lesson.28
今週一杯、悩みに悩んだエッチな雰囲気作り。
結局、打開策も見当たらないまま、明日がお休みということもあって、今日はお兄ちゃんのところにお泊りだ。
お兄ちゃんはこの間自分が言ったことで私がこんなに悩んでいるなんて露知らず。二人でご飯を食べて、少しまったりとしていたら、早速ギュッと私を抱きしめてきた。
もうだいぶ慣れてきたことなんだけど、私の頭の中はこの間のお兄ちゃんの言葉とか、奈津子に言われたことがぐるぐる回って気が気じゃなくなってしまう。
――「……その、亜美ちゃんが……エッチ、しよって……言ってくれた、みたいな」
――「エッチっていうのは、二人で協力するもんなんだよ。ギブアーンドテイクってね」
――「迫るのが恥ずかしいなら、そういう雰囲気?とかつくってさー」
ギブアンドテイク。ギブアンドテイク。
与えたり貰ったり。そういう雰囲気……簡単に言ってくれるけど、どうすれば。ああ、分からない。
「亜美ちゃん、キスしていい?」
「……」
「……亜美ちゃん?」
「え? えっと、なに?」
「ボーっとしてたけど大丈夫?」
「だ、大丈夫。私、先にお風呂入っちゃうね」
ダメだ。ちっとも雰囲気なんて思いつかない。お風呂に入って一人でじっくり対策を考えよう。
私はきょとんとするお兄ちゃんを置いて、そそくさとお風呂場に向かった。
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「エッチな雰囲気、でしょ……」
そう言ったってなかなか難しい。
お兄ちゃんが動く前に私からキスするとか? それくらいなら出来るはず。したことあるし。他には……俗に言う「当ててるのよ」ってやつをしてみるとか?
考えて、なんとなく自分の胸に視線を落とす。
「もうちょっと大きければなぁ……」
思わず、そんな言葉が出てしまった。
違う。脱線してる。胸の大きさは今は関係なくて……
あとはやっぱりストレートに「しよ?」って言うとか、だよね。
お兄ちゃんの夢の中の私はそう言ったらしいし。お兄ちゃんが望んでるのは結局そこなんだろうし。
それは分かるんだけど。分かってるんだけど……
「……むぅ」
ぶくぶくと泡を立てながら浴槽に沈んでしまうくらい、恥ずかしい。
※
私がお風呂から上がって戻ると、お兄ちゃんはなんだか少し凹んでいるみたいだった。
「どうしたの?」と聞いてみると、さっき『キスしていい?』と聞いたお兄ちゃんを無視してお風呂に行ってしまったからだと言う。
そういえば、エッチな雰囲気作りに頭の中が一杯で全くお兄ちゃんの言葉を聞いてなかった。
「ごめんね」と謝って、軽くチュッとするとお兄ちゃんは満足そうにへにゃっと笑って、そのままお風呂へ。
「よし、今のうちに」
お兄ちゃんの姿が浴室に消えたのを確認して、私は立ち上がる。
雰囲気を作るにはまず部屋からだ。
戸棚からロウソクとマッチを取り出して、火をつける。それから、部屋の電気を消した。ロウソクの仄かな明かりに照らされた部屋は、なんとなくいい感じだ。
準備は万端、部屋のだけど。私の準備はまだあんまり……それなのに、浴室からお兄ちゃんが出てくる音が聞こえて。
お兄ちゃんったらカラスの行水なんだから……
思わず正座でお出迎え。
「あれ? どうしたの、ロウソクなんか使って」
部屋に戻ってきたお兄ちゃんが不思議そうにテーブルの上のロウソクと私の顔を交互に見やる。
「う、うん。ちょっとね」
「なんか変な感じだね」
笑いながら、お兄ちゃんはガシガシとタオルで濡れた髪を拭き始める。
その姿をじっと見つめながら、ギブアンドテイク、雰囲気作り、と心の中で唱えて、お兄ちゃんに声をかける。
「ね、お兄ちゃん」
「んー?」
「髪の毛拭いてあげる」
「ん? うん、ありがと」
お兄ちゃんは少し照れくさそうに笑うと、私の前に座り込んだ。バスタオルを受け取って、優しくお兄ちゃんの髪を拭いていく。
もっとくっついた方がいいかな、と思ってお兄ちゃんの背中に少し触れてみる。お兄ちゃんがピクッと反応する。
そのまま手の動きに合わせて、背中に触れたり触れなかったりしていると、ロウソクの灯りのせいだけじゃないと分かるくらい、お兄ちゃんの耳が赤くなった。力の入った肩がお兄ちゃんが私を意識していることを教えてくれている。
「……お兄ちゃん」
まだ少し髪は濡れているけど、バスタオルを床に置いて、私はお兄ちゃんの背中にギュッと抱きついた。いつもは逆だから変な感じだ。
「……あ、亜美ちゃん? どうしたの?」
「えっと……抱きつきたくなったの」
「そ、そっか……」
お兄ちゃんは体を強張らせたままピクリとも動かなくなる。
まだ伝わってないみたいだ……もぅ、いつもは何もしなくてもエッチになるのに、私が頑張ってる時は緊張して動かなくなるなんて……お兄ちゃんのバカ。
心の中でそう言いながら、私はお兄ちゃんに気づかれないよう深呼吸をして、今度はお兄ちゃんの耳にチュッとキスを落とした。これもお兄ちゃんがよく私にすること。
「あ、亜美ちゃん!?」
お兄ちゃんが頓狂な声を上げて、私を振り返る。その顔は真っ赤だ。私も顔から火が出るくらい恥ずかしい。でも、ここでやめたら伝わらないかもしれない。私は無言でお兄ちゃんの唇にキスを落とした。お兄ちゃんの頬を両手で包み込んでチュッチュッと何度も。
これが限界。これが私の精一杯。
「……あ、亜美ちゃん、今日、なんか……いつもと違うね」
「……イヤ?」
「嫌じゃないよ。その逆……」
お兄ちゃんは優しく微笑んで、ゆっくりと私を押し倒……さなかった。
って、あれ? なんで?
「お兄ちゃん?」
「いや、ロウソク消さないと危ないからね。前にドイツでそういう事件があったし」
「そ、そうなの?」
そういう事件ってどういう事件? っていうか、私が頑張ってつくりあげた雰囲気はどこに?
「むぅ……お兄ちゃんのバカ」
「へ?」
「……もう知らない!」
私はクルッとお兄ちゃんに背を向ける。
「あ、亜美ちゃん? なに怒ってるの?」
「……」
「亜美ちゃん?」
お兄ちゃんの困ったなぁと言うような呼びかけにわざと反応しないでいると、不意に後ろから包み込むように抱きしめられた。
「……なんだかよく分からないけど、ごめんね?」
耳元で囁かれて、チュッとさっき私がしたように耳にキスされる。そのまま顔一杯にキスを落とされて、頭の中がふわふわととろけるようになって、ゆっくり体を押し倒されてしまった。
……お兄ちゃんはずるい。