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カテキョ  作者: 来城
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Final lesson

 お兄ちゃんの誕生日まであと5日。

 バイトを頑張ったおかげで、どんなリクエストにも応えられそうなくらいの資金が溜まった。ただ問題が一つ。


「……なんでそんなしけた顔してんの?」


 奈津子が不思議そうに首を傾げる。


「お兄ちゃんが欲しがってるものが分かんないんだもん」


 そう――とりあえず、資金は溜めたけれど、お兄ちゃんが喜んでくれそうなプレゼントが全く分からない。

 会った時にさりげなく聞きだそうと試みたりもしたけれど、なんでだかイチャイチャタイムに移行しちゃって、結局聞きだせず。


「直接聞けばいいじゃん」

「それだと驚きが減るでしょ」

「あたしが聞いてあげよっか?」

「奈津子じゃなぁ、お兄ちゃんに気づかれそう」

「じゃ、陽子ちゃん経由で」

「菊池さん? うーん」


 ありかもしれない。奈津子に任せるよりは安心。


「お願いしてくれる?」

「いいよ」


 快く頷いた奈津子は早速携帯を手に菊池さんに連絡を取ってくれる。

 電話に出た菊池さんはお願いを快く引き受けてくれた。



********



 お兄ちゃんの誕生日を3日後に控えた今日はバイト最終日。

 私は頗る上機嫌だった。なにもなくても笑顔がこみ上げてくる。


「ニヒヒ」

「……キモイ」


 奈津子に半目でばっさり切られても気にならない。

 だって、菊池さんが聞きだしてくれたお兄ちゃんの欲しい物。『亜美ちゃんとの時間』なんて。お兄ちゃんってば、菊池さんにのろけちゃって可愛いんだから。っていうか、そんなのいくらでもあげるし、私も欲しい、お兄ちゃんとの時間。


「あのさー、問題解決してなくない? プレゼントなにあげる気?」

「え?」


 言われて思い出す。確かにそのとおりだ。私との時間はあげまくれるけど、ほかにもっとプレゼントっぽいものも必要だ。

 お兄ちゃんは私の誕生日にはネックレスをくれた。それは今も私の首で光っている。かといって、お兄ちゃんにアクセサリー……あんまり興味なさそうだなぁ。


「ま、亮くん的には『プレゼントはあ・た・し』とかでも喜びそうだけどね」

「古典的ー」

「あんたたちのレベルに合わせてあげたの」


 奈津子はフフンっと笑ってホールに行ってしまった。

 その姿を眺めつつ「うーん」と唸る。


 本当になにあげたらいいんだろ?



※※



「繋がらない……」


 もう何度目になるか分からない電話。

 お兄ちゃんの誕生日当日。プレゼントのことで頭が一杯だった私は肝心なことをすっかり忘れていたのだ。お兄ちゃんと会う約束。

 もちろん約束をしていなくてもお兄ちゃんのマンションに行けば会えるとは思うんだけど、やっぱり今日はきちんとしていきたい。そう思って朝から連絡を取ろうとしているのに、一向に繋がらない携帯。


「また忘れちゃってるのかなぁ」


 こういう時は、大体部屋に置き忘れてるんだよね。


 だから、私は学校から直接お兄ちゃんの部屋へ向かうことにした。

 電車を乗り継いで慣れた道のりを歩く。途中で夕飯の材料とケーキを買った。

 階段を上がって、お兄ちゃんの部屋のインターフォンを押してみる。返事はない。

 携帯を慣らしてみると、中からメロディが微かに漏れ聞こえてきた。

 やっぱり忘れてる。呆れながら、私は合鍵を取り出す。

 ちゃんとしたかったけど、連絡が取れないからしょうがない。中で待つことにして私はドアを開けた。



 待つこと一時間。お兄ちゃんが帰ってくる気配はない。でも、ヒマを持て余さなかったのは色々とすることがあったから。

 軽く部屋の掃除をして、それから料理。

 お米すら研げなかった私が随分と腕を上げたものだ、なんてね。

 にしても。


「遅いなぁ……」


 気合を入れていただけになんだか拍子抜け。

 することもなくなったし、私は少し休憩するだけのつもりでゴロンと寝転がった。



※※



 甘い夢を見た。

 私は今よりも少しだけ大人になっていて、お兄ちゃんも私が大人になった分、大人になってて、同じ家で暮らしているのだ。

 一緒に寝て、一緒に起きて、一緒にご飯を食べて、まるで夫婦みたい。そう思って幸せな気分に浸っていると不意に体が揺れた。


 ぐらぐら。誰かに揺さぶられている。

 ハッと目を開けるとすぐ間近にお兄ちゃんの顔があった。

 夢の中よりも若い。当たり前だけど。ちょっと横になったつもりが、いつの間にか眠っていたみたいだ。


「お兄ちゃん。お、おかえり」


 慌てて起き上がる。


「うん、ただいま。部屋入ったら亜美ちゃんが倒れててびっくりした」

「あぅ……お兄ちゃん、遅かったね」

「うん。ちょっと飲みに誘われて」


 そういわれると、お兄ちゃんの顔は心なし赤い。それに口調もふわふわしてる。


「で、亜美ちゃんはどうしたの? なんか約束してたっけ?」

「し、してないけど……だって、今日、誕生日でしょ、お兄ちゃんの」


 お兄ちゃんは誕生日に私と会うつもりはなかった。そのことがショックで少し声が震える。

 お兄ちゃんはそんな私に気づくこともなく「ああ、それでか」と、なにかに納得したように頷く。

 私が首を傾げるとお兄ちゃんは目でテーブルの上を示した。


「なんかご馳走あるからさー、なんのお祝いかと思って」

「わ、私がお兄ちゃんの誕生日忘れてると思ったの?」

「え? いや、そういうわけじゃないけど……最近、亜美ちゃん忙しそうだったから、その、ね」


 語尾は誤魔化すようにごにょごにょと。

 私がお兄ちゃんの誕生日を忘れてたと思ってたんだ。

 とんでもない誤解。

 お兄ちゃんが携帯忘れてなかったら、こんなことにならなかったのに。文句の一つも言いたくなる。でも、お兄ちゃんにそう思わせたのは私がこっそりバイトをしてたせいで……


「私ね、お兄ちゃん」

「ん?」

「私、嘘ついてたの」

「え?」

「お兄ちゃんに、嘘……もうすぐ試合があるからって言ってたでしょ? あれ」

「嘘なの?」


 目を丸くして問いかけてくるお兄ちゃんに頷く。お兄ちゃんの眉が微かに寄せられた。


「……なんでそんな嘘。もしかして、俺と会いたくなかった?」

「ち、違うっ! 違うよ。 会いたかった。すっごく会いたかったんだけど……」

「?」

「お兄ちゃんに……プレゼントしたかったから! わ、私……いつも、もらってばっかだし……だから、お金溜めてお兄ちゃんの欲しいもの内緒で……買ってあげて、びっくりさせよって……でも、お兄ちゃんの欲しいもの、わかんなくって……それで! それで……」


 言葉が上手く出てこない。お兄ちゃんにちゃんと伝わっているのかも分からない。焦りと興奮にじわっと視界が滲む。落ちてくる涙を止められない。


「亜美ちゃん……」


 お兄ちゃんが泣きじゃくる私を胸の中に抱きとめて、苦しいと感じるくらい強く強く抱きしめてくれる。


「……俺のことなんか、いいのに。そんな……ムリしてバイトしてまで、さ。気持ちだけで十分なんだから」

「だって……」


 それでも、気持ちを形に表したかった。プレゼント、というカタチで。

 顔を上げてそう伝えると「プレゼントなんてさ」と、お兄ちゃんははにかんだような顔で言う。


「俺は亜美ちゃんがお祖母ちゃんになっても俺の傍で一緒に笑っててくれてたらそれでいいんだよ? それが一番のプレゼントっていうか、幸せだし」

「え?」

「ん? なに?」

「えっと……なんか今のプロポーズみたいだね。なんちゃって」


 私の言葉にお兄ちゃんの顔がボンッと音を立てて赤くなった。私の顔もつられてボンッと熱を持つ。

 ちょっとだけ沈黙。目が合って、見えないなにかに引き寄せられるようにキスをした。

 暫し、お兄ちゃんの唇を味わって。とろんとしたままその腕の中に寄りかかる。


「あ、そうだ」


 不意にお兄ちゃんがなにか思いついたような声を上げた。


「……ん? なぁに?」」


 心地よさを味わっていた私はゆっくりと顔を上げる。

 お兄ちゃんはいたずらっ子のように片目を細めて「亜美ちゃんから欲しいものあった」と口にする。


「え、なに?」

「……すっごく入手困難かも」


 低く厳かにお兄ちゃんが言う。

 入手困難……なんだろ? レア物ってやつだよね? 私のバイト代で購入できるかな? 頭の中をグルグル色んなことが駆け巡る。

 でも、でも、お兄ちゃんが欲しい物なら。


「……が、がんばるよ? なにがほしいの?」

「聞きたい?」

「聞きたい」

「本当に? 聞いて後悔しない?」

「もう、いいから言ってよ」


 焦れてお兄ちゃんの胸をポカリ叩くとお兄ちゃんは楽しそうに笑った。


「じゃあ、言うよ。亜美ちゃんのカテキョとしては100点満点の答案が見てみたいです」

「え?」

「今度のテスト。数学で満点」


 なんという無理難題。

 答えに詰まった私を励ますようにお兄ちゃんの手が頭を撫でる。


「俺も頑張るから、一緒に頑張ろ、ね?」

「……うん」


 仕方ない。かなり状況は厳しいけど、お兄ちゃんと一緒ならなんとかなりそうな気がする。

 勉強に疲れたら癒してもらって。公私混同。仲良く、楽しく。このままずっと。

 だって、お兄ちゃんは私だけのカテキョの先生だから。

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