三
「――て、はやて、ちょっと颯ってば!」
自分を呼ぶ声に意識を引き戻される。辺りを見回すと、いつの間にか木の根元に腰掛けていた。どうやら無意識のうちに、ここに腰掛けていた様だ。
そして、僕の目の前にはセミロングの栗色の髪をうしろで半分だけ結い上げた、すらっとしたスタイルの良い女性が立っていた。
「ああ、伊織か。どうしたんだ?」
僕はその女性、弥譲伊織にそう聞いた。
「どうしたんだ?じゃないでしょ、もう出発するからって呼びに来たんじゃない。」
「なんだ、愛の告白じゃないのか。」
「は!?な、な、何言ってんのよ!馬鹿みたいなこと言わないで!だ、誰があんたなんかとッ!!」
「うわ、ひっでえ。そんな全力で否定しなくたって良いだろ。ていうかお前顔真っ赤だぞ、大丈夫か?」
「あんたのせいよ!!」
「なんでだよ!」
なぜそこまで怒鳴られなくてはならないのだろう、訳が分からない。
伊織は僕と同じ19歳だ。その為か、僕と彼女はよく話をする。だが彼女はよく突然怒り出す。僕も彼女も砲手だから、ライバル視でもされているのだろうか。因みに砲手としての腕は伊織の方が一枚上手だ。
僕は立ち上がり、伊織と共に小隊の一団の元へと戻った。50メートルほど先で仲間達がそれぞれの持ち場に着いて待っていた。
「おい!ちんたら歩いてんな、置いてくぞ!!」
と、先程戦車のエンジンの熱で温まっていた巨漢、淼郷白峰隊長に急かされ、僕と伊織は駆け足でそれぞれの車両へと向かった。そして、戦車に乗り込もうと、車両側面に取り付いたとき、
「遅いですよ、颯さん。」
と車体前部から声がした。そちらを見ると、隊長と同じく暖をとっていた小柄な方、朱雀神樂が操縦手ハッチから顔を出してこちらを見ていた。
「悪い。」
僕はそれだけ言うと、今度こそ乗り込んだ。
一団が動き出してから、僕はふと、四日前ここに配置された日のことを思い出した。
次の更新は8/10(月)です。