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カテキョ  作者: 来城
21/32

lesson.21

 不意に――本当に不意に、お兄ちゃんに会いたいな、と物凄く思ってしまって。どうしてもその思いが消せなくて。部活が終わるなり、そのままお兄ちゃんの部屋に行ってしまった。


 玄関の前で深呼吸。一応、メールはしたけど返事はなかった。

 また携帯を忘れてるのかもしれないけど、ここまで来て、お兄ちゃんがいなかったらちょっとがっかりだな。

 そんなことを思いながらインターフォンを鳴らす。

 ガタッと中から物音がして、すぐにドアが開かれた。


「あれ? 亜美ちゃん、どうしたの?」


 お兄ちゃんは驚いたように目を丸くしている。どうやらメールは見てないみたい。


「お兄ちゃんに会いたくなって」

「え? え、あ……と、とにかくあがって」


 促されて中に入る。

 ちょっとだけ久しぶり、とウキウキしていたのも束の間。部屋に入ると、テーブルの上に広げられたレポート用紙。いかにも、たった今やっていました、って感じ。


「……もしかして、今、忙しかった?」

「え? あー、ちょっと課題片付けてたんだけど、もう終わるから大丈夫だよ」

「でも……」


 邪魔にならないように帰ったほうがいいよね? でも、帰りたくないな。

 二つの思いが交差して、私の言葉を詰まらせる。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか「俺が課題やってる間、亜美ちゃんも勉強する?」と、お兄ちゃんはカテキョで使っている問題をひらひらさせた。

 正直、勉強はあんまりしたくないけど、お兄ちゃんと一緒にいられる理由ができる。私は頷いた。


「じゃ、頑張りましょう」


 お兄ちゃんは私の頭を撫でて、シャーペンを手に取る。私もシャーペンを手にした。

 とはいえ、やっぱりあんまり勉強する気分じゃない。なので、お兄ちゃん観察でもしてみる。お兄ちゃんは、真剣な顔で課題に取り組んでいる。

 勉強を教えてくれるお兄ちゃんはいつも見てるけど、勉強をしているお兄ちゃんを見るのは結構、新鮮だ。そんなことを思いながらチラチラ見ていると


「ん? 分かんないとこあった?」


 お兄ちゃんが私の視線に気づいて手を止めた。


「ううん。大変そうだなぁって思って」

「かなりギリギリだからねぇ」

「お兄ちゃんでもそんなことあるんだね」

「しょっちゅうだよ」

「へー」


 意外。お兄ちゃんってそういうとこ真面目かと思ってたけど。それなりに友達と遊んだりしてるのかな。私の知らないところで……んー、ダメダメ、こういうマイナス思考は。


「……亜美ちゃん?」

「へ? な、なに?」

「いや、なんか表情がコロコロ変わってたから気になって」

「……なんでもないよ。っていうか、私の方見ないで課題してよ」


 じゃないと、私がお兄ちゃんを見ていることがばれちゃうじゃん。


「う、うん。でも、亜美ちゃんの顔見てたいし」


 お兄ちゃんはサラリとこっちが恥ずかしくなることを口にして、それから思い出したかのように頬を染め、それを誤魔化すように止めていた手を動かし始めた。

 お兄ちゃんったら、お兄ちゃんったら。いっつも急に嬉しいこと言ってくれるんだから。

 私は熱くなった頬を両手で冷ましながら、目の前にプリントに視線を落とす。

 このままなにもしないってのも、どうかと思うし。少し頭を冷静にしたいし。私はやるつもりもなかった問題に手をつける。

 先週のおさらいのような感じなのでそんなに難しくはない。意外とあっさり終わって、本当に手持ち無沙汰になる。

 まぁ、お兄ちゃんを見てると飽きないけど。


「……ごめん、退屈だよね?」

「え?」


 ヤバイ。チラチラ見てるつもりが思いっきり見てたみたい。


「だ、大丈夫。楽しいよ」

「……そう?」

「うん。お兄ちゃんの顔見てるの好きだもん」

「っ!」


 思わず出た言葉にお兄ちゃんが驚きに口を開ける。

 その顔が段々赤くなっていって、可愛い、なんて思ったりして。少し調子に乗っちゃう。


「お兄ちゃん、照れてる」

「……照れてないよ」

「えー、照れてるよー」

「……」

「全部好きだよ、お兄ちゃんの顔も、声も、性格も。全部ぜーんぶ」


 私は両手を大きく広げて言う。

 なぜかかなり調子に乗っていた。

 黙ったまま、顔を赤くしていたお兄ちゃんの手からシャーペンがポロリ落ちる。そして


「……なんで、そう可愛いこと言うかなぁ」


 ボソッと呟くなり、お兄ちゃんは私をギュッとしてきた。

 予想外の行動に私は驚きの声を上げる。

 調子に乗りすぎた。からかいすぎた。言った事は本心だけど。


「お、お兄ちゃん、だ、だめだよ」

「……なんで?」

「課題、残ってるんでしょ?」

「……うー」

「ギリギリ、って言ってたじゃん」

「そう、だけど……」


 なんかちょっと子供みたいなお兄ちゃん。

 このままイチャイチャしたいなと思わないでもないけど、そのせいでお兄ちゃんが課題提出できなくて、単位落としちゃったりしたら、大変だ。ここはぐっと堪えて、心を鬼にしないと。


「ほら、お兄ちゃん」


 抱きしめられてた身体を無理やり剥がして、シャーペンを握らせる。

 少しだけ拗ねたような目のお兄ちゃんは「……じゃあ、キスだけしていい?」と、伺いを立ててくる。


「だーめ」

「なんで?」

「……だって、お兄ちゃん、キスだけで終われないでしょ?」

「……う」


 お兄ちゃんが痛いところをつかれたというように顔を顰める。


「ほら、ぱっぱと課題やっちゃおうよ」

「んー、うん」


 渋々とお兄ちゃんが頷く。

 なんかちょっと可哀想かも……飴とムチが大事って言うし


「……課題終わったら、いっぱいしていいよ、キス」


 私はそう言ってみる。

 すると、溜息混じりに課題を始めていたお兄ちゃんは「ホント!?」と顔を上げた。

 いや、そんなに目をキラキラさせなくても……


「……うん。でも、私、10時までにお家に帰らないといけないけど」

「じゃあ、それまでに終わらせるよ!」


 突然、エンジン全開になったお兄ちゃんは、それから課題をマッハで終わらせて。

 私の唇……だけじゃなく、首やら胸やらにキスの雨を降らせた。

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