七-壹/貮 〈地球に於ける『ロスト・エクリブリウム』の本質と、その後の世界情勢〉
彼の話をする前に、ひとつ、彼の故郷=地球の状況について話しておかねばならない。
――時は西暦2027年。世界は《 金融戦争 》(=後に第三次世界大戦と呼ばれる)真っ只中であった。――10年前、世界的な大不況に陥り、金融バランスが崩壊し、世界の勢力図は大きく塗り変えられることとなった。これにより世界は大混乱に陥り、各国家は、自らを守ろうと武器を手に取った。そうして戦争の火ぶたが切って落とされると、世界は瞬く間に泥沼の戦場と化した。
そして中近東の激戦区で事は起きた。とある島国の新型兵器が突然何らかの要因で爆発し、超強力な時空の歪みを生み出した。その歪みは瞬く間に半径2千キロにも及ぶ、地球の実に4割程を飲み込んだ。その歪みは発生した時と同じように突然、消失した。そこにいた“人類”と、それが生み出した人工物の存在と共に。あとにはただ、激戦の爪痕のみがそこに遺された(=『ロスト・エクリブリウム』)-後に聞く話では、その兵器は細かな仕組みがまだ解明されておらず、どの程度の威力を有するのかすら誰も知らなかったという-。この出来事は歴史史上最大の事件として、世間からこう呼ばれるようになる――『神明の獄』と。そしてこの地域は、後に『 消失地区 』と呼ばれるようになる。
その出来事により、世界の総人口は壊滅的なまでに激減、結果としてそれが良かったのかはまた別として、急激な人口低下により最早戦闘の続行は不可能となっていた為、世界中で戦争の早期終結が急がれた。現存するほぼ全ての国家がその体制に賛同し、その体制に反対した僅かな数の国家は、連合軍として再編された賛同派の国々により、沈静化されていった。そして戦火は、満ちた潮が引いて行くかの様に収まっていった。
そしてそれから42年後(西暦2069年)、世界は民間軍事会社に戦争を委託する、所謂代理戦争の時代であった。
――敵と言えるものがなくなった世界で、連合国の国々は“六芒勢力”と呼ばれる、それぞれ異なった体制を掲げる六つの勢力の許に集い、新たな統合国家として、それぞれその影響力を強めつつあった。思想の異なるこの六つの勢力が、やがてその力を伸ばした暁に、各国同士で対立を始めるのは自明の理であり、また避けられない事であった。そしてこの頃になると、それは隠しようの無い事実となって表面化していた。然し、前大戦での戦訓から、大っぴらには武力による優劣はつけられなかった。 そもそも、前大戦の新型兵器の誤爆による取り返しの付かない結果を知る民衆は、国が武力を有する事を良しとしなかった。故に、国家間の諍いは、政争にて決着されるのが常識となっていた。
然しながら、それはあくまで“常識”であり、非常識な手段として、前大戦で人類が消え、その後誰も寄り付かなくなった土地、西アジアで、一般大衆からは秘匿された存在、民間軍事会社(=傭兵)への戦争の委託――所謂、代理戦争が恒常化していた。
この“民間軍事会社”の実態は、身寄りの無い若い男女を中心に搔き集められた者達が、戦闘訓練を受け、一定年数に達した段階で、個々の能力に応じて各科へ配置される。この段階で初めて、必要に応じて各要請先へ派遣される。というものであった。ここに入った者は、“基定”と呼ばれる最低能力基準を満たせなくなるまで、前線にて活動することとなる。基定を満たせなくなった折には、能力に応じて、指導者等として、後方にて次の世代の育成・教育をする立場となる。
この“民間軍事会社”とは、表向きは青少年保護育成機構という、国家を超えて活動する国連組織として認知されている為、身寄りの無い若者を集めるのには困らなかった。
各国家は、ここから必要に応じて人員を引き抜き、戦闘に従事させた。つまりそれは、場合によっては、昨日まで親しかった者との殺し合いを強いることも有り得る、ということでもあった。尚、当たり前ではあるが、人員を引き抜くためには、それ相応の対価が求められた。それは様々で、単純に金銭であったり、または技術力であったり、或いは糧食であったりと、多岐に亘った。
この代理戦争は、喩えてしまえば“国家”がプレイヤーとなったギャンブルの様なものであった。対価を支払い、後の結果は傭兵達の技量と運次第。勝てば相手国に対し優位に立てるが、負ければ不利になる。或いは痛み分けに終わる。
各国は、賭けの勝率を上げようと、より優秀な人員をより多く引き抜けるように“民間軍事会社”へ、より質の良い物をより多く、対価として差し出した。
最も馬鹿げていて、最も非人道的なシステム。それが“民間軍事会社”による、代理戦争なのだ。