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カテキョ  作者: 来城
29/32

lesson.29

 それは、ある日のカテキョの時間だった。

 お母さんが「二人で食べてね」と、休憩中に部屋に持ってきてくれたぶどう。

 お兄ちゃんがぶどう好きなのは、昔からの付き合いだから、我が家のみんなが知るところでもある。


「おいしいね」と、お兄ちゃんは子供みたいにニコニコしていた。

 お兄ちゃんがあんまり嬉しそうに美味しそうに食べるから、私は「お兄ちゃん、ぶどう好きだよね~」って、なんの気なしもなく口にした。

 お兄ちゃんはやっぱりニコニコしたまま頷いて「亜美ちゃんは?」と聞いてくる。


「ぶどうは好きだけど、多分、お兄ちゃんには負けちゃう」


 私の答えにお兄ちゃんは「そっかぁ」と笑って――次いで、爆弾発言を口にした。


「俺、巨乳も好きなんだよねぇ」

「きょ、巨乳!?」


 突然のことに、私は目を白黒させてしまった。

 だって、いきなり、なんで、ぶどうの話が、巨乳?


「へ? あ、ちがっ! きょきょ巨峰だった。巨峰だから。今の間違い」

「巨乳……」

「亜美ちゃん? 聞いてる? ホントにただの言い間違いだから」

「……」


 お兄ちゃんが必死に訂正すればするほど、案外、本心なのかもしれないと思ってしまって、私の頭の中はお兄ちゃんの唐突な爆弾発言で一杯になっていた。その後の勉強なんて、てんで手につかないほどに。



********



「……巨乳、かぁ」


 翌朝、制服に着替えながら、呟く。

 ブラウスのボタンを留めて視線を下に下げる。薄い布に包まれたそれは、極端に小さくはないけど、胸はって巨乳です! と言い切れちゃうほどではない。それはさすがに無理があるっていうか図々しい。

 お兄ちゃんにはありのままの私を好きでいてほしいと思うけれど、やっぱり好きな人の好みに近づきたいとも思うわけで――お兄ちゃんが巨乳が好きなら、もう少しだけ胸が大きくなったらいいのになって願ってしまう。

 っていうか、男子的に何カップからが巨乳のラインになるんだろう?

 学校に着いても私の頭の中は相変わらずで、無意識のうちにクラスの女子の胸元ばかりに目がいってしまう。


 一体、どこからが巨乳なのか。


 その時、ふと男子が読んでいる雑誌の見開きが目に入った。

 どこぞの事務所のグラビアアイドルが、これでもかというくらいに胸を強調した水着を着て、笑顔を浮かべている。


 ――あ、あれが巨乳のライン!?


 だとしたら、無理だ。

 これからの成長をかなりポジティブに考えたとしても、あそこまでは絶対にならないと断言できる。あんなの100%無理。

 制服でガードされてる自分の胸と雑誌の胸をチラチラ見比べてみる。――比べ物にもならない。

 お兄ちゃんは、あんな胸が好きなんだろうか? 絶望的な状況に溜息を落とすと同時に、眼前にひょっこり奈津子の顔が現れた。


「おっはろー」

「うわっ!」


 突然の登場に驚いて、思わず椅子から転げ落ちそうになる。

 奈津子は目を眇めて「そこまで驚かなくていいでしょ」と口を尖らせた。


「なにボーっとしてたの?」

「……ちょっと考え事してて」

「考えごとねぇ」


 奈津子は私が先ほど見ていたほうを一瞥し「なるほどね」と、口の端をにやりと吊り上げた。


「亜美は岡やんを見つめてた。つまりー、亮くんにちょっと飽きてきた」

「違うよ! 飽きるわけないでしょ! 大体、岡田くんを見てたわけじゃないもん」


 適当な推測に力強く反論すると、奈津子は気をそがれたように肩を竦め、私の前の席に座った。


「じゃあ、何見てたわけ?」

「別に、なんだっていいじゃん」


 奈津子の追及の視線から逃れるために目線を落とす。そこへ飛び込んできたのは――


「奈津子って、何カップだっけ?」


 反射的に聞いてしまった。だって、今まであんまり気にしたことなかったけど、奈津子って胸おっきい。


「は? なにいきなり?」

「え、えっと、ちょっと気になったから」

「……ははーん」


 わざとらしい閃きの言葉を口にして、奈津子が確認するように岡田君の方を見やり「そういうことかぁ」と頷いた。


「な、なに? 違うからね、奈津子が考えてるようなことじゃないから」

「別になんにも言ってないけど?」

「……う」

「亜美さぁ、胸おっきくなりたいの?」

「……うぅ」

「別に今でも小さくないじゃん」

「……そう、だけど」


 でも、巨乳とはいえないもん。お兄ちゃんの好みは、巨乳なのに――なんてことは、奈津子には言いたくないっていうか、お兄ちゃんの名誉を守るためにも言えない。そう思っていたのに


「うーん、亜美が急に胸の大きさを気にするってことはぁ……亮くんが巨乳好きなんだ!!!」


 奈津子が、謎は全て解けた、という風に嬉しそうに叫んだ。


「ね、ずばりそうでしょ?」

「……ち、違うよ」

「そんな弱々しい否定じゃ信用できない」

「……」


 なんで、バレたんだろう。私が分かりやすすぎるから? それとも、奈津子にコナン君並の推理の才能があるから?

 考えても答えなんて分からない。だから、黙秘。


「もう亜美ってば、考えることが可愛いよねぇ。亮くんの好みに合わせたいなんて」

「……うっさい」

「でもね、亜美。胸は、大きさじゃないの。形で勝負だって」

「形?」

「そ。胸がでかくて形が崩れてるより、小さくても形が綺麗だった方がいいじゃん。ちなみに陽子ちゃんのおっぱいは超いい形。美乳だね」

「は? なんでそんなの知ってるの? み、見たの!?」

「見たよー。この間、二人で温泉行ったもんねー」

「そうなんだ……」


 知らない間に、菊池さんと奈津子の仲は着々と深まっているようで。感心するのと同時に、それとこれとは関係ないことに気がついた。

 奈津子も話が脱線していることに気づいたのか、コホンと咳払いを一つ。


「まぁ、それでも胸を大きくしたいって言うんだったら、方法は一つだね」

「え? おっきくする方法なんてあるの?」

「あるよー。古来から伝わる伝統的なのが一つ」

「古来から伝わる伝統的な……なになに、どうしたらいいの?」


 ドキドキしながら奈津子の言葉を待つ。

 奈津子は神妙な顔つきで「亮くんに揉んでもらえばオッケー」と言った。


 なにそれ……


 がっくりと力が抜ける。

 私の落胆が伝わったのか、奈津子が「だってさぁー」と言い訳がましい口調で言いながら、私の胸を人差し指でツンとさす。


「ちょ、ちょっと奈津子」

「ぶっちゃけ、亜美の胸、亮くんと付き合ってからおっきくなった気がするんだよねぇ」

「へ?」

「案外、効果あるんじゃないの? 揉んでもらうのって」

「なっ!」


 ないよ、と否定したいところだけど、そういわれると、お兄ちゃんと付き合いだしてから少しだけ胸がおっきくなったような。お兄ちゃん、胸ばっかり触るし……


「ほら、心当たりあるんじゃん」

「ち、違うってば」

「亜美が得意の上目遣いで『もっと揉んで、お兄ちゃん』とかなんとか言っちゃって、協力してもらえば、もうバインバインになっちゃうかもよー」

「そ、そんなの言えるわけないでしょ!」


 そんな恥ずかしいお願い、出来るわけない。もういい加減、この話やめさせないと、もっと過激な発言が飛び出しそうだ。

 そう思った私はまだなにか言いたげな奈津子を無視して「この話おしまい!」とムリヤリ話を打ち切った。



********



 休み時間のたびに奈津子から巨乳育成講座を聞かされて、少しの疲労を感じながら兄ちゃんの部屋に向かう。

 宿題で分からないところがあったから教えて、というのは口実で、ただ単純にお兄ちゃんに会いたいから。

 メールでは部屋に居ると言っていたのに、お兄ちゃんの部屋は鍵が閉まっていた。インターフォンを押しても返事がない。


「おかしいなぁ……」


 確かに部屋にいるはずなんだけど。こういう時こそ合い鍵の出番。鞄から鍵を取り出してゆっくりとドアを開ける。中はシンと静まり返っていた。


「……お兄ちゃん、いないの?」


 そっと玄関を上がり、閉まっているリビングへのドアを開けた。

 そこには炬燵ですやすやと眠っているお兄ちゃん。炬燵の上には難しそうな参考書が置いてある。

 勉強中に疲れて、ちょっと休憩するつもりが、炬燵の気持ちよさに負けて寝ちゃった、ってとこかな?

 お兄ちゃんの行動を予想しながら、どうしようかなと立ち尽くす。気持ちよさそうだから、このまま起こさないであげたいけど……ちょっとからかってみたい気持ちもある。

 私はその欲求に負けて、お兄ちゃんの傍に座ると、ぷにぷにとほっぺたを突いてみた。お兄ちゃんが迷惑そうに眉を寄せて、小さく唸って、寝返りを打つ。


「ふふっ、子供みたい」


 悪戯をしてる私も十分に子供みたいだけど。それは棚にあげといて、逃げるお兄ちゃんのほっぺを追いかけて、またつんつん。


「んぅ……」


 お兄ちゃんが微かに瞼を持ち上げて私の方を見る。


「……亜美、ちゃん?」

「うん。インターフォン鳴らしたけど、返事なかったから、合鍵使ったよ?」

「……そう」


 私の言葉を聞いているのかいないのか、いまだ眠たそうなお兄ちゃんは生返事。ちょっと面白くない。


「お兄ちゃん、起きて」

「……んん」

「お兄ちゃん」


 炬燵から引き剥がそうとお兄ちゃんの手を引っ張る。抵抗がないから簡単にずりずりと外へ出てくる体。それが、ピタリ、と止まった。お兄ちゃんが逆に私を引っ張ったからだ。


「わっ!」


 不意を疲れて、そのままお兄ちゃんの横に倒れこむ始末。すぐにお兄ちゃんの腕の中におさえられる。


「ちょっ、お兄ちゃん!?」

「……亜美ちゃんも一緒寝よ」

「え?」

「一緒、寝るよ」


 そう言いながら、喉元から顎へと上がってくるお兄ちゃんの唇。寝る気なんて全然ないじゃん! と、ツッコミを入れたくなるけど、そんな余裕はない。


「――んぅ、ッ……」


 なるべく出ないようにと声を抑えているのに、たまらず出ちゃう、声。


「亜美ちゃん、可愛い……」


 ボソリと呟いて、今度は耳へとキスが落ちる。避けようとしても無理。

 抵抗をやめるとお兄ちゃんの手が上半身に侵入してくる。背中やお腹に構わず触れる熱い手。その手は段々と上に上がっていって、最終的にいつもの場所。胸の上へ。


「亜美ちゃんのおっぱい好き」


 夢現のようなうっとりした口調でお兄ちゃんが言う。こないだ巨乳が好きって言った癖に……


「……嘘ばっかり」


 思わず、呟いてしまった言葉にお兄ちゃんがキョトンとした眼差しを私に向ける。


「……嘘って?」

「……だって、私、胸おっきくないもん。お兄ちゃん、巨乳がいいんでしょ?」

「きょ、巨乳?」

「だって、この間、巨乳が好きだって……」


 目を白黒させていたお兄ちゃんはようやく話が見えてきたのか「あー」と小さく唸った。


「あれは、言い間違いだよ。そう言ったじゃん」

「……普通、そんな言い間違いしないよ」

「それは俺も同感だし、自分でもビックリしたけど、素で間違えたんだよ」


 お兄ちゃんは情けない顔で言う。

 本当の本当にそこに嘘がないのかじっと見つめる。


「俺は、おっぱ……胸のおっきいちっさいじゃなくて、亜美ちゃんが好きだよ」

「……じゃ、じゃあ、胸のおっきい私と、胸のちっちゃい私なら、どっちとる?」

「両方!」


 きっぱりと即答したお兄ちゃんは何を想像したのか、なんかちょっとやらしい笑みを浮かべた。


 ……ホントにもう、エッチなんだから。


「……ね、亜美ちゃん、機嫌直してよ」

「……ん」


 私が頷くと、お兄ちゃんはにこっと笑って私にキスをした。そして、その手がさっきの続きといわんばかりに胸の方へ。


 ……こんなに胸を触られてたら、そのうち、巨乳になるのも夢じゃないかもしれない。

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