ちょうどそのとき、四機のロボットをぶら下げたヘリが頭上を通り過ぎた。

車が激しく揺れたが、ヘリの起こす突風のせいか、ラッパ女のハンドリングのせいか分からない。

飛び去っていくロボットをなんとか撮ったが、付けてるレンズが24-70じゃたかがしれている。

せめて70-200だったら。

俺は体勢を戻して運転席に戻り、ハンドルをラッパ女から奪い返した。

「いつまで握ってんだよ下手糞!」

「ちょっと、馬鹿なんでス?めっちゃクソでスね」

俺は運転しながら今撮った写真をカメラの背面モニターで確認した。それほど大きく写ってないが、RAWで撮ってるから拡大すれば紙面に載せるにはいいだろう。

「しかし今の機体、なんだったんだろうなー」

カメラを後部座席に戻そうとすると、ラッパ女がこっち見てダブルピースしていた。

「いえーい」

「お前なんか撮っても金にならねえよっ。俺の仕事はな、取材だ。自分で撮影して記事も書くのよ。で、例のものギリギリまで撮って、帰りは自衛隊に連れってもらって避難しようと思ってたんだ。ついでに自衛隊のロボットの取材も出来ると思ってよ。それもオジャンだ。そんで、昨日まではノーパソで出版社にネット経由でデータ送れてたんだけどよ、電波障害か、衛星でも落っこちやがったのか、通じなくなっちまった。で、あわくって逃げてきたのよ。死んだら撮ったデータ無駄になっちまうってもんだ。送れないんだから。誰にも見られない写真撮っても意味ねえよな。え?違うか?」

「分かるー」と親指を立てて人差し指で俺を指した。

「本当に分かってんのかよっ」

一瞬、閃光で視界が真っ白になった。数秒置いてゴゴゴという轟音が地響きのように伝わってきた。バックミラーの角度を調節して後のしてきた街を見ると、立ち並ぶ高層ビルのいくつかから爆炎が吹き出し、上階の方が次々に砕けて崩壊した。

空にレーザーのような光が飛び交い、星形の光が舞い、ビルの間には漆黒の闇のような黒い触手がチラッと見えた。

「おお、やってるやってる。ご苦労なこった。マジで世界の終わりって感じの光景だぜ。だがよ、生き残れる可能性あるなら、少しでももがいてやりたくなるってもんじゃねえか。え?この戦いに駆り出されてる魔法少女たちだって可哀相なもんよ。魔法だの、闇淵からの怪物だの、訳が分からんものに巻き込まれてよ。しまいにゃあ、解決しなかった場合、何時間後には、偉大なるアメリカ様の核爆弾の絨毯爆撃とくらあ。てめえらんとこの全身タイツ着てマント付けた変態スーパーヒーロー様を派遣してくれりゃあいいのによ。とりあえず日本人にやらせてみて自分らは高見の見物でデータだけ取って、失敗しそうなら核で吹っ飛ばしまーすってか。ネットの噂じゃあ、核でも駄目だった場合、空間に作用して闇淵現象を消せる新型爆弾が用意されるっつーんだが、それが半径500キロを空間ごと別の次元に消し飛ばすらしいつってよ、それじゃ地球ぶっ壊れちまうんじゃねーかって気するんだけどな。やっぱ頭良い奴らって馬鹿なんだな」

「地球壊れたら、意味ないスね。戦ってる人たちも」

「しかしよぉ、魔法少女たちが今頃、闇から這い出てきたピクピクの触手野郎ぶっ倒してくれてるかもだぜ。そうすりゃ、爆弾も落とさず済むし、万事解決よ。そう上手くいけばな。もし負けて闇か爆弾かで日本が滅びても外国に避難してりゃ生き残れるかもしれねえ。それか最悪の場合、魔性少女が負けて爆弾も日本どころか地球が滅びちまえば、全員死ぬんだから、それはそれで綺麗な終わり方かもなあ。そういや取材でたくさん見てきたけどな、神の意志がどうしたとか理由つけて思考停止して状況に身を任せてただ死ぬのを待つ連中。ありゃ本当に生きてるって言えんのかね?ああだけはなりたくねえってもんだ。本当に怖ぇのは、何の努力もしないで、生きる可能性探らずに、黙っておっちぬことだぜ。え?違うか?」

「うーん」

「今度はわかるーじゃねえのかよ」



そうこうしゃべくりながら高速をひた走ってると、前方にサービスエリアの案内標識が見えた。

「ちょっと寄るか。便所寄らねえと、先は長いしな」

「ぱぱー。ジュース買ってー」

「誰が、だ、れ、が、パパやねん」


サービスエリアは、荒れていた。

駐車場では、真っ黒に炎上したあとの車が一台放置されてまだくすぶってやがる。

建物も何枚か窓が割れていて店内の棚が倒れてるらしい。

壁や足元のアスファルトにスプレーでこう書かれている『NO!WAR!』『魔法少女反対!断固阻止!』

『魔法少女は人類の裏切り者』『少女狩り貫徹』『地元住民の声を聞け』『異次元からの侵略者に騙されるな』

同じような文句が書かれたチラシが舞い散る花びらのように散乱している。


“魔法少女は闇淵の力に反応して、悪魔化します。

全ての少女が、魔法少女としての資質を秘めており、すなわち悪魔化する可能性があります。

10歳~18歳の少女は全て処分しましょう。そいつらはもう人間ではありません。”

“魔法少女は兵器になります。そして外国への侵略に使われます。ということは、平和を守るために私たちがする事はなんでしょう?”


ネットで出回ったデマをそのまま箇条書きにしたものだ。

こいつら、デマに踊らされた奴らも、デマを訳知り顔でリツイートして拡散した奴らも、間違いだと分かった後でも、誰も何の責任を取ろうとしなかった。

ただ『悲劇』だの、『残念』だの、『バットエンド』だなんて茶化したりして、仕舞いには『マスコミが悪い』『社会の仕組みが悪い』と来たもんだ。

悪魔化してんのはどっちだと問い詰めてやりたい。


「ひでえもんだ。デマに踊らされた自警団気取りどもが、ここで通る車をしらみつぶしにしやがったな。あんなデマで罪も無い少女が何人殺されたか分からん。日本の魔法少女の力にビビった外国が、金を使って広めたデマだってのは取材で分かってんだ。いかに人間が馬鹿か分かるよな。魔法少女たちも、こんな奴ら救うために戦いたかぁねえだろうぜ。こんな世界、救う価値あるのかどうか、俺も分からんな。いっそ無くなっちまったほうがいいようにも思えてきちまわあな」


ビラの裏に外国語が書いてあった。国が違うってだけでここまで残酷になれるものか。魔法少女殺して闇淵で日本が滅ぶようにしてやろうなんて、そこまでの醜い憎悪を抱けるものなのか。しかし俺はその外国よりも、そのデマに踊らされた日本人のほうに腹が立っていた。国家が他の国より有利に立とうとするのは当然の動きだ。しかしそれに対抗できなかった純粋で流されやすくて騙されやすくもある俺たち。銃やミサイルの代わりにマスコミを使う100年1000年単位で計画された戦争、情報を操る水面下の戦争で常に負け続けているんだ。楽しみの代償に。テレビ。雑誌。ネット。俺たちはあまりにも慣らされすぎた。あやふやな情報を閲覧するために金と時間を注ぎ込む事に。

「分かる」

ラッパ女はそれだけ言うと見向きもせずスタスタと売店へ向かった。


俺はトイレに向かい、重くて白いテカテカの引き戸を開けて入ると、手洗いの水道が出っぱなしになっていた。ったく……よく見る光景だが、こんな時はそれが人間の醜さの象徴のように見えてきちまう。マジで終わるにふさわしい世界なのかもしれない。


水を止めたあと用を済ませて売店へ向かうと、店内の倒れた棚の間でラッパ女が屈み込んで倒れた犬をなでていた。

犬はリードを棚に繋がれ、見るからに衰弱していた。

声をかけようと思ったが、ラッパ女の肩が震えていた。泣いてやがるんだろうか。

俺に気がついていないようで、無心に犬をなで続け、俺はそれを黙って見ていた。

すると、風が起こり、光の粒子が空中に放出されだした。

そして閃光と共に、少女はピンクで丈の短いミニワンピースを身にまとい、白い翼が背中から生えていた。

見まごうこと無く魔法少女の姿だった。

犬に光の粒子が集まり、はじけると、犬は立ち上がり元気に二度吠え、ラッパ女にすがってベロベロ舐めだした。


「おめえ、魔法少女だったのか」

ラッパ女がハッとこちらに振り返り、少し目が合った後、うつむいた。光がはじけて変身が解かれ、元の格好に戻る。

そして何度か何か言おうとして口を開きかけたがその度に出かかった言葉を飲み込んでいた。

俺は床に落ちていた開封されていない水のペットボトルを開け、犬の口元にドボドボ垂らしてやった。犬は美味そうにベロッベロッと水を飲んだ。

「そろそろ行こうぜ」俺は売店を出て車に向かって歩き出したが、ラッパ女はまだ売店の入り口でぐずっていた。足下のアスファルトにはスプレーで魔法少女への呪詛が書き立てられていた。

「行かねえのかよ」

「私、戦争から逃げてきたんでス」

「俺が連れ出したようなもんだけどな。お前一人いなくても、戦局なんて変らないだろ」

「私、私が、光属性の魔法使えるの私だけだから、闇に対抗できるの私だけだから、私がいないと、きっと、勝てない」

こいつが、あの……

「あいつの、宮沢の妹か……。作戦の要って言われてた、最強の」最強の魔法少女。包囲作戦で戦死した宮沢つばきの妹……

「ごめんなさい」

ラッパ女はまた泣き出した。

「私、私、怖くて、死ぬかもって思うと……逃げてきちゃった、逃げちゃったの!世界救わなかった!」

ラッパ女は泣き崩れた。

俺はほとほと困り果てた。ガキの扱いは苦手なうえに、世界の存亡をその小さな肩に乗っけられたクソガキの扱いとなるともっと苦手だ。

元々、最強の魔法少女と呼ばれた宮沢つばきという少女がいて、数百人いた政府公認の魔法少女たちのリーダーだった。


魔法少女たちは、ある日突然現れた闇淵やみわだ現象と呼ばれるブラックホールのように空間を喰らいながら化け物を吐き出しつつ浸食してくる怪現象と戦っていた。

そして自衛隊と共同で行われた闇淵への包囲作戦で、宮沢つばきは戦死した。

作戦は失敗し、それから歯車が狂い始めちまった。

なぜなら唯一、単独で対抗できるのは光属性の魔力を持った宮沢つばきだけとされていたからだ。他の属性7人分の力を一人で持っていた。

そして何よりも他の魔法少女たちの精神的支柱となっていて、宮沢つばきを慕って参戦した少女達がほとんどだったらしい。

だが宮沢つばきを失い、少女達の心は散り散りとなってしまった。

その後、妹がいて同じ力を持っているという噂を自衛隊の奴から聞いた頃は、闇淵はどんどん広がっていて、そのうえ魔法少女が化け物になるなんていう『悪魔化デマ』なんてのが広まったりして、日本中が大混乱に陥っちまって、その後、宮沢の妹がどうなったのかマスコミ関係の奴に訊いても誰も知らなかった。

ラッパ女が高速の入り口にいたのは、戦おうとしてたのか。それを俺が連れてきちまった。

「本当は、戦おうとしてたんだろ?俺が車に乗せなけりゃよ」

ラッパ女は首を振った。髪が揺れた。「車に乗ったのは私だもん」

「だが、逃げようと思ってたわけじゃなかったんだろうがよ」

「分かんない。戦おうと思ってたのか、逃げようと思ってたのか、自分でも、分かんない」

屈みこんだまま、めそめそ泣いていた。

「包囲作戦の日、お姉ちゃんが家を出て、晩ご飯になって帰ってこなくても、魔法少女だって知ってたの私だけだったから、パパもママもちょっと夜遊びしてるくらいにしか思ってなかったの。

でも、政府の人が来て、お姉ちゃんの遺品持ってきて、お姉ちゃんの携帯と、魔法の杖、それだけしか残らなかったって

ママは混乱して倒れちゃって

それで、私が杖を持ったら反応したから、私も変身できるって、同じ能力持ってて、引き継げるのは妹の私だけだって。それで自衛隊の人が、強要はしないけど人類のために協力してほしいって。

ママは怒ったけど、パパはジッと黙ってた。

大人たちはみんな、お姉ちゃんは大事な仕事で死んだって私に言ってきた。

必要なことだった、責任を果たした、って。

お姉ちゃんにしかできない事だったからって。

ねえ、仕事って、何?責任ってなに?私にしかできない事ってやらなきゃ駄目?逃げちゃ駄目?自分の命かけて、デマに踊らされるような大人達の命を守らなきゃ駄目?お姉ちゃんは、なんのために、死んだの?お姉ちゃんを、死ぬまで戦わせて、殺したのは、誰、誰よ!!

私、マスコミに追いかけられて、お姉ちゃんがぜんぜん寝れなくなってたの知ってた!連戦で疲れたから休みたいって言ってたの知ってた!包囲作戦の直前に、追いかけてくるマスコミから私たち家族を守るために魔力使っちゃってたのに!そのときには何日も何日も連続で戦わされて、魔力なんてぜんぜん残ってなかったんだから!それでも、笑って、大丈夫だよって、言って、出かけていったのに!化け物じゃなくて、大人に殺されたんだもん!なのに、今度は私に、そいつらを守れって!そんなの、できない! 私にはこんな世界より、お姉ちゃんのほうが大事だったのに!」


ああ、なんてこった。それはたぶん

「俺のせいだ。包囲作戦の何日か前、週刊誌からの依頼で、魔法少女を取材しようとしてた。それで、俺は宮沢つばきを追っかけた。そのときは名前も知らなくてただリーダー格の魔法少女Aって呼ばれてたが、カメラ持って戦闘後の宮沢つばきを追いかけた。

彼氏はいるのか、どこの学校か、休みの日は何してるのか、馬鹿な質問だ。宮沢つばきは、そんな俺に一瞥もくれずに、飛び上がった。飛び去る宮沢つばきに対して、俺は問いかけた。なんのために戦っているのか教えてくれってな。それは俺が一番訊きたいと思ってたことだ。

すると、宮沢つばきは一瞬で目の前に現れて、こう言ったんだ。

“私は闇と戦うことで、この社会を覆う空気と戦っている。守ってるのは世界の品格です。アナタのような人から世界を守っている”

ってな。気がついたら、知らない山の上に飛ばされてたよ。俺なんか、さっさと殺しちまえば魔力の節約になったっていうのによ」


魔法少女の妹は、腕をめちゃくちゃにブン回して殴りかかってきた。

俺は黙って殴られて蹴られた。


「クソッ!あほ!ゴミ!じじい!」

「すまない」

「ボケ!カス!マスコミの無責任!みんなの無自覚やろう!人を殺したって、言われなきゃ気がつかないんだ!短足!」


大暴れする魔法少女のまわりを元気になった犬がリードを引きづったままワンワン吠えた。遊んでると思ってるんだろう。しっぽが大雨の日のワイパーみたいに左右に揺れている。

さっきまで死にそうになっていた犬が、元気いっぱいだ。

命を与える力。

だから、全てを飲み込む闇の力の反作用として、プラスとマイナスで、闇を消滅させられる。


他の誰にもマネできない事を出来る。たしかにこの少女には価値がある。しかし、この世界の価値のほうと来たらどうだ。

俺みたいななんの価値もない大人が、少女を働かせ、死に追いやっちまった。

ネットの情報を鵜呑みにして少女たちを虐殺した奴らと何が違うってんだ。



「宮沢つばきは」

「え……」

「宮沢つばきが守ろうとしてたものは、たぶん自分が役割をまっとうすることで、押しつけてきた大人たちの人間性を守ろうとしたんじゃないか。無理な頼みを快く引き受けて軽く解決してやることで、無理な頼みじゃなかったって、無理な頼みをしてくる人間なんているわけないんだって、そういうメッセージだったんじゃないかな。そうすることでこの世界は救う価値があるんだって言おうとしたんだ。現実はどうあれ、世界は命を賭けるほど価値があるんだってみんなに思ってもらいたくて、メッセージを発信し続けたんだ。表現しようとしたんだ」

「価値があるって思う……そんなことで、価値なんか生まれる?」

「震災のときとか、この事件のときも、買い占めや略奪をしないでみんなレジに行儀良く並んでただろ?ちゃんと金払って。あれはみんな社会の価値を守ろうとしたんだ。そうすることで、価値のある社会になったじゃねえか。世界から褒められたりしたじゃねえか。そういうことをお前の姉貴はやろうとしてたんだ」

「私は、お姉ちゃんみたいになれそうもない」

「お前まで同じ事をする必要はねえ。宮沢つばきが一番守りたかったのは、お前ら家族だろうぜ。俺がやっちまった事は何度詫びても許される事じゃねえけどな、せめてお前だけは生き延びさせてやるってもんだ。でないと宮沢つばきに恨まれちまわぁ」



魔法少女の手を引っ張って、車に向かおうとすると、魔法少女は踏ん張って立ち止まった。

「ちょっと、待ってッ。ねえ、逃げてもいいと思う?」

「逃げようと思ったんだろ」

「だから、迷ってたって」

「ここまで来たんだ。逃げろよ」

「戦いはどうするの」

「お前の責任じゃねえ」

「役割を与えられたら、責任発生しない?」

「役割は義務じゃない。責任は責務じゃない」

「能力は?その人しか持ってない能力は、使う責任でるんじゃない?必要としてる人が多かったら」

「能力持ってる本人が嫌なら仕方ねえだろ」

「みんなを見殺ししたことにならない?」

「俺はもう、一人殺しちまってる。その妹まで見殺しにはできねえ。これは俺の責任だ」

「身勝手!」

また光に包まれて、羽生やして飛び上がろうとして空中2メートルほど浮かび上がったところで、俺はジャンプして腰に抱きついて引きずり下ろした。

俺たちは駐車場のアスファルトに転がって、魔法少女の変身も解除された。

俺は起き上がり魔法少女を肩にかつぎ上げ、車に向かった。わめき散らすもんだからガキの腹が俺の肩の上で動いた。なんて細っちくて軽いんだ。

手足をバタバタして暴れやがるから犬も足元をグルグル回って吠えた。

「さあ、いい子にして逃げるんだ。もう戦場は忘れろ」

「人類が滅ぶー!人殺しー!誘拐だー!」

犬がじゃれて俺に飛びつくんでバランスを崩した。その時ちょうど、魔法少女の膝が俺の顔面にめり込んだ。

俺は倒れて、二人とも打ち揚げられた魚みたいだった。

「ごめんね。大丈夫」

「っつ……屁でもねえや」

「なんで、そんなに姉を追い回したんでス」

「……ああ、それが俺の仕事だからな。週刊誌に魔法少女の記事書けば高く売れるんだ。その私生活を暴くってやつ。その類の記事を載せりゃあ雑誌が売れた。

自分が他人に求められたなかで、持ってる能力でそれに応える。そうしてたら、あんな、ちんけで卑しい仕事しか出来なくなってたっつーわけよ。お前の姉貴が死んでからは、魔法少女追っかけるのは止めて、自衛隊のロボット追い回してた。だからって罪が軽くなるわけじゃねえけどな。

だが、あんときは、金もらってたから、魔法少女の記事を書くのが、俺の役割で責務になってたのよ。金をもらったら責任が生じる。金がなきゃ生きていけねえ。あの仕事でしか金を稼げねえ。あの仕事をやる能力しか持ってねえ。ってわけ。分かるかよ。とんだ悪循環だ。人間、気がつきゃ低いほう、低いほうへと流れちまう。しまいにゃ少女殺しか。とんでもねえ底辺の、負け組よ」

「選べなかったの?仕事を」

「後悔先に立たず。それに、他に何もできねえ。選べねえんだ。歳を取ると」

「だったら、私も、魔法しか取り柄がないのかも」

「お前は魔法に、トランペットに……なかなか上手かったぜ。それに、まだまだこれからいくらでも選べるだろ」

「生きていればネ」

「俺だって、ロボット操縦する才能あればパイロットになって、魔力持った少女に生まれてりゃ魔法少女になってたってもんよ。よし、良い事考えたぞ」

ラッパ女が顔をあげる。

「その、魔法の源の道具を俺に貸せ。俺が行って、やっつけて来てやらあ。もちろんミニスカ衣装に変身してな」

「は、は、は…… ダメだよぉ 能力持ってないのに、ってかオッサンは変身できないし。ってか誰も求めてないし」

と犬をなでて抱き寄せた。

「言ってくれるぜ」

「はーあ、この犬どうしよう」

「お前が助けたんじゃねえか。紐外してやりゃあ、どっかそのへんの山の中で生きらぁ。核が落ちなきゃな」

リードと、首輪も外してやった。首輪の跡だけがハゲて地肌が見えていた。

「ねぇ、写真撮って」

「ああ、それなら俺にも出来る」

俺は車のボンネットの上に一眼レフを置いてタイマーをセットした。そのままだと下を向いちまうんで、カメラを肩からぶら下げるための革のストラップを、何回か折ってレンズの下にひいて角度を調節した。俺とラッパ女と犬の記念写真は家族写真みたいだった。


「私、あそこで、トランペット吹きながら、理由を数えてたんス」

「そうかい。理由ってなんだよ」

「この世界を救う理由。それを一つずつ数えてた。お父さんお母さんとか、学校の友達とか、吹奏楽の仲間とか、好きな音楽とか、でもそれは、嫌な大人たちとか、いじわるな子とか、嫌なものの数で相殺されて、打ち消されちゃうんでス。嫌なもの、多すぎて、それで、命を賭けるほどの勇気がどうしても奮い立たなかった」


それは、この世界の価値を守ろうとしなかった、俺たち大人の責任ってもんだ。国の借金とか、加熱し続ける商業主義とか、馬鹿なマスコミとか、あくどい宣伝広告とか、誰かが思いとどまらなかった小さな悪いことが、どんどん負の遺産として膨らんでいって世界は腐って、生まれたときから景気悪いとか犯罪とかのニュース見させられて、そのうえ仕事を嫌がる疲れた顔の親を見て育って、それで子供達にこの社会に希望を持てってのも無理な話じゃねえか。みんな若いうちから未来を諦めて怯えてなるべく損しないようにだけ生きて、そんな、未来に対する絶望とか恐怖とかが世代を経るごとに積み重なって、ある世代で背負えきれなくなって、それで絶望した若者の心の闇から生まれたのがあのブラックホールみたいな闇淵現象なんじゃないだろうか。

こんなクソったれな世界、少女に見捨てられて闇に飲み込まれて当然だ。

俺だって二十数年生きてきて、こんな世界滅んじまえって思ったことが、何回もある。誰だってそうだろう。


「でも、お姉ちゃんが守ろうと思ったその想いを守りたい。お姉ちゃんの尊厳みたいなものを、守りたい」

「お前は姉貴のなんなんだよ。お前はお前なんだぞ」

「光の魔法は、もう、私の力。お姉ちゃんのものじゃない。私は私のやりたいことやる」

「なんだよそりゃあ」

「良いことをして、それを見た人たちも、良いことしようって思って、その連続で、世界はちょっとずつ良くなっていくよね?」

「かもな」


「お姉ちゃんが言いたかったのは、そういうことでしょ?それを試してみたい。それでどうなるか、この目で結果を見てみたい。救った後の世界がどうなるか、見てみたい」

俺は、こんなクソッタレな世界に何も期待するな、民衆なんか何を与えられてもすぐに忘れちまう、という言葉を飲み込んだ。希望は若者の特権だ。


「あと犬がかわいいし。あと、ロリコンも頑張って生きている」

「誰がロリコンだよ」

「だって写真撮るときとか、腰触った」

「触ってねえよ!」

「犬も、ロリコンも、大切な人も、気に食わない連中も、みんなこの世界で生きている」

「まあ、そんなもんだ」

「守ってあげようかなーって。私が。ねえ、世界を救えるほどの人って、重要人物だよね。政治家とかみたいに」

「そうだな。政治家以上だ」

「その重要人物が命令したら、聞くっきゃないよね?」

「命令ときたもんだ」

「戻ってよ。後悔する前に。心が低きに流れる前にさあ」

「クソッタレめ。しょうがねえな……生きて帰るって約束するんならな」年寄りが折れて若者の判断に従ってみるのも、ひとつの手かもしれない。それで新たな時代が開かれることもあるかもしれない、と願ってみても罪にはなるまい。

「それ大人からの命令?」

「ダチからの、贈る言葉よ。少しでも怖いと思ったら、絶対に逃げろよな」

「わかったよお。ダチ」

「俺、待ってっからよ。犬と。待ってるから」

「え、泣いてんの」

「は?泣いてねえし」


車に乗るとき、魔法少女が「おいで」と言って犬を車に乗せた。

車はサービスエリアを飛び出して無人の高速を、放たれた弾丸さながらに今までと逆方向にぶっ飛ばした。

100キロを超えたところで、カーナビが音声で速度を注意してきた。

120キロを超えたときにはキンコンカンコンと警報が鳴り出したが、

魔法少女が演奏し続けるトランペットの音にかき消された。

金管楽器ってこんなに音量が出るのか。窓を開け放った車の中でも、ビリビリと、鼓膜が破けそうなほどだ。

だが、いいぞ、もっとボリュームをあげろ!というような気分だった。


やがて見えてきた高層ビル群の頭には、黒雲のような闇がアフロヘアーみてえにかかっていて、

それにビルより太い触手がうにょうにょとビルの間から這い出している。まるで黒いブロッコリーに黒いタコにがしがみついてるような光景だ。

そしてその周辺を、ゴミ粒のように小さな、たぶん魔法少女たちが、光線を発したりして飛び交っている。


「さっきも言ったけどよ、ちょっとでも怖くなったら、負けそうになったら、絶対に逃げろよ」

「あー、私のこと、好きになっちゃったんじゃないのぉー?」と首を傾けて言ったりするので

「くそガキ」と応えると肩を殴られた。


魔法少女はトランペットを掲げて目をつぶると、トランペットが光り輝き、それが杖の形になり、それから真っ白なトランペットに変わった。これがこいつの魔法の道具の形というわけだ。

魔法少女も光の粒子と化し、光の粒子はゆっくりと車外に漂い出るとボンネットの上に変身した姿で実体化した。

今気がついたが、衣装も、羽の形も、姉貴によく似てやがる。


速度は160キロくらいだ。

俺は「おい!お前の名前!名前は!」と車のうなりと風の音に負けないように力一杯叫んだ。

魔法少女はこちらを振り返って照れたように少し笑い、「希望」と叫んで白い光の翼を広げ、飛び立った。

飛び立つ衝撃で車がグワングワン揺れて、犬が後部座席で吠えた。


希望は飛翔し、闇に飲まれた大都市へと斬り込んでいった。

這い出てきた何本かの触手が絡みつこうと追いすがるが、ラッパの一吹きで、黒い触手は光の粒子となり消滅した。



このまま、俺も街へ行って、最終決戦を撮影できれば、ピューリッツァー賞でも取れるかもしれない。

アイツはアイツなりの仕事を、責任を果たそうとしている。

俺は、俺の仕事は、なんだろう。このままアイツと同じように命をかけて死ぬまで撮影を続けるのが、俺の、大人としての責任じゃないだろうか?

後部座席の一眼レフのストラップを掴んでたぐりよせて、あの巨大な触手の下で撮影している自分を想像した。

たったそれだけで恐怖がこみ上げ、ヒザから力が抜け、指先と顔が冷たくなり、心臓がガンガンなって、頸動脈の血流が増えたせいか首が太くなったように感じ、息も吸ってんだか吐いてんだか分からなくなっちまった。

俺は車を止めて自分を落ち着かせようとした。

もう音楽は聞こえない。高揚感と共に過ぎ去ってしまった。

こんな恐怖に、アイツは打ち勝ったのか。こんな恐怖を抱えている少女を、ただの子供を送り出しちまったのか。

心のどこかで、アレが俺の役目じゃなくて良かったと安堵している自分がいるのを感じて、俺はクズだなと思った。


そうだ、この事を書こう。

新しい街を再建するのには伝説が必要ってもんだ。

妹はいなかったことにして、宮沢つばきがキリストみたいに復活して世界を救ったことにしたらどうだ。

マスコミの力を、今度は正しい方向へ使うのだ。

民衆が騙されやすいというなら、良い方へ騙してやる。

真実なんてクソ食らえ。人々が希望を持てる情報を広めるために使ってやる。

世界と一緒に、マスコミも一から生まれ変わる必要がある。これはチャンスだ。

希望を広めよう。



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[良い点] 恥ずかしがらずに主張したいことをはっきり書いている点。 [気になる点] 冒頭で「魔法少女が活躍した時の記事や雑誌を紹介するコーナー的作品?」と勘違いしてしまう点。 最初の辺りをいくつか見て…
[一言] 拝読させて頂きました。 とてもスピード感のある作品ですね。 『良いことをして、それを見た人たちも、良いことしようって思って、その連続で、世界はちょっとずつ良くなっていくよね?』 皆がそんな…
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