五
「はぁー」
第07特型戦闘車小隊の宿舎へ向かう道すがら、白峰と歩きながら僕は大きな溜息を一つ吐いた。
「どしたぁ、そんなでかい溜息なんぞ吐いて。」
白峰にそう聞かれ、僕は憑かれたような声でこう答える。
「さっきのアレの後でなにも感じない方がおかしいですよ。」
それを聞くと白峰は相変わらずのニヤニヤ顔で言った。
「いやぁ、あれはなかなか見ものだったぞ。まさかお前があそこまでクレイジーな野郎だとは思わなかった。」
「あれは事故です!」
経緯はこうだ。僕は彼女の頭に手を伸ばし、触れた。そこまではまだ良かった。いや、決して良いと言うべきではないのだが、問題はその先だ。
マリンダは余程スキンシップに慣れていないらしく、頭に血が上り過ぎて遂に気絶した。彼女は僕の方に倒れてきた。僕は咄嗟に彼女がそれ以上倒れてくるのを防ぐ為彼女を掴んだが、咄嗟だった為狙いが定まらず、あろうことか、不可抗力的とはいえ思いきり彼女の胸を鷲掴みにしてしまった。その瞬間、気絶していて無防備な彼女は「ヒャウン!」と、なんとも可愛らしい声を上げた。
その後少しして目覚めた彼女はその出来事を全く知らなかった為、なんとも言えぬ罪悪感を僕の中に残したのだった。
「着いたぞ、ここだ。」
白峰に案内された第07特型戦闘車小隊の宿舎は、基地には不似合いななんとも古風な石造りで、桁行50メートル、妻側10メートル程の二階建、切妻屋根で造られている建物だった。その向かって右側には、食堂だろうか、同じく石造り、30×30メートル程のほぼ正方形の平屋建で煙突の二本立っている切妻屋根の建物が宿舎と廊下で繋がって建っていた。
出入口は宿舎と食堂の両方にそれぞれ一箇所ずつ設けられていて、僕と白峰は食堂の方から入った。
中に入ると、大体90人前後と思われる男女が椅子に座っていた。僕達が入って来るのを見ると、全員が一斉に起立し敬礼をした。僕が余りに突然の事に呆然としていると、隣で白峰が答礼しているのが目に入った。僕も慌てて答礼する。白峰が腕を下ろし、歩き出したのを見て僕もそれについていった。
部屋の正面中央、カウンター前まで歩くと180度向き直り、皆の方へ体を向けた。僕もそうしたところで、白峰は不意に口を開きこう言った。
「まず最初に言うことがある。俺は階級に縛られるのは好まない。よって、この部隊内での階級による差別化は今後一切禁止とする!当然名前の後に階級つけて呼ぶ事もだ!」
(・・・は?)
どうやらこの反応をしたのは僕だけではないらしく、あちこちでざわざわと声がしていた。そんな中で、一つ手が上がった。
「神樂、何か質問が?」
白峰がそう聞くと、神樂と呼ばれたその人物は上げていた手を下ろし、聞いた。
「今まではその様な事はしてきませんでしたよね、なぜ突然?」
「そりゃ特に理由なんか無いさ。気まぐれよ、気まぐれ。」
「・・・・・そうですか。」
(え、反応それだけ?)
「ほかに何か質問は?」
「ではもう一つ。階級による差別化を禁止という事はつまり、この部隊内では階級を無いことにする、という事ですか?」
「まあ、そういう事だな。ほかには?」
「いえ、ありません。」
「他の奴らは、何かあるか?」
皆は口々に無い旨を告げた。なんという適応能力だろう。驚愕。思わず感心。
「そうか、では話を進めるぞ。」そして白峰は続けざまに言った。「紹介しよう、こいつが今日からここに配属になった草薙颯だ。」
敬礼、直れ。
「本日より第07特型戦闘車小隊に配属になりました、草薙であります。よろしくお願い致します。」
「・・・堅いな。」皆もそれに賛同。
その後簡単な部隊編成、人数などの説明があった。どうやらこの部隊は大きく分けて、機甲科・歩兵科・整備科の三つの兵科で構成されているらしい。各科人数は、機甲科18名、歩兵科60名、整備科12名の計90名、そして僕は機甲科配属だった。
ひととおり説明が済むと、僕と機甲科全員、整備科・歩兵科のリーダーを残して解散となった。
「では諸君、なぜ君らに残ってもらったのか、恐らく気になっていることと思う。」
と、白峰はここで言葉を止めた。すると、先程発言していた神樂と言うらしいその女性が、
「もったいぶってないで早く言ってください。」
と抗議した。
「分かった分かった、そう急かすなって。理由は簡単、お前たちは立場上ここにいる草薙と必然的に関わりが多くなるだろう。だから、こいつが早くここの環境に慣れるためにも、簡単に自己紹介とかしてお互いのことを少しでも知っておこうって事さ。」
それを聞いて僕は、
(もしかしてこの人は性格はちょっとあれだけど、意外と良い人なのか?)
などと思ったが、その考えは一秒と立たず瓦解することとなった。なぜかは、その後白峰が言った言葉を聞けば分かるだろう。
「因みにこいつは、この基地の司令様の胸を初対面で鷲掴みにしてのけたクレイジーな奴だ。」
「うわああああああああああああ!!!!!??」
神樂が言う。
「人は見かけによらないって言いますけど、それは流石に無いですわ~」
くそぅ、可愛い顔してるからって何言っても許されると思ったら大間違いだぞ!て言うか無いですわ~って何だ、無いですわ~って!どこの女子学生だよ!と喉元まで出かけたが、それを言うと話がますますややこしくなりそう、と言うよりなるのは確実なのでどうにか飲み込む。そして話の流れを元に戻そうと試みた。
「そ、そんな事より、ほら、自己紹介するって話だったでしょう?」
「あれぇ?草薙さんってば否定しないんですねぇ。」
あくまで喰らいついてくる。恐るべし、女子学生!
「ヤダこの子誰か助けて!って、あれ!?どうして皆さんそんな遠巻きなんですか?それにその家畜でも見るような目は何!!?」
そんな事があった後、皆が席に着き、ようやく自己紹介に入った。
「じゃあ草薙、お前が最初やれ。」
白峰にそう言われ、僕は自己紹介を始めた。
「えーっと、改めまして、草薙颯と言います。歳は19で階級は少尉です。記憶喪失ではありますが、特に何か影響がある訳ではないのでそこは気を使って頂かなくて大丈夫です。あとは...早くこの部隊に慣れることができればと思います。こんなですが、どうぞよろしくお願いします。」
白峰
「真面目だな...」
神樂
「真面目ですね」
左頬に傷のある男
「ああ、真面目だ」
「なんだよ、異口同音に!それじゃまるで僕が普段不真面目みたいじゃないか!!」
「「「え、違うのか?」」」
「ちげえよ!!」
すると白峰がニヤニヤしながらこんなことを言ってきた。
「随分馴染んでるじゃねーか。」
「これは馴染んでるんじゃなくて弄られてるって言うんです!言葉をすり替えないでください!そもそも全ての元凶はあんたでしょうが!!」
「あ?しらねぇなあ。」
(こいつ...)
「じゃ、次神樂やれ。」
「朱雀神樂でーす。歳は18、階級は少尉。ブラウニーの操縦手やってまーす。以上。」
なんともやる気無さげな自己紹介だ。
「一つ質問いいですか?」
「何でしょう、草薙さん?」
「ブラウニーって何の名前?」
「はあ、全く仕方ないですね。無知なあなたの為に特別に説明して差し上げましょう。無知なあなたの為に。」
「なぜ二度言ったのかは敢えて突っこまないでおく。」
「チッ」
「あれ?何か今僕舌打ちされなかった?」
「多脚履帯式高機動型装甲戦闘車『豹牙』が、我々第07特型戦闘車小隊に主力兵器として六両配備されている戦車だという事はご存知ですよね?」
「ああ、まあ。僕もそれに乗るわけだしな。」
「その一号車の愛称がブラウニーなんです。因みに二号車がフレイヤ、三号車がクロユリヒメ、四号車がハミンギャ、五号車がイシュタル、六号車がリャナンシーです。作戦中もよく使用するのでしっかりと覚えておいてください。」
「ありがとう、よく覚えておくよ。」
「あら、ちゃんと礼を言うんですねぇ野獣なのに。意外です。」
「あ?」
その後も自己紹介は続いた。
やがて全員の自己紹介が終わった。と思ったが、白峰がまだ自己紹介していない事に気づいた。
「あれ?淼郷さん、自己紹介してなくないですか?」
「わかってないですねぇ、草薙さん。この人は格好つけたいんですよ。」
なるほど。神樂の説明で納得する。すると、白峰が口を開いた。
「俺は淼郷白峰、この部隊の隊長だ。呼び方は白峰でも隊長でも好きに呼んでくれ。」
「じゃ、隊長で。僕のことは皆さん、颯でいいです。」
「では新ためて。草薙」そこで白峰は言葉を切り、「ようこそ、我が第07特型戦闘車小隊『ナイトウォーカー』へ。」
「ナイト...ウォーカー...」
僕は自分が震えていることに気が付いた。初めは戦慄しているのかと思った。顔を上げると、皆がこちらを見ていた。そこで僕は気づいた。戦慄ではない、感奮興起しているのだ、と。
次は第貳章突入です!
皆様、読んでね!読んでね...よ、読んで...宜しければ読んで頂けると幸いです...(切実)
次の更新は8/24(月)です。
尚、来週から週2(月,木)の更新になります。