第八話:琥珀色の世界3
来場人数100人記念です。……といっても99人で止まってじれったくなったので自分で無理やり100人にしましたが。それが何か?(自棄)
……冗談です。見捨てないで(泣)
これにあわせて「番外編:大樹が枯れたその後に……」を解説しました。
こちらの来場人数が切りよくなった所で、登場人物の名前のついた話が載る、予定。
誰の話がいいか、リクエストしていただければそちらにあわせて書くかもしれません。今のところ評価もまったくないので、おそらくこれからもないんじゃないかと思っています。ですからこのリクエスト企画もないでしょうね(自棄)
まぁそんな事はともかく、そんな感じで琉樹ちゃんがやっと上手く動いてくれてきます。そろそろ話が進むかもしれない……でもそれは琉樹ちゃんの機嫌しだいでしょう。振り回されてます……。
ではではごゆるりとどーぞ。甲崎零火でした。
私がその事に気づいたのは、3年も前の事だった。
最初はどう接すればよいのか分からなかったけれど、いつもと変わらない日々を過ごす内に、悩む自分が馬鹿だと思うようになった。
私が彼の気持ちに気づいたところで、今まで私たちが過ごしてきた日々が変わる訳じゃない。本当に、そう思っていたのに。
私たちが過ごしてきた時間を終わりにしたのは私。
この、おまま事みたいな、それでも必死に守ってきた、優しくて温い空気に耐えられなくなったのは、私。
全部、私が悪かったのに。
なのに何でだろう。
何で、私に不幸は訪れてくれなかったのだろう。
私は、焦っていた。
必死に足を動かしながら、腕時計を見る。
あと、15秒。間に合うか?
いや、間に合わなければ破滅だ。場合によっては今までの努力が無駄になる。
すると、前方に見知った背中が見える。
よかった!むこうも遅かったのだ!
私は音を立てずに、その背中の真後ろまで走り寄る。気づかれていない。
そこで深呼吸をして、額の汗をぬぐう。走って乱れた髪も直す。
私は目の前を歩く背中を追い抜かしながら、振り返ってにっこりと笑った。
「おはようございます。先生」
相手の返事もろくに聞かないまま、私は早足で立ち去った。
皆勤賞、死守。
私はそう心の中で呟いて、教室までの残りの直線を軽やかに踏み出した。
「おはよう!樹、大樹」
私は教室の中に入って、幼馴染二人に声をかけた。
「……ぁあ」「おはよう、琉樹」
ぼんやりと顔を上げる樹と、満面の笑み(私には狐に見える)の大樹。
「女子は朝練ないのか?」
ぼうっ、とした顔で樹が私の顔を見る。……ん。前髪伸ばしてんのかな?
「そうよ。明日はあるけど」
言いながら、樹の前髪をすくい上げた。樹の眼をまっすぐに見ると、眠いのかまぶたが半分落ちてる。
「邪魔じゃないの?この前髪」
「……あんまり人に眼ぇ見られたくない」
「何それ。初めて聞くけど」
大樹が怪しいものを見るように眉を寄せる。
「……お前らは平気」
視線を私から大樹へと樹は移した。
間近に見る樹の瞳。大樹を見てる樹の瞳。……こんなバレバレな眼を、してるのに。
「でも、一々、人に何か言われるのは、嫌い」
鈍感。泣きたくなってきた。
「樹は眼に感情が出るからね。でも、感情の強さだけが表面に出てるから、初対面の人は睨まれてるかのように感じるんだろうね……」
大樹が苦笑した。まるで『自分は樹が何考えてるか分かってる』って言ってるみたいだ。実際そのつもりなんだろうけど、私も樹もこれには何も言えない。
ちなみに先生は、私が教室に入ってすぐに入ってきた。それでも私たちは席の近さを生かして、朝のHRを聞いていない。どうせ大した事など話していないし、自分で注意していれば言われるまでもない内容ばかりだ。
向こうも何も言わない。大樹と私は個人的に話さなきゃいけないような時は、先生に愛想よくしてるし、樹は黙ってなくても聞いてないから、言っても無意味。
というより、テストではいつも学年順位を1位大樹、2位樹、3位私、という成績で保っている私たちに下手な事を言ってグレられたくない、このままいい大学に入学して学校の実績でも作ってくれたら何にも言わない、という態度が透けて見える。
「そういえば、今日はギリギリだったね。皆勤賞・死守」
素知らぬ顔で大樹は話題を変えた。
「二人が迎えに来てくれないと、起きられないの」
男子は今日、体育祭に向けての朝連があった。だから普段は一緒に登校しているのに、今日は一人だったのだ。
一人の時は、学校になんか行きたくないと思って朝が憂鬱になる。……二人の事は好きだけど、二人といる時間は好きだけど、二人といたいけど、でもそれは私の心を汚くさせる。本当はこんな事思いたくないし、醜いって分かってるけど、私は……
でも、学校に行けば樹と大樹に会えると思うと、走って向かってしまう。
絶対に、そんな事は言わないけど。
「何で皆勤賞?」
樹が、信じられない、と言わんばかりの眼で問う。
「……樹はすぐに授業サボってフラフラするからなぁ。皆勤賞なんて絶対に無理だよな」
大樹はそう言って、苦笑した。
「だって、同じ学費払ってるのに、皆勤賞の人だけ商品がもらえるなんて、不公平じゃない!もらいたいじゃない!」
私はわざと声を少し張り上げた。……あ、先生が迷惑そうな顔してる。にっこり微笑みかけて『何か御用ですか?』みたいな顔をしておく。先生は何も言わずに眼を背けたけど、険のある表情はしてないからOK。
樹は眠そうな目をちょっと見開いた。……なんだかうたた寝してた猫が物音に反応したみたいだ。
「ありえない……」
だって、嘘だもの。
本当の事なんて言いません。
「………」
大樹が不思議そうに私の顔を見ている。しかも何も言ってこない。……時々、大樹はこういう事をする。やたら綺麗な顔で、しかも輝くような瞳で見てくれるから、タチ悪い。
「……な、何?大樹」
「ん〜……本当?それ」
嘘だよ。
やっぱり、大樹には私の嘘が分かるんだね。
さすが、私のコイビト・大樹。
でも、ごめんね。貴方じゃないの。
大樹の事は確かに好きだけれど、それは違うの。
「やだ、本当だよ?そんな訳わかんない嘘つかないよ」
ごめんね。いっぱい嘘ついてるよ。
二人にだけは、嘘なんかつきたくなかったのにね。
他の誰よりも、二人の事が一番大事なのにね。
なんで、私が一番嘘ついてるのは二人なのかな?
「そう?」
大樹はそれだけ言って、それ以上は何も言わない。
大樹。貴方が大好きだけど、大嫌いだよ。そんな風に、私には出来ないような鮮やかな引き際。
嫉妬するよ。
「……大樹。琉樹が俺たちに嘘なんかつく理由がないだろ。しかも皆勤賞なんかの事で」
樹がちょっと怒ったみたいに言う。
樹。貴方が大好きだけど、大嫌いよ。そんな風に、自分が中心にいる事にすら気づかないで、馬鹿な樹。
好き。
大好きだよ、樹。
鈍感な樹。
私と大樹を信じきってる樹。私が、大樹と付き合う事に荒れた樹。その事で「樹は私を好きだったんだ」という残酷な噂が流れて、それなのに、ただ黙って下唇を噛んでやり過ごしていた樹。……男なのに大樹が好きな樹。私を好きになってくれない樹。
私は樹が好き。
……他の誰かの者になど、なって欲しくない。
例えその相手が大樹、貴方なのだとしても。
私の無二の親友で、……叶わなかった、かつての初恋の人なのだとしても。
皮肉ね。この場合、私の初恋は叶ったのかな。
「そうよ大樹。そんな嘘つきません〜」
樹が私を好きになってくれない事など、とっくに分かってる。樹は、それほどまでに大樹が好きな事に、私は気づいてる。
でも、私の醜い心は納得してくれない。
叶わぬ恋情だから、貴方が私に向けてくれる感情はもう、どんなものでもいい。
ただ、一時でも長く私の事を考えていて。ほんの少しでも、貴方が大樹を請う時間が少なくなればいい。
そう思って、私は大樹に告白した。大樹が私の告白を断れないのは分かってたから。
「そうだね……」
そうやって、貴方は綺麗に笑うのね。全部見透かしたみたいな眼。神様みたいな大樹。
その心の優しさを見てると、私は胸が痛くなるの。もっと、貴方はわがまま言っていいのに、それに見合うだけのものを貴方は持ってるのにって思う。
知ってるのよ。
私、貴方が樹を好きな事、知ってるの。
私が告白した時には、もう貴方は樹が好きだった。3年前に、私は貴方が樹を好きな事を知った。
その時は、見守ってようって思ったのに。
でも、気づいたの。
大樹は、樹に告白する気なんてない事に。
私が樹を好きな事に。
去年「何で告白しないの」って、私が問い詰めたら「男同士だから」って、貴方は言ったね。……それは、樹が貴方を好きだって知ってても同じ事を言ったの?
私が「なら、代わりでもいいから私と付き合って」って言ったら驚いてたね。「考えさせて」って言ったけど、貴方が断らない事、私には分かってたよ。
……貴方も怖がってたもの。私が樹と付き合う事。
貴方は樹の視線を誤解してた。樹の恋情は、ずっと貴方に向いてたのに。
なのに、気づかないで……。
「お〜。授業始めるぞ〜」
1時間目の先生が来た。私は、担任の先生が出て行った事にも、無意識のまま樹と大樹と会話をしていた事にも気づかなかった。
あぁ、レンアイには鈍感な私の親友たち。
私だけが、全部気づいて、利用してる。
樹、私は貴方が思うほど、綺麗な人間じゃないの。
大樹、私は貴方のその眼でも覗き込めない奥深くでは、本当に醜い人間なの。
ごめんね。でも、本当に二人とも、大好きよ。
憎まれたいくらいに。
憎みたいくらいに。
ねぇ。私が皆勤賞を狙ってる、否、毎日休まず学校に来る本当の理由はね。
私がいない所で樹と大樹が会話をする事で、二人がお互いの誤解に気づいてしまうかも知れないから。
皆勤賞なんて言ってるのは、私がどれだけ体調悪くても学校に来る事を誤魔化すため。
怖いの。私が嘘と二人の誤解で作り上げた「今」が壊れるのが。
少しでも綻びたら、終わり。きっと察しのいい二人は、きっかけさえあればすぐに互いの気持ちに気づく。
私が作った「今」は夢みたいなものなの。
私はこの夢が消えないように、必死で綻びを潰してまわってるの。
この夢が、覚めないように。




