lesson.22
「ぶっちゃけ、陽子ちゃんとしちゃったんだよね」
「えぇっ!?」
私は奈津子の言葉に耳を疑った。
昼休み。天気がいいので、奈津子と中庭でご飯を食べている時に、この衝撃告白。
しちゃった、って――ほんのちょっぴり頬を染められて言われたら、びっくりするのは当たり前じゃないか。
「陽子ちゃんの家に遊びに行ったら、なんかそういう雰囲気になって……」
「そそそ、そうなんだ……」
「すごかったね。ビックリした。今まで一番よかったもん」
「へ、へえ……」
うっとりとした奈津子に、こっちまで赤面してしまう。
女同士ってことに微妙に抵抗ありそうだったのに、こうもあっさりとしてしまうなんて――それはいいけど、展開早すぎでしょ? 私とお兄ちゃんがまだ足踏みしてる段階なのに。主に私のせいで。
「亜美も、さすがにもうしてるんでしょ?」
「ま、まだだよ!!!」
「え? そうなの? 亮くんがエッチくなったって言ってたじゃん」
「そ、そうだけど……まだしてないもん」
「それ、マジでありえなくない?」
「うぅ……」
そりゃ、奈津子からしたらありえないかもしれないけど。
「こういうのは勢いだって」
「い、勢い……」
「そそ、勢いってマジ大事だね。バーンでドーンみたいな。ぶっちゃけ、どうなんだろって思ってたけどさ、しちゃうと意外と平気だったし」
「……そうなんだ」
話を聞いてるだけで、どんどん頬が赤くなる自分がいる。
私も奈津子みたいに、勢いに乗れたらいいんだけど。その勢いを壊しているのが他ならぬ自分だったりするから、なんとも羨ましくて。
もしも、勢いで出来てたら、もう、エッチなんか何回してるんだろってくらいにお兄ちゃんには触れられてる。
「ま、亜美たちはなんとなくピュアピュアなまんまでもいいと思うけどね」
「う、うん……」
「でも、よかったなぁ。陽子ちゃんとのキス」
「――は?」
本日二回目の耳を疑う言葉。
今、なんて? キス? キスって言った?
「なに? 変な顔して」
「し、しちゃったって、キスだったの!?」
「うん。っていうか、それ以外になんだと思っ……あぁ!」
言葉の途中で私が勘違いしたことに気づいたらしい。奈津子は大きく口を開け、私を指差した。そして、ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべる。
「亜美もなんだかんだで興味あるんじゃん」
「ち、ちがっ!」
失敗した。かからなくてもいい罠に、自ら飛び込んでしまった。
当然、奈津子は私の否定の言葉など信じるはずもなく。
「亜美は一体、何と勘違いしてたんでしょうかぁ?」
「な、何も勘違いなんてしてないよ!」
「はい、うそぉ~」
「う、嘘じゃないって!」
どう否定しても、圧倒的に不利だ。
「ほらほら、素直に言って楽になっちゃえよー」
「ちょ、ちょっと何すんのっ…」
「うりゃっ」
後ろに回られたかと思ったら、制服の上から胸を鷲掴み。お兄ちゃんみたいなエッチな感じはないけど、さすがに恥ずかしい。
「や、めてってば!」
身を捩って逃げると、奈津子はそこまで執着していなかったのか、あっさり止めてくれた。私はホッと安堵の息を吐いて、少し乱れた制服を整える。奈津子がその仕草をじっと見て一言。
「なんか、慣れてない?」
「……なにが?」
「乱れた制服を直すのが」
「そ、そんなの、部活で着替える時とかもしてるし、慣れてて当たり前じゃん」
「……ふぅん」
「な、なに?」
「べっつにー」
奈津子がにやにやと憎たらしい笑顔を浮かべてくれる。
「……もう、なにが言いたいの?」
「ぶっちゃけ、亮くんと亜美がどこまでいってるのかが気になってきた」
「そ、そんなの知らないよ。言わないし」
「ずるいよー。あたしと陽子ちゃんのことは教えたのに」
「そっちが勝手に話したんでしょ」
「ぶーぶー」
「……もういいじゃん。私、教室戻るよ」
私は残っていたパンを口に放り込むと立ち上がった。これ以上、追求されたら返答に困る。
「ちょっ、ごめんごめん。待ってよ」
奈津子が慌てて立ち上がる。早足で歩く私の隣に並び、両手を頭の上で組んで相変わらずニヤニヤと。奈津子はこの笑い方が非常に似合う。
「ま、亜美たちのことにあんま深く突っ込む気はないんだけどさ」
「……」
「正直、亮くん、我慢してんじゃないの??」
「なっ……」
「なーんかさ、亜美って堅そうだし」
「……っ」
なんで分かるの? さすが親友、と褒めておいた方がよいのかどうか。
奈津子は私の顔色を窺いつつ、したり顔で言葉を紡ぐ。
「キスもそうだけどさ、結局、エッチだって同じ事だよ。最初の一歩はなんでも勢いが大事なんだから」
「……そう言われても」
その一歩を踏み出すタイミングがよく分からない。そんな思いが顔に出ていたのか、奈津子はチッチッチと立てた人差し指を横に振り振り、
「いまいち踏み出せない、そんなあなたには重大イベント!」
「重大イベントって」
なんだそれ? と思ったのも束の間。
「ほら、もうすぐあるじゃん。お祝いごと!」
奈津子の言葉に私は思い出した。
もうすぐあるのは――私の誕生日だ。でも、確かその日は。
「カテキョの日だよ。平日だし」
「もー、バカ!そんなのどうとでもなるじゃん。誕生日に勉強とか、亮くんも絶対考えてないって」
「そ、そうかなぁ?」
お兄ちゃんの事だから、案外、普通に勉強教えてくれそうな気が……いや、勉強を教えながら、いろいろとって感じかもしれないけど。
「っていうか、いっそのこと、亮くんのとこに泊まっちゃえ」
「え!?」
「泊まって、そして、やっちゃえ!」
「……恥ずかしいから、そんな大きな声でやっちゃえとか言わないの」
はぁ、と大きく溜息。このノリにはついていけないと頭を抱えた途端
「ってのは、冗談だけど。とりあえず、やるやらないは別にして誕生日はちゃんと恋人らしいことしなよ」
いきなり素に戻った奈津子が言った。
「う、うん。分かった」
思わず頷く。
奈津子はそんな私を見て「やったら教えてね」とニヤリと笑ったのだった。
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お兄ちゃんから電話があったのはその日の夜だった。
用件は来週の事。私が切り出すより先にお兄ちゃんが言ってくれた。
「来週って亜美ちゃんの誕生日だよね」
「うん」
「だからさ、カテキョ休みにして……あの、えっと、お祝いしようかと、思うんだけど……どうかな?」
受話器越しにお兄ちゃんの顔が赤くなっているのが分かる。
どうかな? なんて聞かれなくても答えは決まってる。
「わ、私も、お兄ちゃんと一緒にいたいって思ってたの」
「ほ、ホント?」
「うん」
「そっか。よかった。じゃあ、どっかで待ち合わせよっか?」
「ん……それもいいんだけど」
奈津子の言葉が頭に残っていたっていうのもある。でも、それ以上に、私がそれを望んでいたのかもしれない。
「出来たら、なんだけどね……その日は、お兄ちゃんの部屋で過ごしたい、かなって」
「へ?」
「……あ、その、無理ならいいんだけど。お兄ちゃんと一緒なら、それで」
「……いや、俺はいいけど。おじさんやおばさんがダメって言うんじゃないかな?」
「それは、大丈夫、と思う……だから、いい?」
「う、うん」
よし! 頑張った、私。
あとは、誕生日を待つばかり。その前に、お母さんたちの許可とらないといけないけど……