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第四話:終わりの扉

「る…き?」

 振り返った顔は、琉樹じゃなかった。

「樹さん。……まだ来てたんだ」

 琉樹の弟の、琉禍だった。

「貴方はまるで番犬みたいだ。……でも仕えているのは、姉さんじゃない」

「……琉禍。お前とは二度と会わないと思ってたよ」

 琉禍。琉樹によく懐いていた一つ年下の彼は、琉樹が目覚めなくなって丁度、一か月経った日に家まで俺を殴りに来た。

 俺に言った。「貴方のせいだ。貴方さえいなければこんな事にはならなかったんだ」と。

 何故そんな風に言われるのかも、だからといって琉禍に殴られる理由も俺には分からなかった。

 だが、俺はあの時誰かに責められたかった。

 腑甲斐無い自分を、殴って欲しかった。

 助ける事も、支える事も出来なかった俺は罪人だ。

 大樹の死も、琉樹の眠りも、全て俺の罪だ。

 慰めばかりを口にする他の誰よりも俺を責める琉禍が、大樹が死んでから初めて、意味ある存在に見えた。

 この色も熱も無くなった世界で、辛うじて琉禍を見ていた。

 いや。元から世界に色も熱も着いていなかった。

 色が着いていたのは、大樹と琉樹だけ。

 俺は二人の見ていた世界を通してしか、世界を見ていなかった。

 俯いて、物思いに耽っていた俺を、苛立ちのままに琉禍はしばらく俺を殴り続けた。

 琉禍の拳から血が出て、真っ赤になっていた。俺はそれを見て、琉禍を止めた。

 俺は取りあえず、琉禍の掌に包帯を巻いた。俺は口許と身体に痣が出来、唇を切っただけだった。

 それなりに体格のいい俺を、小柄な琉禍が殴った所で、対して効果がないのは当然だった。

 琉禍は何も言わなかったが、何を言えばいいか分からないだけで、言いたい事は沢山あるようだった。

 結局、何も言わなかった。

 俺は琉禍を家の近くまで送って、最後に頭を撫でてやった。

 琉樹がしていたみたいに。

「僕は迷ってたんだ。ずっと」

 琉禍の声が、俺の回想を止めた。

「…何を……?」

 琉禍は笑った。ちゃんと食べているのだろうか、一年前より尚更小柄になっている。

「これをどうするか、を」

 琉禍は、背中に隠していたらしいものを出した。

「本か……?」

「違うよ。これは姉さんの日記帳……僕は去年、姉さんの部屋でこれを見つけた。しばらくの間鍵が開かなくて困ったよ……」

 確かにその日記帳には、やたら分厚い鍵付のベルトのような物がついていた。

「琉樹の、日記帳?」

 そんな物があったのか。

 琉禍は眠っている琉樹の髪を撫でた。

「そうだよ。……大樹さんに貰ったって言ってた……それを覚えてなかったら一生開かなかったんじゃないかな」

 琉禍は琉樹のネックレス――大樹が琉樹にあげたそれを掴んだ。

「これはね。日記帳の鍵でもあるんだ」

 ネックレスの石の部分が、ずれた。

 中から出て来たのは小さく、古風な鍵。装飾が施され、ネックレスの石と同じ薄紫の石がはめ込まれていた。

 琉禍が近寄って来た。訝しく思っていると、彼は鍵と日記帳を差し出した。

「貴方が読むんだよ、樹さん……僕はもう、内容を知っているんだから」

 俺は差し出された日記帳を、掴んだ。革張りのそれは手に冷たい。

「読んで、悩めばいいよ……そして」

 琉禍は、そこで言葉を切った。「そして」とは何なのか。

 それきり、お互い何も言わなかった。

 ただ琉樹だけが、何ごともなかったかのように眠っていた。


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