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Strategy memory recovery  作者: 礼厳 誠安
第貮章 そして運命は彼等に出会いを与える。
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 林道=未舗装

 一団が動き出してから既に5時間程経過していた。もうすっかり日は高く、ハッチから出した顔に雪で反射された陽光が眩しい。雲一つない良い天気だ。

 「隊長、今どの辺りまで来ました?」

僕がハッチから顔を引っ込め、隣の車長席に座りタブレット型端末で部隊の位置を確認している白峰にそう聞くと、

「ざっと全体の1割ってとこだな。」

と返してきた。つまり、あと数日はこうして戦車に揺られていなくてはならないという事か。

 僕はまたハッチから顔を出した。後ろへ顔を向けると、砲塔後部の二つ並列に設置された砲弾格納コンテナ越しに後続のハミンギャが見えた。ここからはハミンギャに隠れていて見えないが、後ろにはフレイヤ、クロユリヒメ、リャナンシー、イシュタルが、さらにその後ろには多用途装輪装甲戦闘車の30ミリ4連装チェーンガン装備型が3両、大型特殊整備車両がその後ろに6両続き、しんがりにまた多用途装輪装甲戦闘車が3両連なっている筈だ。

 後ろのハミンギャで僕と同じようにハッチから顔を出していた伊織が、こちらに気がつき手を振ってくる。僕は片手を上げそれに答えた。彼女が何だか嬉しそうなのは何故だろう。もしかしたら僕の勘違いかもしれないが。

 顔を前に戻し、ふと視線を道の右側の低木の枝の茂みに移した。その時、その視線の先、20メートル程の所に、明らかに人の脚と思われるものが覗いている光景が飛び込んできた。

 「神樂!止めてくれ!!」

僕はそれだけ大声で言うと、車両が止まるのも待たずハッチから飛び出し、砲塔上から道へ一気に飛び降りた。

 未舗装の道なので、時速は25キロ程だっただろうか。僕は難なく着地し、そのまま先程人の足が見えた場所まで走っていった。

 やはりそれは人の足だった。しかもかなり細い。女のようだ。その脚の覗いている枝の茂みの向こうへ顔を覗かせると、そこには裾がボロボロになって裂けている、フード付きの灰色のマントの様なものを纏った人間がうつ伏せに倒れていた。顔はフードを被り僕のいる側とは反対の方向を向いている為見えない。マントは土にまみれ、一見するとボロ雑巾のように見える。僕は恐る恐る近づいた。

(死んでるんじゃないだろうな)

全く動かないのでそんなことを思いながら、恐る恐る声をかけた。

「おい、大丈夫か?」

反応はない。今度は背中を揺すりなが呼びかけた。

「生きてるか?しっかりしろ。」

「う...」

反応があった。

 様子がよく見えるようにする為、仰向けにした。フードが邪魔で顔が見えない。僕は顔が見えるように上半身を抱き上げた。その拍子に、フードがめくれる。

 フードの下から現れたのは、何と少女だった。歳は14歳くらいだろうか。艶やかな、透けるように白い肌。小さな顔に長いまつげ、整った形の鼻。唇は小さく、呼吸をする度に細かく震え、木々の間から差し込む陽光を受け、真珠の様な純白な輝きを湛えた。フードがめくれたことで一気に広がった豊かな長い髪は、根元から毛の先まで驚くほど綺麗な銀灰色(シルバーグレイ)だった。日の光が当たり、まるで発光しているかの様だ。

 時間が止まったかの様に思えた。そして僕は、無意識のうちにこう呟いていた。

「人形みたいだ...」

その時少女の目が、開いた。深紅の瞳が現れる。虚ろなその目が揺れた。そして口を開いた。

「いざ...なぎ...」

「イザナギ?」

僕がそう聞き返したとき、

「あのぉ、お取り込み中のところ悪いんですが」

と声がした。

「うわあ!?」

 突然声をかけられ驚いた為、バランスを崩した。その拍子に少女を支えていた腕を放してしまった。少女が倒れかける。慌てて支えなおし、踏ん張ったが、いかんせん、下は雪が積もっていて踏ん張れるわけもなく、敢え無く転倒。僕は思わず目を閉じた。と、気づいたときには何やら柔らかいものが口にあたっていた。それに何だか甘いにおいが...

 その瞬間僕は全身からいやな汗が噴き出した。頭から血の気が引いてゆく。恐る恐る目を開けると、目の前に深紅の瞳が一対あった。吸い込まれそうなほど深く、赤みを帯びたその瞳の焦点が見る見るうちにあってゆく。それに伴い見開かていく目。瞳孔はまるで猛禽類の様に細長かった。

 (やばい、()られる!)

そう思ったのはある意味では正解。だが、ある意味では間違っていた。

 「ッッ!!!!!??」

呼吸が止まり、声が出る事はなかった。

 確かに殴られた。だがそれは少女によってではなく、向こうから走ってきた伊織が走り抜けざま僕の横腹に放った一撃だった。

 伊織の情け容赦のない一撃によって僕は少女から唇ともども引き剥がされ、6メートルほど吹き飛ばされた。最初僕は何が起こったか理解できなかった。何せ気づいたときには少女から6メートルも離れた所にいて、目の前には危険な空気を孕んだ伊織が立っていたのだから。

 少女の横ではいつもの薄ら笑いを浮かべた神樂が立っていた。さらにその横ではニヤニヤ笑いが張り付いたかの様な顔で、その口元に犬歯を覗かせた白峰が立っていた。車両の方からは、何事かと隊員たちが集まってきていた。

 僕は抗議の声を上げた。

「ふ、不憫だぁ!!」

だが僕の抗議の声はここにいる人達には届かなかったらしい。

「「「「いやいや、その子の方がよっぽど不憫だろ。」」」」

「おいこら!何であんたらはこういう時に限ってそんな息ピッタリなぁ...ぇえ!!?」

僕の二度目の抗議の言葉は、突然少女が立ち上がり僕の腰に抱きつくという予想外の展開によって空しく挫かれた。

「あー、これはほら、あれだな...うん」

白峰が何かごにょごにょと言っていたが、何が言いたいのかはさっぱり分からなかった。

 少女のこの行動によって、なんとも判然としないままその一件は手仕舞いとなった。


次の更新は7/27(木)です。

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