推しが押してくる ━番外編1━クラッシュ
現在連載しているSweet Sweet Smileの番外短編です。
紫づ花と叶多のだいたい一年未満後を想定しています。
本編はまだまだの二人ですが、ちょっとだけ未来をご試食どうぞ。
「ネクタイの結び方ってどうだっけ?」
ある日の朝、突然叶多が言った。
朝食の食器を洗っていた紫づ花が振り向く。
ふだんネクタイはしない叶多がなぜかネクタイを引っ張り出し首にかけている。
「どうしたの急に。」
「ん、えっと、近々ちょっと、ちゃんとスーツ着て挨拶行かなきゃいけないことになりそうなんだ。」
濃い青と水色と白のストライプなネクタイをぷらぷらさせながら答えた。
「これ洗っちゃうから待ってて。」
紫づ花の後ろ姿に、うんうんと頷いた。
先日、声優仲間と話をしていたとき。
「あ、あれは?ネクタイを女の人が結んでくれるの。顔が近くてドキドキするよ。」
どんなシチュエーションがドキドキするかと言う話になった。
「ちょっと待て。お前まだ高3だろ?何でそんなシチュ知ってんだよ。しかも学ランじゃねぇか。」
神山廻は少し得意気な顔になった。
「だから、いつかスーツ着るときのために覚えたいって言って、先輩の女優さんにやってもらったの。」
「うわ、やり手だな。将来が心配になってきた。」
「何言ってんの。叶多さんよりは大丈夫だよ。」
俺のどこが大丈夫じゃないってんだ、と肘で頭を小突く。
痛~っと頭を抱える。
廻は、元は劇団に所属していて子役から出ている。
愛称“メグメグ”。かわいい系の後輩だ。
「その女優さんも途中でわからなくなって、こう、」
言いながら叶多の背後に回る。
そして肩を叩き、ちょっとしゃがめと指示を出した。
「こう、後ろから首を抱き締めるようにくるくるってネクタイ絞めてくれたんだよ。もう胸は当たるし良い匂いだし髪がサラサラ顔を撫でるし、すっごい興奮した。」
「ほ、ほぉ~。」
叶多は思わず紫づ花で想像する。
それはものすごく良いかも。
しかし1つ気になることが。
「お前、それいつの話だ?」
廻がさらりと答える。
「6年のとき?」
思わず後ろの頭をつかんで前に回し、ヘッドロックをかけてしまった。
そんな話をした数日後、紫づ花が泊まりに来た時に試してみなくていつやるのか。
叶多だっていくら毎日使わなくてもネクタイくらいは絞められる。伊達に20年社会人をやっているわけではない。
紫づ花が手を拭きながらダイニングに出てきた。
「ネクタイ?絞められないの?」
そう言いながら、ネクタイに手をかける。
これは近い。
そりゃ、恋人なんだしもっと近い状況ならいくらでも体験済みだけど、それはそれ、これはこれ。
ちょっと、夫婦みたいだ。
にやける顔を一生懸命引き締めている叶多を他所に、紫づ花がネクタイをひっくり返したり回したりしていた。
「あれ?自分では絞められるけど人のは出来ないぞ?」
叶多は心の中でガッツポーズをした。
「あ、それならさ、うし」
「ちょっと待ってて。」
言いかけた叶多をさえぎり、シュルっとネクタイを取った。
それを自分の首にかける。
「自分では出来るのよ。ネクタイいくつか持ってるし。でも人のは反対だからね。」
呟きながらシュルシュルとネクタイを結んでいく。
「出来た。」
結び玉をグッと下げてネックレスのようにすると、叶多の首にかけた。
キュッと結び玉を上げ、叶多の首に合わせる。
「よし、出来た。」
満足気な紫づ花がうんうんと頷く。
いや、そうではなく・・・
叶多の下心は見事に撃沈された。
―END