第二話:黄泉平坂
病室を出て、元来た白い道を辿る。
暗く冷たい場所。暗く冷たい墓所。
(……まるで、黄泉平坂)
心の中で、呟く。
世界を創ったという二人の神は夫婦だった。
中睦まじい二人は次々と子を成したが、妻は火の神を産んだ時に死んでしまった。
嘆き悲しんだ夫は、死んだ妻を諦められずに冥界に向かいに行く。
だが、やっと冥界に辿り着いてみれば、妻の身体は腐り果て蛆がたかっていた。
余りの恐ろしさに逃げ変える夫。夫に呪いを吐く妻。
その時に通ったのが、あの世とこの世を結ぶという黄泉平坂だ。
行きは冥界から愛しい妻を連れ帰る為に――その結果が何よりも彼女を傷つけるのに。
帰りは連れ帰る筈の妻から逃げる為に――浅慮な事をしなければただの悲劇で済んだのに。
以来二人は別々の世界を納める様になったという――陽の当たる世界と。闇が占める世界……
彼女が夢に墜ちてから、もう一年が経つ。
彼女は現実から逃げ、夢を望んだのだと医者は、彼女の父は言った。
俺も全く同じ現実を、同じ様に目の前で経験したというのに。
彼を想っていた感情は、けして負けていないと思う。
なのに。
なのに何故、俺は一人此処に立っているのだろう……?
病院の外へと出る。もう夕陽は落ち、暗い星ばかりが暗鬱に光る。
暗い星、ばかりが。
(今日は、新月か……)
次に月に出逢うのは、何時だろうか。
家に帰ると、母が出迎える。
「お帰り。……相変わらず?」
俺は何気ない振りを装う。
「ああ。全く同じ」
母は、些か表情を暗くしながら頷くと、夕飯の支度に戻る。
もう、このやり取りも一年続けた。俺には二人の親友がいた。自分と彼等は所謂幼馴染みで、同時期に産まれた俺達は、同じく幼馴染同士だった親達から名前に「樹」という漢字を入れられた。樹、琉樹、そして……大樹。
家は学区が同じになる程度の近さだ。
昔から、本当に昔からずっと一緒だった。
大樹は、その顔立ちの美しさと、素晴らしい頭脳で周りからの尊敬を一重に集めていた。多分、クラス内でも大樹を好きだった女子は二ダースはいたはず。
尤も、日本人離れした美貌の琉樹と付き合っている事は周知だったから誰も何も言わなかったが。
………………。
その時、階下から聞こえた夕飯を告げる母の声に、俺は怒鳴るように返した。
大樹。俺は間違ってないよな?これでいいんだよな?
泣きたくなった。けれど感情を殺す事にも、顔に出さない事にも慣れていた。
見た目には何一つ変わらないまま、俺は部屋を出た。




