【童話転生パロ】人生終わりかけだと思っていたら、桃太郎の母でした
唐突ですが、私には別の人生の記憶があります。
別の人間として生きた一生の記憶があるんです。
こういうのって、偉いお坊さまたちがおっしゃる輪廻転生なのでしょうか。
けれど、記憶にある人生は魔法のようなものがたくさん登場しており、とても人間の世界の話とは思えないんですけどね。
小型の人間が閉じ込められて歌ったり踊ったりする不思議な箱や、馬よりも早く走る生き物の腹の中に人間が乗る乗り物、夜でも昼のように明るくすることが可能な色とりどりの明かりなんてものまでありました。
ね、不思議な世界でしょう?
そんな不思議な世界で生きた記憶が、私にはあるんです。
とはいえ、そんな記憶は物語のようなもの。
私は私として、幸福な人生を送ってきました。
そこそこ裕福な農家に生まれ、両親や兄たちにかわいがられて育ちました。
年頃になったら、優しくて頼りになる幼馴染と結婚。
残念ながら子宝には恵まれませんでしたが、婚家でもご両親やお兄様ご夫婦に大切にしていただきました。
今はそれぞれ別の村に働きにでている甥っ子や姪っ子も、子どもの頃は傍にいて、私たち夫婦にもなついてくれて「小さなお母様」と私のことを呼んでくれましたし。
今は老いて、残りの人生は少ない身ですが、いい人生だったと思います。
それもこれも、優しい旦那様と人生を共にすることができたからだと思います。
「旦那様。私、川に洗濯に行ってきますね」
私は今日のぶんの洗濯物をよいしょと抱え、旦那様に言いました。
すると旦那様もよっこらしょと背負子を背負い、にっこりと笑って言います。
「わたしも、山へ芝刈りに行きますよ。途中まで、一緒に行きましょう」
旦那様が笑うと、目じりがさがって、お人柄がにじみ出た優しい優しい笑顔になります。
今はもうしわくちゃですけど、その表情がほんとに素敵なんです。
もう何十年も連れ添っているというのに、いまだに胸がほんのりと暖かくなっちゃいます。
私たちは、のんびり川のほうへ歩いていきました。
そして川のお洗濯スポットでお別れし、旦那様が山へと向かおうとしたとき。
どんぶらこっこどんぶらこーと、巨大な桃が川から流れてきたのです。
「え!?桃っ!?」
なんということでしょう。
桃といっても、手のひらに乗る通常レベルの桃ではないんです。
私が両手をいっぱいに広げたのと同じくらいの大きさの桃です。
それが、川を流れてきます。
異常な光景に、旦那様は目を丸くしています。
けれど、私はこの光景が、前世の記憶にある「ある物語」と同じだと気づきました。
「だ、旦那様!手伝ってください!」
私は洗濯ものを放り出し、川へ入ると、桃を止めようとしました。
も、桃、重いです。
一緒に流されそうです…!
必死で、流れて行こうとする桃を抱き留め、旦那様を呼びました。
旦那様は、巨大な桃にしがみつく私を不思議そうに見ましたが、すぐに川から桃と私をひきあげてくれました。
「…はぁっ。あやうく川に流されるところでした。ありがとうございます」
「お前さまも、もういい年齢なんだから、衝動的な行動は慎まないと危ないよ」
「はい…。ごめんなさい」
子どものころからお転婆だった私は、突拍子もない行動で、旦那様を驚かせていました。
物静かな性格の旦那様は、そんな私を時にたしなめつつも、いつも穏やかな笑顔で見守ってくれていました。
でも私が60歳をすぎたころからでしょうか、もう怪我をしても昔のようには治りにくいんだからと、叱ってくれるようになりました。
そのたび、私は旦那様に愛されているんだなぁって実感して、嬉しくなっちゃうんですけど。
だって、旦那様、私のことを心配で心配で仕方ないって顔をしてるんですもの。
でもね、この桃は、見逃すわけにはいかなかったんですよ。
「旦那様!この桃を食べましょうよ」
「この巨大な桃をかい?…なぁ、お前。お前さまが食いしん坊なのは知っているよ。けどね、こんな巨大な桃、見たこともない。毒があるかもしれないし、やめたほうがいいんじゃないのかい?」
「だーいじょうぶですって。ふふっ。旦那様。その芝刈り用の斧で、さくっと桃を切ってくださいませ」
私は、旦那様を見つめてせがみました。
旦那様は、私のおねだりに弱い。
仕方ないねと言って、斧をふりかざします。
「あ、でも、そうっと切ってくださいね」
私は、慌てて付け加えました。
巨大な桃。
それは、前世の私がいた世界では誰もが知っているメジャーな物語に登場する重要なアイテムでした。
前世の私も子どもの頃、何度となく両親や幼稚園の先生に、その物語が記された書物を読んでもらった覚えがあります。
物語の冒頭を要約すると、おじいさんとおばあさんが仲良くくらしていると、ある日、川から巨大な桃が流れてきます。
そして中からかわいい男の子が生まれる、というお話でした。
…私の今回の人生は、とても幸せなものでした。
だけど、もうすぐ人生が終わろうとしている今、たったひとつ心残りがあるとしたら、自分の子供が持ちたかったなぁっていうことでした。
甥っ子や姪っ子もかわいかったですし、世間一般の子どものない夫婦と比べれば、恵まれていたとは思うんです。
でも自分の子供が欲しかったと思ってしまう。
これも、業でしょうか。
愚かかもしれませんが、この桃からかわいい赤ちゃんが出てきてほしい、そうすれば私と旦那様の子供として育てよう。
そう思いましたのに。
旦那様が切ってくださった桃の中には、子どもはいませんでした。
考えてみれば、あたりまえなんですけど。
桃の中に子どもがいるとか…、ありえませんよね。
あれは前世の、不思議なことがいっぱいある世界だから可能な事象だったんでしょう。
しょんぼりしていると、旦那様は一口サイズに桃を切り分けてくださいました。
「ありがとうございます」
私は旦那様と並んで座り、桃をむしゃむしゃと食べました。
あ、この桃、すごくおいしいです。
あまくて、汁気たっぷりです。
しばらく無言で、旦那様と二人、桃をたっぷり食べてしまいました。
そして、気づいたのです。
「だ、旦那様!?なんだかすごく、若返っていらっしゃいますよ!?」
「お前さまも…、娘のころに戻っているようだよ?」
私たちは、お互いの姿に目をみはりました。
そして自分の体を見下ろし、その姿がまだ結婚したころのようにピンシャンしているのに驚きました。
手もしわしわじゃないですし、腰もピンとまっすぐに立てます。
体が、軽い。
うわぁ。信じられない。
そういえば、若い頃って、こんなにも体が軽かったんでしたよね。
「これって、いったい、どういうことなのでしょう…?」
嬉しいですけど、わけがわかりません。
私と同じように驚いている旦那様のお顔を、思わずじぃっと見つめてしましました。
「さぁね。だけど…」
もちろん旦那さまだって、こんな不思議な出来事の原因なんてわからないようです。
不思議そうに首をひねりました。
私たちは若返ったお互いの顔をまじまじと見つめました。
旦那様のお顔には、見慣れた皺やシミはありません。
つるんとした肌は綺麗ですが、いつもにこにこ笑っていらっしゃる旦那様のお人柄がにじみ出たような笑い皺なんかもなくなっているのは、少し寂しいです。
でも若いころの旦那様のお顔を久しぶりに拝見できたのは、嬉しいです。
ああ、旦那様、昔はこんなお顔でしたっけね。
私たちが結婚したころのお年頃でしょうか。
じっと見つめあっていると、なんだか恥ずかしくなって、俯いてしまいました。
すると旦那様が、ぎゅうと私を抱きしめました。
ああ、こんな力強く抱きしめられるのは久しぶりです。
旦那様はたくましさを取り戻した腕で、私を抱き上げ、唇を重ねてきました。
「あ…。旦那様。川のほとりでこんな…。ご近所の方に見られでもしたら、恥ずかしいです」
私たちは年をとってもいちゃいちゃ夫婦ですが、若いころのように人前でいちゃいちゃするのは憚られます。
年配者として、親戚やご近所さんの前ではいちゃいちゃ禁止にしているんです。
ご近所の奥さんたちもよく来るお洗濯スポットで接吻なんて、しちゃダメです。
私は旦那様の胸を手で押し、旦那様の腕から逃れようとしました。
けれど旦那様は、ますます腕に力を籠め、私の体を自分の体に押し付けるように抱きしめてきます。
「すまない。だけど…、体のほうが若返ったからだろう、こうしたくてたまらないんだ」
耳元で熱っぽくささやかれると、私の体も若いころのように熱くなりました。
ああ、旦那様…!
体が若返ると、精神までもつられるのでしょうか。
最近では目と目を見交わすだけで深い充足を覚え、接吻さえほとんどすることはなかったのに、私たちは若返ったとたん、ふれあいたくてたまらなくなりました。
もう桃や洗濯もののことなんて、かまっていられません。
私たちは小走りに家に戻り、そして何日も、昔のように愛を交わしました。
それから、10月10日後のことです。
私は、はじめての子どもを出産しました。
おぎゃぁという声も元気いっぱいな、かわいい男の子です。
旦那様は、あの日、あの桃を食べたから生まれた子供だからと言って、子どもに「桃太郎」という名前をつけてしまいました。
ほんとは、前世の記憶がある私からすれば、その名前は避けてほしかったです。
だって「桃太郎」と名付けられた子供は、前世の物語では、大きくなると鬼退治に行ってしまうのです。
そんな危険なことを、我が子にさせたいと願う親がいるでしょうか。
私は小さな私の赤ちゃんを抱きしめながら、どうかこの子がそんな危険なことをしたがりませんように、と神様にお祈りしました。
…その甲斐なく、桃太郎が鬼退治に行きたいと言い出すのは、7年後。
この子が、7歳の時です。
いくらなんでも、早すぎます。
泣いて止めてもきかない桃太郎を思って、私は彼に黍団子をつくってあげました。
前世の物語では、これのおかげで仲間を得て、鬼退治に成功するからです。
こんな黍団子ごときで、仲間がつれるのか不安で、不安で。
桃太郎が旅立ってからの私は、ろくに眠ることもできませんでした。
そんな私を、優しい旦那様が放っておくはずはありません。
昼も夜も、私をなだめ、抱きしめてくれました。
そんなこんなで、数か月後。
桃太郎は、無事、鬼を退治して帰ってきました。
そのころには、私のお腹はまた膨らんでいました。
桃太郎には、弟か妹ができそうです。
そう告げると、桃太郎は顔を真っ赤にして喜んでくれました。
鬼退治なんて偉業を達成しちゃうくせに、そういうところは普通のお兄ちゃんです。
さすが私と旦那様の子ども。
かわいいです。
……ただ、いまひとつ気になるのは、前世の記憶に登場する物語の「桃太郎」と、私の子どもである「桃太郎」の生まれの違いです。
まぁ無事に鬼退治をして帰ってきてくれたんだから、私のかわいい子どもに対して、それ以上悩む必要はないのでしょう。
なにはともあれ、今日も私は幸せです。
あの日、必死で桃を捕獲してよかったです。
それもこれも前世の記憶のおかげかもしれません。
まぁいちばんは、優しくて頼れる旦那様と、私たちのところに生まれてきてくれた桃太郎たちのおかげですけど。
これからも、いいえこれからはますます、みんなで幸せにくらしていけたらなぁと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。
主人公は「桃太郎」の一般的によく知られているバージョンしか知らないため、桃から生まれていない「桃太郎」は物語の「桃太郎」とは関係ないのかもと思っています。
でも物語のように「めでたしめでたし」な人生を自分の子も送ってほしいなーと願っているって感じです。