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カテキョ  作者: 来城
30/32

lesson.30

「……ない、ない、ない、ないっ!」


 ベッドの下。テーブルの隙間。小物入れ。洗面所。お風呂場。どこをどう探しても、ない。見つからない。――お兄ちゃんとお揃いのブレスレット。

 確か、一昨日まではちゃんとつけてた。でも記憶はそこまでで、いつからつけてないのか、いつからなくなったのか、一向に思い出せない。


「ど、どどどどうしよう」


 お兄ちゃんに失くしちゃやだよ、なんて言っておいて、自分が失くすなんて……最低だ。

 床にへばりついて探してみても、見つかる気配はない。


「……まさか、お母さんが捨てちゃった、とか……ないよね」


 掃除のついでに、うっかりなんて。多分、そんなの絶対有り得ないと思うけど。お母さんは私があのブレスレットをどれだけ大事にしてるか知ってるし。

 でも、完全否定は出来ない。階段を駆け下りる。


「お母さん、お母さん」

「……なに? どうしたの?」

「ブレスレット知らない?」

「ブレスレット? 知らないわよ。ないの?」

「知らないならいい」


 捨てられたんじゃないことに安心はしたけれど、別の心配がまた出て来る。


「……もうどこいっちゃったの?」


 休日返上してひたすらブレスレット探し。けれど、家中捜してもない。もう泣きそうだ。

 これだけ探したんだから、見落としている、という可能性は低い。となれば、後はどこかへ置き忘れてきたか落としたか。

 考えられるのは部室。

 思い当たった瞬間、私は部室の鍵を持っている奈津子に電話していた。



※※※



「……今日はデートだったんですけど」


 部室の前で待ち合わせした奈津子は仏頂面で開口一番そう言った。


「ご、ごめん」


 身を竦めて頭を下げる。大きな溜息。


「それで、なんなの? 朝っぱらか、ぶぶぶぶ部室の鍵が必要なワケは」


 私の電話の口調を真似して奈津子が言う。

 デートの日に呼びつけてしまったことに対する申し訳なさから「あのね」と私は情けない理由を素直に白状した。



「ブレスレットねぇ……でも、着替えの時、外してなくない?」

「そうなんだけど、服と一緒にスルッと落ちた可能性もあるでしょ」

「落としたら気づくと思うけどなぁ」


 ぶちぶちと言いながら、奈津子も一緒になってロッカー周りを探してくれる。

 だが、しかし。ロッカー周辺は勿論、ベンチの下、テニス道具の棚、どこを探してもない。自分の部屋と一緒、ブレスレットは影も形もない。


「あとはコートくらい?」

「……うん」


 一筋の希望を頼りにコートに出てみる。けれど、やっぱりそこにはなにもなくて。


「あ!」

「あったの!?」

「や、ごめん。ボール見つけただけ」


 紛らわしい声出さないでほしい。


「どうしよう……」


 大事にしてたのに。めちゃくちゃ大事にしてて、おそろいで買ったときも嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのに。


「……な、失くしたくらいで亮くん怒んないと思うけど」

「……」

「あ、そうだ! 買ったとこで同じの買えば?」


 かなり凹んで目の前が暗くなっていた私に奈津子の言葉は光を差してくれた。



※※※



「……こんにちは」

「……? アー、オ客サン、前モ来テクレタネ」


 奈津子にお礼を言って学校で別れて、一人露店のあった場所に行くと相変わらずファンキーなお兄さんは、私の顔を覚えてくれていて、オススメのものを次々見せてくれた。悪いけど、今はそれを見ている余裕はない。


「あの、この間、私が買ったブレスレット……ありますか?」

「ブレスレット? ……ドウシタノ、アレ?」

「あ、う」

「モシカシテ、ナクシタ、ネ?」


 ずばり言われて押し黙る。

 お兄さんは、オーノーと言うように肩を竦めて天を仰いだ。


「彼氏怒ルネ」

「……かもしれない」

「ウーン、デモ、アレ在庫モウナイよ」


 同情混じりの顔でお兄さんが私に告げる。

 大袈裟かもしれないけど、私の中で最後の砦が崩れたような気がした。

 その顔があまりにも悲愴だったのだろうか。お兄さんは困ったように頭をかいて「ショーガナイネ。若イ彼女のタメ」と、腕に一杯つけている装飾品の中から一つを取り出した。それは私が探していたモノと全く同じモノで。


「コレアゲルよ」

「ほ、ほんとですか!?」

「カップル仲良く、大事ネ」


 お兄さんは優しくウインクをして私の手にブレスレットを嵌めてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 私は何度も何度もお礼を言って、お兄さんのお店を後にした。


 やっぱり、右手にあるのとないのでは、しっくり感が違う。

 いつも身につけていたから違和感もなくなってきたところだったし、何時間かぶりの右手の手首の感触に私は嬉しくなっていた。足取りも軽く、帰路につく。



「おかえり、亜美。亮くん、来てるわよ」

「え?」


 玄関先で迎えてくれたお母さんの言葉に私は驚いてリビングに向かう。


 お兄ちゃんが来てる? 今日は約束なんてしてなかったはずだけど。


「お兄ちゃん!」


 お母さんにすすめられたのか、珈琲を飲んでいたお兄ちゃんは私を見てソファから立ち上がった。


「どうしたの?」

「あー、うん、あのさ」

「あ、部屋に行こ」

「う、うん」


 聞き耳を立てているお母さんに気づいて、私はお兄ちゃんの背中を押して部屋へ促す。

 自分の部屋に戻って、しまった、と思った。ブレスレット探しをしたままの状態で外へ出てしまったから、部屋をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回したままだったのだ。


「珍しいね、亜美ちゃんの部屋がこんなになってるの」

「う、ちょ、ちょっと色々あって。ごめんね」


 座るスペースを確保して、とりあえず落ち着く。


「それで、どうしたの? 今日、なんか約束してたっけ?」

「あのさ、こないだ、亜美ちゃんこれ俺の部屋に忘れてたから」


 そう言って、お兄ちゃんが取り出したのは、私が朝から必死になって探していたブレスレットそのもので。


「え?」


 呆然と私は固まってしまった。


 ……どおりで。どこを探してもないはずだ。お兄ちゃんの部屋にあったなんて――

 そういえば、私、お兄ちゃんの部屋でも着替えたりお風呂入ったり……色々してるから、そこで忘れてる可能性だって当然あるはずだったのに、まったく思いつかなかった。盲点だった。


「どうしたの? 変な顔して」


 お兄ちゃんは怪訝そうに首をかしげながらも、私に右手を出してと促してくる。

 お兄ちゃんの目の前で、今、右手に嵌めているブレスレットを外して隠すなんて無理、絶対。私は観念して「ご、ごめんなさい」と頭を下げた。


「へ?」

「そのっ、えっと、気づいたらなくなってて、いつなくしたのかわかんなくて、ずっと探してたの」

「探してた? なにを?」

「だから、それ」


 お兄ちゃんの手にあるブレスレットを指差す、右手で。

 お兄ちゃんの目が自分の手元に動き、そして、私の右手に動く。


「……亜美ちゃん、それ」

「だから、探しても探しても見つからないから……さっきあのお店いって、これ」

「……」

「ごめんなさい」


 素直になくしたと言えばよかったんだ。こんな小細工なんかしないで。


「なんだ、言ってくれればよかったのに」

「うん、ごめんね……でも、私がさ、なくしちゃやだって行ったのになくしちゃったから」

「俺、怒んないのに、なくしたくらいで……ってか、黙って別のつけられてる方が嫌じゃん」

「そうだよ、ね」


 本当にその通りだ。てんぱってたとはいえ、こんなことしちゃいけなかった。じわっと涙が出てきそうになる。


「わ、わ、ほら、泣かないで。もういいから、ね」


 お兄ちゃんが慌てて、私を抱き寄せる。

 頭に暖かいお兄ちゃんの手の平。よしよしと撫でられて。チュッ、と額にキスが落とされた。



 結局、私がもらってきたブレスレットは元の持ち主の下に二人で返しに行くことになって、ファンキーなお兄さんは「ラブアンドピースね」と、グッと親指を立てて笑ってくれた。

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