二
一号車、ブラウニー砲塔内。
「で、君の名前は?どこから来たの?どうしてあんな所で倒れてたんだい?」
揺れる戦車内で僕は、僕のひざの上でブロックタイプの戦闘糧食を食べている少女にそう聞いた。いつもは右隣に座っている隊長は、二号車のハミンギャに逃げた為いない。操縦席には神樂がいる筈だが、ここからは見えなかった。
なぜ今その様な状況なのか。それは、一つ、移動途中だった為いつまでもその場に留まっている事が出来なかった。一つ、少女に色々質問するのは車内でも出来る。一つ、彼女が僕から離れない。一つ、『豹牙』が4人まで乗れるように設計されている。というこれらの理由と、
「じゃあ丁度良い、見つけたのお前なんだしこいつの世話はお前がやれ。」
という隊長命令と言う名の少女のおもりの押し付けによるものだ。
だから、僕は今名前も知らない道端で拾った美少女をひざの上に乗せ戦闘糧食を食べさせながら質問をするという、ここだけ切り取って聞くと、実に犯罪じみた響きのある、なんともシュールな状況にあるのだ。
僕の先の質問に対し少女は、
「OH-02119Sd-F」
というお世辞にも名前とは言い難い答えを返してきた。
「・・・・・・・へ?いや、あの...僕は名前を聞いたんだけど...もしかしてそれが名前...なんて事はないよね?」
思わず僕は馬鹿みたいな反応をしてしまった。
「ちがう、わたしのかたしきばんごう。」
「え、型式番号?」
自らをOH-02119Sd-Fと名乗った少女はこくんと頷いた。
「じゃあ、名前は?」
「ない。」
「ない?そんな筈はないでしょ、生活するにしても名前ないと困ると思うんだけど」
「いままでそれでこまったことはない。」
「そしたら、君は一体今まで、何て呼ばれてたんだ?」
「119」
「それじゃあまるで、囚人みたいじゃないか。」
僕が言うと、少女は戦闘糧食を銜えながら、先程から全く表情の表れない顔で、さも不思議だというように首を傾げた。あまりにも人形じみていた。
「なにかもんだいがあるの。」
「問題って言うか、なんか嫌じゃない?」
「べつに。」
「そ、そうか。でも僕はちょっと嫌だな。」
すると彼女が思いがけない事を言ってきた。
「じゃああなたがつけて。」
「え?」
「わたしのなまえ、あなたがつけて。」
「僕が...君はそれでいいのか?今日初めて会ったばかりの僕なんかが付けてしまって、いいのかい?」
「もんだいない。それにあなたとあったのは...いえ、なんでもない。」
しかし彼女の最後の意味ありげな言葉が僕の耳に届く事はなかった。なぜなら、突然名前を付けるという大役を任された為に、話を聞くどころではなかったからだ。
暫く考えた末、僕はこう呟いた。
「...アステリア。」
少女は黙っていた。僕はもう一度言う。
「アステリアってのは、どうだろう。君が嫌じゃなければ。」
すると彼女は、
「あすてりあ...あなたがきめたなまえなら、いろんはない。」
と、相変わらずの感情の欠落したような表情と話し方で言った。
「良かった、じゃあ今日から君はアステリアだ。よろしく、アステリア。」
「よろしく。ところで、あなたのなまえはなに。」
「あれ、言ってなかったっけ?ごめんごめん。僕は草薙颯、この第07特型戦闘車小隊『ナイトウォーカー』の一員だよ。」
「ないとをーかー。」
「そう、ナイトウォーカーだ。そして君も今日からその一員になるんだ。」
「わたしもいちいんに。」
彼女の手に、もう戦闘糧食は残っていなかった。
次の更新は8/31(月)です。