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カテキョ  作者: 来城
6/32

lesson.6

 文化祭まであと三日。準備もいよいよ大詰めを迎えて、学校中があわただしい喧騒に包まれている。そんな中、奈津子が言った。


「例のカテキョのお兄ちゃん、文化祭に呼ばないの?」

「え?」


 私は奈津子の問いかけに思わず作業の手を止める。


「だからー。例のカテキョのお兄ちゃん、文化祭に呼ばないの? って言ったんだけど」

「それは聞こえてたけど。なんで呼ぶの?」

「そりゃ、付き合ってたら当然でしょーが」


 奈津子の勘違い。悔しいけど、私とお兄ちゃんはまだそんな仲じゃない。

 私が黙っていると、奈津子はまずいことを聞いたという風に顔をしかませ「……もしかして、もう終わってる?」と、言った。


 なんてことを!


「終わってないよ。始まってもないし」


 即、否定する。すると、奈津子は目を丸くさせた。


「ウッソ!? あんた、それじゃ、今までなにしてたの?」

「なにって……勉強」

「じゃなくて……告ったり告らせるようにアピったりしなかったの?」

「し、してるけど、お兄ちゃんは鈍いし、照れ屋さんだし」


 そこがいいんだけど、なんて言ってると、奈津子は呆れたように頭を振り


「……それってさ、女として見られてないんじゃない?」


 なんてことを!!


「み、見られてるよ! ……多分」


 即即、否定する。奈津子が、はっと鼻で笑う。


「その根拠は?」

「だって、キ、キスしてくれたし……ほっぺにだけど」

「今時、ほっぺって。小学生以下じゃん。お兄ちゃんって大学生でしょ。ありえないんですけど」

「ありえないって言われてもありえるんだもん」

「あー、分かった。ぶっちゃけ、お兄ちゃんってブサメン?」

「な! お兄ちゃんはカッコイイよ。ちょっと頼りないだけで……」

「カッコよかったら、普通もてるじゃん? そんな照れ屋さんとか考えにくいんだよね。慣れるだろうし」

「……それは、女の子に免疫があんまりないからだよ。お兄ちゃん、中高一貫の男子校だったし。私ががっちりマークして、近寄ってくる女の人は追い払っちゃってたし」


 そう、お兄ちゃんがあんなにシャイで初心なのは、半分、いや、それ以上、私のせいでもあるのだ。いくら子供だったとはいえ、ちょっと悪いことしたなって今は思ってたりもする。


「まぁ、イケメンでもブサメンでもいいんだけど、文化祭には呼びなよ」

「どうして?」

「亜美が意外とモテること知ったら、なんか進展するかもよ」

「ありえないよ。私、モテないし」


 私は溜息をつく。

 奈津子が分からないという風に首をひねった。


「なんでそこまで嫌がるかなぁ?」


 そんなの理由は簡単。うちのクラスの出し物。なにをとち狂ったのか、コスプレ喫茶なんてものをやることになっている。女子も男子も公平にくじ引きで、コスプレするものを決めたんだけれど。


「あー、分かった。メイド姿が恥ずかしくて見られたくないとかぁ?」


 奈津子がポンと手を叩き、言った。

 図星だ。コクリと頷く。

 そう、私は『お帰りなさいませ、ご主人さま』ってやつで、有名なメイドさんの格好をすることになっている。

 でも、これはまだマシな方。なんたって、本当はバニーガールだったのだ。

 くじを持ったまま固まる私を見て、奈津子が代わってくれたから、なんとか出来る範囲のコスチュームになったけれど、それでも、やっぱりお兄ちゃんに見られるのは恥ずかしい。


「ふーん、なるほどねぇ」

「だから、いいの。お兄ちゃんは呼ばなくて」

「いや、絶対呼んでもらう」

「なんでよー?」

「ぶっちゃけ、私がお兄ちゃんを見てみたいから」


 奈津子はさも当然と言わんばかりに言った。ガクッと力が抜ける。


「あのねー、奈津子」

「そうそう、もし、呼ばないなら衣装交換なし」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!? なにそれ」

「脅迫というものです」

「あぅ……」


 にこやかな奈津子の脅迫に私は抵抗する手段を持っていなかった。



********



 そんなわけで。

 二人きりのいつもの時間。休憩中に、私はお兄ちゃんに切り出してみた。


「お、お兄ちゃん」

「ん?」

「あ、あのね、今度の土曜日ってヒマ……じゃないよね?」


 恐る恐る聞いてみる。

 もし、ヒマじゃなかったら恥ずかしい格好を見られなくてすむわけで。

 なかば祈るようにお兄ちゃんの返事を待つ。

 でも


「多分、ヒマだよ」


 お兄ちゃんは、そうニコリと笑った。


「そ、そうなんだ。なにか予定入る予定は?」

「予定入る予定? ないと思うけど、なんで?」

「あ、ううん。大したことじゃないんだけど……」

「うん? なに?」


 こうなったら仕方ない。バニーガール姿を大勢の人に見られるよりは、メイド姿の方がまだマシだ。


「えっとね、これ、文化祭のチケット」


 意を決して、ポケットの中に用意していたチケットをお兄ちゃんに差し出す。


「もし、来れたら……来て」

「あ、う、うん」

「無理しなくていいから。用事入ったらそっち優先し」

「なにがあっても行く」


 私の言葉を遮って、お兄ちゃんが言う。


 いや、そこまで力いれなくても……ちょっと嬉しいけど。


 それから私たちは、文化祭当日の予定を話し合った。

 それで気づいたんだけど、メイド姿をお兄ちゃんに見られないようにするのは、案外、簡単なことなのかもしれなかった。


 午前中、私はコスプレ喫茶の仕事があるので、お兄ちゃんと一緒にはいられない。

 だから、お兄ちゃんが午後から来てくれれば、その時にはもういつもの制服姿の私に戻っているっていう寸法だ。


 そう考えて、コスプレの部分は伏せて、お兄ちゃんにそのことを伝えると「働いてる亜美ちゃんも見に行くよ」と、にこやかに言われてしまった。

 コスプレ喫茶だって知ったらどんな顔するんだろう。

 っていうか、メイド姿を見られることを抜きにしても、私のクラスを見に来るのはやめてほしかったりする。

 だって、結構エッチィコスプレがあるんだもん。お兄ちゃんがそっちをガン見しちゃったりしたら、なんかすっごくヤだ。

 多分、ないと思うけど。それなら私のことガン見の方がいいかも。

 なんにせよ、ただの喫茶店じゃないってこと、お兄ちゃんに言っておいたほうがいいかもしれない。教室のドア開けた瞬間、驚きのあまり卒倒なんてされちゃったら困るし。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「なに?」

「お兄ちゃんってコスプレ、好き?」


 丁度、お茶に口をつけていたお兄ちゃんは、私の問いに「ぶはっ」とむせて咳き込んだ。


「だ、大丈夫?」

「……だ、大丈夫だけど」


 まだ少し苦しそうな声で答えたお兄ちゃんは一度、咳き込んでから「急に変なこと聞かないでよ」と続けた。


「うん、ゴメンね。それで、好き嫌い、どっち?」

「えっと……なんで?」

「……文化祭でするから」

「コスプレを?」

「そう。コスプレ喫茶、みたいな」


 お兄ちゃんの目がまん丸になる。それから「最近の高校ってすごいな」と感心したように言った。


「っていうか、うちの学校フリーダムすぎるの」

「なるほどね」


 まん丸だったお兄ちゃんの目はもう落ち着きを取り戻して、柔らかく細められている。


「亜美ちゃんは、どんな格好するの?」

「え? ……メイドさん」

「へぇ。それは見ないともったいないね」

「え!?」

「メチャクチャ楽しみになってきた」


 お兄ちゃんはうきうきしたように言う。


 ちょっとお兄ちゃん?

 なんかキャラが違うっていうか、もしかして、すっごくコスプレ好きですか?


 今まで知らなかった事実に、私は色んな意味で不安になった。

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