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短編集

アプリにご用心

作者: 響かほり




 朝一番、清々しい空気漂う中、我が家のインターホンが「ピンポーン」の「ピ」音の連打で鳴り響いていた。


「ぅ、あ?」


 白み始めた空に雀の囀りが聞こえた頃、ようやく地獄の締め切りを乗り越え、数日ぶりの眠り落ちた私は、その騒々しい機械音に呼び起された。


「おふっ…ろく、じ…で…す…」


 手探りでスマートフォンを手繰り寄せ、薄目しか開かない眼で時刻を確認する。

 まだ一時間ちょっとしか寝てないですよ、これ。

ぐらぐらする頭で起き上がり、フラフラとベッドから抜け出して酔っ払いの様な千鳥足で玄関まで行って扉を空ける。


「ふぁい、どなた?」

「お姉ちゃん!相手が誰かも確認せずに、玄関開けたらダメでしょ!」


 あれぇ?…玄関開けたら一秒で怒られた。

 目の前にはブレザー姿の美少女。髪の毛はサラサラで艶々なキューティクルのお手入ればっちり、卵肌のプルプルぴちぴちの女子高校生。一六歳の彼女の姿は、二二歳の私には眩し過ぎる。

 眼潰しですかっ。そして、我が妹ながら今日も可愛いではないですか。などと、ぼんやり思う。


「そーだねー。じゃあ、閉めとくー」


 扉を閉めようとしたらローファー靴が扉の動きを止めて、扉を掴んだ年の離れた可愛い妹が般若の形相で私を覗き込んできた。


「ヲイ、妹を閉め出すな。奥歯ガタガタ言わすぞ」

「ひぃっ」


 お姉ちゃん、その人を三人ぐらい殺していそうな、ドスのきいた一声で一気に目が覚めましたよ!

「ど、何処のヤクザ屋さんから、その技を習得したんですか、日和ひよりちゃん」

「ふふっ、演劇部部長の演技なめんな、ですよ」


 世間様からは良く天使といわれる我が妹は、いつものあざと可愛い笑顔に戻り可愛く囀る。

 そんなプリチーな妹は、私に対していつもドSです。


「そんな訳で、目が覚めた?お姉ちゃん」

「すっかり覚めました、おはようございます。日和ちゃん」

「おはよう、衣世さんいないんでしょ?朝ごはん持って来たよ。一緒に食べよ」

「やったー。ありがと。ささ、中にどうぞ」

「わーい。お邪魔しまーす」


 部屋に迎え入れると、妹は手に持っていた保冷バックを私に差し出す。

 受け取ると、中にはレタスとハムと卵の入ったサンドイッチと野菜ジュースが入っている。

 妹特製の具だくさんサンドイッチに、おぉ、っと自分の口から声が漏れる。

 口の中に唾液が湧いてきて、胃が急激に食欲を訴えてぐぅっと鳴る。


「久しぶりのご飯」

「…お姉ちゃん、また仕事に集中してご飯忘れたの?」

「単発で入った仕事の締め切りに追われてね。二日ぐらい徹夜して、二時間くらい前に終わった所」


 その言葉に、我が妹が遠い目をしている。


「大変なら、家に戻ってきたら?私がご飯作るよ?」

「ふしだらな行為を絵に描くのは、自堕落で浅ましい人間のすること、なんて言いやがった両親がいるから、絶対に嫌です」


 そうです。私、ちょっとエロティックな漫画を描いて生計を立てています。

 それが堅物公務員の父親と教育ママな母親にばれて、大喧嘩して家を飛び出してかれこれ四年。一度も家に帰っていないし、両親には会ってもいない。

 妹が時々、こうして会いに来るくらいのもの。

 私から折れて、親に会いに行くつもりは毛頭ないのです。

 そもそも、そのふしだらな行為をして私と妹を誕生させたのは両親でしょうにね。自分たちがすることは全て高尚だなんて言い放ったあの人達とは一切、関わり合いたくありません。

 性的欲求がなければ、子孫繁栄はしないのです。やましい気持ちがあるから、ふしだらなどというのです。私は自分の仕事に誇りを持っていますし、需要があるから供給がなされる立派なお仕事だと思っています。


「え、あの人達、そんな事言ったの?」

「あぁ、そっか。日和ちゃんには、細かい話をしていませんでしたね」

「あの人達はお姉ちゃんが悪いとしか言わないしさ。というか、描くだけでそれなら、そのふしだらな行為を実践して子供を二人も作ったお前らはゲスだろ。私の大事なお姉ちゃんに何しくさっとんじゃ、あのボケ」


 あらあら、我が妹のお口が大変悪くなっていますよ。


「その両親がぶん投げたブーメランは、ちゃんと巨大化させてあの人達に深々と刺してお返ししておいたので気にしてませんよ」

「だから私は、お姉ちゃんの時みたいに煩く言われないんだ…納得」


 高校卒業するまで両親の理想わがままに反抗一つした事のない私が、初めて反抗したばかりか、両親の理想論を叩き潰したので、あの人達も妹には私ほど窮屈な生活は強制していないらしい。

 好き勝手な行動をして家を飛び出したので、妹にそのしわ寄せが行くのではないかと思ったけれど、そうではなくて正直なところ、ホッとしています。

 最も、幼いころから口で親を言い負かす事が出来る最強な妹なので、どうにでも出来るとは思いますが。姉妹仲が壊れず、良かったと思っています。


「私も好き勝手に生きているから、日和ちゃんも自分の行きたい進路を選べばいいよ。何かあれば協力するから」

「ありがとう。お姉ちゃん…大好き」


 ぶほっ…そのはにかみながら頬をほんのり染めてモジモジするの、超可愛い。

 可愛すぎて、お姉ちゃん萌え死んでしまいますよ!

 萌え萌えしながら、リビングにあるテーブルに、妹が持ってきてくれた朝食を並べ、彼女と向かい合って席に着いた。


「それにしても、お姉ちゃん。昔はもっと几帳面で身の回りの事をしっかりしてなかった?」

「あぁ、うん。家出した後からダメになっちゃってね」


 私は遅れて反抗期が来た上に、真面目で面白みのない堅実な人生を送ってきた反動で、全く逆の生活を送ることになってしまった。

 うん。規則正しい生活しようとすると、我慢していた頃の軋轢で身体が拒絶して頭が痛くなるし、吐くし、酷いと倒れてしまうの。

 親に自分を全否定されたことで、これまで親の言いなりに従ってしてきた全てが嫌になってしまって、受け付けないのです。

 会社もそれですぐやめてしまったし、もう、普通の生活が良く分からないレベルで不健康生活しています。


「身体壊さない程度にしないとだめだよ?眼の下のクマも酷いし、肌荒れも凄いよ?」

「これは仕方ないよ、仕事明けだからねー。んーっ、日和ちゃんのサンドイッチうまうまっ」


 サンドイッチを頬張りつつ返事をすると、日和ちゃんが難しい顔をした。


衣世いよさんが見たら、悲鳴あげるレベルだよ?」


 あ、衣世さんは私の三つ年上の彼氏で、一年前に高校時代に漫研で一緒だった友達との飲み会で知りあって、お付き合いしてるの。

 なんというかオカン属性な人で、自堕落な私の世話をあれこれと焼かずにはいられないらしい。初めて会った時も、連日の徹夜を越えた締め切り明けでぼんやりしていた私に、料理を取り分けてくれたり飲み物を注文してくれて、ご飯まで介助して食べさせてくれたらしい。

 らしいと言うのは、記憶が飛んでいたから。

 一杯だけ飲んだ軽いカクテルが、徹夜明けの身体に想像以上に回って、綺麗さっぱり乾杯以降の記憶がなくて、気付いたらラブホのベッドに裸で二人寝ていました。

 お互いいい大人で、やることはしっかり致しておりまして、目覚めた彼曰く、「肉食獣の如く攻められて襲われちゃったから、逆らえなかった。でも、そんな攻める君もとても素敵だった」と頬を染めていた。

 乙女か。しかもM属性か。と、思わず突っ込んだ私、間違ってない。

 そして、女に押し倒されて屈服させられちゃう男…そんな美味しいシチュエーションを見逃した私、なんて勿体ない!漫画のネタにするのにっ!と思ったのは、仕事の病です。

 ちょうど、次回作のプロットの締め切りが近かったせいなのです。切羽詰まっていたのです。

 そんなわけで、酔って貞操を奪った鬼畜な私は、ベッドの上で素っ裸のまま土下座しましたとも。

そうしたら、衣世さんから「責任とって貴女の彼氏にしてください」と、何だかよく分からない要求を受けまして、お付き合いに至った訳です。

 家事全般、衣世さんにまったく勝てない不甲斐ない女で申し訳ないと思うけれど、衣世さんは駄目な女をお世話するのが好きらしく、嫌な顔一つしない彼は乙男オトメンでした。

 おかげさまで、現在半同棲状態で、私の駄目っぷりに磨きがかかっています。

 自分の家なのに、彼に聞かないと物の置き場所が分からなくなってきたので、そのうち、彼がいなければ文字通り生きていけない身体になりそうな気がする。


「大丈夫ー。先週から海外出張で今居ないから。帰ってくるのは来週~」


 彼がいるときは、今の目の下の真っ黒なクマが三〇%オフくらいの状態程度で自重している。

 衣世さんが今の私を見たら、ふかふかお布団に容赦なく押しこんで、寝ている隙に顔のパックを施して、ご飯を作って強制的に食べさせるくらいには酷い顔をしている自覚はあるんだけどね。

 今の私は、さながらパンダかタヌキ並みのクマの黒さ。


「…お姉ちゃん。スマホを出して」

「?ほい」


 二つ目のサンドイッチを頬張りながら、素直に妹にスマートフォンを差し出した。

 妹はそれを何やら操作し始め、しばらくしてから私に返した。


「お姉ちゃんのスマホに、アプリを一つ入れておいたから」


 画面を見れば、アプリが起動しているらしく、スタート画面が表示されている。

 そこには、オトメな文字で『スマホ彼氏』と書かれている。


「ふはほふぁふぁし?」


 しまった。口にモノを入れたまま喋ってしまった。行儀悪いって衣世さんにばれたら叱られる。


「そ。それ、幾つかの質問を入力すると、自分にあった性格タイプの疑似彼氏が作成されるの。目覚まし機能もあるし、スケジュール設定すると予定を教えてくれたり、調べ物を音声入力するとネット検索して出してくれたり、暇つぶしに会話もできるの」

「へぇ…」


 電話とメール、スケジュール張機能、あと時々ネット検索程度しか使わない私は、アプリをダウンロードもできない、スマートフォンの機能をほとんど活用できていない宝の持ち腐れ状態。


「それの質問に答えて、疑似カレ作って?細かい設定は私がするから」

「わかったー」


 良く分からないので、とりあえず妹に言われるままに、画面に表示された質問にイエスとノーで答えていった。質問内容は、結構細かい事まで聞かれる。

好きな人のタイプとか、自分の性格に関することはまだ分かるのだけれど、『昨日の夕食を覚えていますか?』とか、認知症の検査かと思うような変な質問もあった。

それが何の役に立つのか分からない質問だけれど、きちんとありのまま答えておいた。


「終わったよ」


 質問事項が終わった後、機能設定画面と言うのに切り替わり、妹にまたスマホを渡す。

 画面タップを繰り返したのち、また私の手元にスマホが戻って来た。


「身体を壊さないように、食事とか睡眠を促したりする生活応援モードで設定しておくからね。細かい調整は、音声で問いかければ変えられるから」


 設定完了画面を見、それをタップするとキラキラとしたエフェクトの後、ちょっとリアルな美麗画像で『彼氏』が出てきた。


「…日和ちゃん」

「なあに?」

「この彼氏、チェンジで」

『っだと、ゴルラァァァァ』


 巻き舌の低音がスマホ画面から聞こえ、思わずビクゥッって震えてスマホを落としそうになった。


「…あれ、ずいぶんガラの悪い彼氏だね?」


 妹も少し驚いた顔で私のスマホ画面を覗き込む。

 そこには、短い金髪の髪に、眼つきの悪い一重瞼の男が映っている。眉毛も金色で細く一直線で外側に向かってつり上がっている。

 何処のヤンキーさんですか。私の好みと正反対です。


「私の好みは衣世さんなのに」

「はいはい、惚気要らないから」


 さっくり妹に言葉を斬られた。ひどい。


『っだよ、お前。俺の前で他の男の話するなよ。浮気か?』

「どちらかというと、貴方のほうが浮気相手?」


 画面に向かって返事をすると、画面の中のヤンキーイケメンがショックを受けた表情をする。


『お、俺より良い男が居るって言うのかよっ』


 眉根の皺の寄り方とか、目の動きとか、髪の毛も結構細かく描かれていてちょっとした動きでリアルな揺れ方をする。かなり作り込んであるなと、感心してしまう。


「二号さんにならしてあげるけど、どうする?」

『なんてビッチだ、お前!ぎゃっ!いてぇ!目がっ、目がぁぁぁぁっ!』


 思わずピースサインの伸びた指先で、画像の中のヤンキーの眼をトンとタップしたら、凄いリアルに反応された。

 両手で顔を覆って、身を屈めて悶絶する姿が映る。


「おぉ、リアル。でも煩いです」

「お、お姉ちゃん、会って数秒で眼つぶしって鬼だよ?」

「…私、言葉責めされる趣味は無いのですよ。という事で、チェンジ。もしくは消去アンインストール

『俺は、ホストじゃねぇ!チェンジなんてできるかっ』


 眼をうるませて睨みつけて来るその映像に、あ、ちょっとキュンとした。

 でも柄悪いし、煩いのはいただけない。


「んー。おかしいなぁ。私のスマホ彼氏は、ちゃんと私の理想ど真ん中のわんこ系ドMなんだけどなぁ?」

「日和ちゃん、隷属系の男の子好きよね」

「そうそう。もう、尻尾振ってどんな我が侭にも応えてくれる忠犬、超可愛い~の!」


 そう言って取り出した妹はスマホを取り出した。


みなみ、カモン」

『はい、ご主人様!』

「私のお姉ちゃんにごあいさつして」

『はい!』


 元気のよい少年の声が妹のスマホから聞こえ、妹が私へと向けたスマホの画面には小学校高学年くらいのマメ柴のような雰囲気の可愛い少年が映し出されている。


『初めまして、日和さまのお姉さまっ。ぼく、南です!よろしくお願いします』

「初めまして…日和ちゃん、これは犯罪臭のするショタ彼です」


 思わず妹をみると、彼女はとても良い笑顔でした。

 うん。そうだった。妹はショタコンでした。


「いいの。リアルじゃ飼えないし、彼にも出来ないから」

『日和さま?僕がずっとずっと、お傍にいます。だから、他の男になんて眼を向けないで下さい』

「やーん。南以上に可愛い子なんていないわっ!浮気なんてしないからねっ!」

『わーい!日和さま大好きですっ』

「きゃーっ」


 感極まった妹がスマホを抱きしめる。

 これは何というか、妹が飼っていると言うよりも、転がされている気がしなくもない。

 それにしても、このアプリのキャラの台詞、語彙もなかなか巧く仕込んであるから実際に会話しているように聞こえますよ。

 しかも声優を起用しているのか滑舌も良いし、抑揚もある。無駄に美声で人工物っぽくない。

 普通に会話しているみたいで、これはこれで興味深い。

 衣世さんに教えたら喜んで解析しそうだなー。あ、衣世さんプログラマーで、大学生の時に会社を起ち上げているらしい。らしい…というのは、私が詳しく聞かないから。

 社長さんで忙しいのに、私の御世話をしていても大丈夫か尋ねた事があるのだけど、それがストレス解消だから楽しみを取り上げないでと言われて、今日のダメ人間な私が着々と形成されている。

 あ、考えが逸れちゃった。アプリのキャラの事だった。


「…日和ちゃんには好みのタイプが出たのは分かったけど、何で私はこの彼が出たのでしょう?」

『お前が選んだんだろうが』


 腰に手を置いてふんとそっぽを向いた画面の暫定彼氏に、私はまたピースサインを作り画面に向かってかまえる。


「もう一撃、味わってくださる?」

『止めろっ!なんて暴力的な女だ!』

「躾と言うのです」

『冗談じゃねえぞ』


 慌ててさっと画面の横に移動して身を隠したので、画面には室内っぽい背景しか見えない。

 試しにスマホを何度か横振りしてみたら、相手が転げて出てきた。

 お、ここもリアルで面白いです。


『くっそ!なんだこの女っ!』

「お姉ちゃん、質問に真面目に答えた?わざと違う答え繰り返すと、好みの彼が出ないんだよ?」


 ふんと、画面の相手を鼻で嗤っていたら、現実に戻って来た妹がそう尋ねる。


「きちんと答えましたよ?」

「彼氏の容姿とか、アプリのカレみたいなの選んだ?」

「ううん。衣世さんの姿を想像して選択しましたよ」

「どれだけ衣世さん好きなの、お姉ちゃん…」

「うん。お嫁さんにもらいたいくらい好き」


 そう。お婿さんではなく、お嫁さんの方です。

 あ、妹がどん引きの顔で私を見ている。ごめんね、日和ちゃん。お姉ちゃんは衣世さんが男性の中で一番大好きなのですよ。もう、別格扱いで。

 そう言うと、更にどん引きされそうだから言わないけれど。


「…でもそうなると、この彼が出ちゃったのは、バグなのかなぁ?やり直して見る?」


 妹がそう尋ねると、画面の中のヤンキーが顔をしかめた。


『何だよ。俺がそんなに気に入らないのかよ』

「好きか嫌いかと言われれば、たぶん嫌いな方」

『そうかよ……俺だって、お前なんか嫌いだ』


 率直に言葉を返せば、肩を落として捻くれた言葉を吐いた。本当にこれ、良く作られているなぁ。


「これで良いよ。また質問入力するのも面倒だし、せっかく日和ちゃんが入れてくれたんだから」

「そう?じゃあ、名前を付けてあげないとね。画面の右上にメニューがあるから、タップして開いて、設定から名前入力を選んで、彼の名前と自分の名前を入れてね」

「はいはい」

『ちょっと待て!』


 妹の指示に従おうとしたら、スマホから制止の声がかかる。


『お前、本当に俺で良いのかよ?嫌いじゃないのか?』

「私はかまわないけど、貴方が嫌なら消去するわよ?」


 正直、どちらでも良かった。可愛い妹が私を心配して好意で入れてくれたアプリだから、使ってみようとは思うくらいで。

 それに、ちょっと小腹が膨れてまた眠くなってきたし。早く終わらせて眠りたい。


『…お前に男がいてもかまわない。俺の方が良い男だって、分からせてやる』


 まるで私に視線を合わせるかのように、見つめてそう答える。しかもシリアス顔で、イケメンテイスト全開。


「その上から目線直さないと、名前、留五郎にします」

『なんでだよっ!もっと、カッコいい名前にしろよっ!』


 おぉ、突っ込み早い。


「我が侭だなー、田吾作は」

『アホかっ!更にダサいじゃねえか!やめろっ!一回しか入力できないんだからなっ!』


 抗議を無視して、さっさと彼と私の名前を入力する画面を開く。


「お姉ちゃんのスマホ彼氏、反応おもしろい」

「ねー。おもしろい」

『おもしろいじゃねえよっ!名前は一生モンなんだぞっ!DQNネームもダサい名前もやめろっ!』


 確かに、命名については一理ある。下手をすると私がずっと呼ばなければならないし、変な名前も、長い名前も止めておこう。簡単なヤンキーに似合いそうな名前を…。


「じゃあ、私の名前はみやこで……」


 彼の名前も打ち込んで、決定ボタンを押す。

 不安そうに私を見ていたヤンキーの顔が、ちょっと意外そうな顔をした。


志渡シド?』

「そう。意外にまともでしょ?志渡さん」


 音にすれば姓とも名ともとれる。勿論、姓としての字を選んで名前にした。名前として考えればDQNっぽいかもしれないけれど、見た目金髪で目鼻立ちが少し外人風だからまあ許容範囲でしょう。

 ちなみに、私の設定した自分の名前は、ペンネームの名字です。

 私は衣世さん以外の男を気安く名前呼びはしないし、男性に名前呼びをさせません。衣世さんが嫌がるから。

 意外とやきもち焼きなんです、衣世さんは。


『あぁ。気に入った。ありがとな、都』


 ほっとした顔の後、ちょっと照れた表情でお礼を言うヤンキー改め志渡さんの笑顔が、顔が全然違うのにちょっとだけ衣世さんに似ていて、胸がキュンキュンしてしまった。






 こうして、私はスマホの中に第二の彼氏を持つことになりました。

 そのせいで、目覚まし機能を使えば志渡さんのドスの効いた巻き舌で起こされて、眼潰しでアラームを毎回止めることになったり、衣世さん並みの世話焼きな呼びかけで、自分のダメ人間ぶりがどんどん悪化することになるとは思いもしなかった。

 さらに、海外出張から帰って来た衣世さんと志渡さんが、修羅場を繰り広げることになるなんて。


「僕以外と浮気ですかっ!こんなアプリごときに、僕の地位を脅かされるなんてっ」

『はん。何が彼氏だ。一週間もこいつを放置しやがって。俺が二四時間つきっきりで世話焼くから、てめえはさっさと別れろ』

「冗談じゃありませんよ。二次元のプログラム如きに、三次元の僕以上の彼女のケアなんて出来るはずがないでしょう。消去アンインストールしてあげますよ!」

『はぁ!?っざけんな!てめえのスマホジャックして、恥ずかしいデータSNSにばらまくぞ!ゴルラァァァァっ!』


 気付けば、私を放置して訳の分からない修羅場に発展して、漫画のネタを提供してくれる事案が多数発生するとか…

 志渡さんのアプリを消去できなくなっていて、衣世さんと志渡さんの世話焼きぶりが競う形で拍車がかかって、私が更に駄目人間への道を突き進んでいくとか……

 そんな愉快な日々になるとは、本当に予想もしていなかったのです。

 そして日和ちゃんは、可愛いスマホ彼氏とウハウハな毎日を送っています。



 あれ?どうしてこうなったのかしら?






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