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第五話:薄紫の石

 俺は琉禍に送って行くと言ったが、彼は笑って首を振った。

 変わりに琉禍は言った。

「樹さん……その日記帳はきっと樹さんを苦しめるよ。樹さんは耐えられないかも知れない」

 でも、と琉禍は変な顔をした。

 陽射しが目に染みたような顔だった。

「でも、貴方は読まなくてはならない。貴方が暮らしていた世界が何だったのか、知らなくては」

「琉禍……」

「知らなくては。少なくとも貴方は今のままじゃいけないよ」

 実の弟のような琉禍。琉禍もまた、俺を兄のように慕ってくれていたのか。

「先に行って下さい。僕はもう少し此処にいます」

「分かった……お前ちゃんと飯食ってんのか?」

 急に話を変えた俺に琉禍は面食らったような顔をした。

「何ですか?急に……」

「辛いのは分かるが、飯は食えよ。お前まで倒れたらどうすんだ?」

 琉禍は微妙な顔をした。琉樹が苦手科目で、かなり残念な成績をとった時とそっくりの顔だ。

 諦観と、少しの悲しみと、苦痛の顔。

「じゃあな。読んだら返しに行く」

 琉禍の頭を乱暴に撫でて、俺は病室を出た。

 扉が閉まる前に、琉禍の声が聞こえた。

「樹さん。僕は姉さんと、同じ気持ちですよ……」

 ちらりと見えたその姿は、やはり琉樹そっくりのものだった。



 家に帰って、俺は部屋に籠った。

 机の上に琉樹の日記帳を据え、睨む。

 帰り道考えてみたのだが、やはり琉樹が日記をつけているなど聞いた事がない。

 俺と大樹に対して、隠し事など一度もした事がないのに。

 ……いや、大樹に日記帳を貰ったのなら、知らなかったのは俺だけか……。

 しかし、本当に全く内容の見当がつかない。

 琉禍の言い方からすると、けして思春期の女子が書くような内容ではないのだろう。

 ……今更、あれほど知りたいと思っていた俺と琉樹の違いを知る機会が来るなどと、思ってもみなかった。

 この中には琉樹が何を思って暮らしていたかが、書いてあるのだろう。

 俺は絶望に堪え、琉樹は堪え切れず夢に救いを求めた。

 それは大樹の存在を、俺より琉樹の方が大きく思っていたという事なのか。

 それは大樹を、俺よりも琉樹の方が愛していたかという事なのか。

 ずっと悩んでいた答えを、俺は手に入れるのか。

 カツカツと音がする。見ると、手が震えて机にあたっていた。

 俺は今までその事を否定して来た。想い続けた歳月もその熱量も、けして琉樹に負けるような物ではないと。

 だがもし……

 俺はかぶりを振った。悩んだ所で無意味だ。

 俺は震える手を押さえこんで、日記帳の最初を開いた。

 そこにはこう書いてあった。

「私はただあの人が好きなだけなのです。これ以上ない程にあの人が好きなのです。……他の誰かの者になど、けしてなって欲しくないのです。例え、その相手が無二の親友なのだとしても」


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