lesson.12
付き合い始めてから、お兄ちゃんは変わったように思う。といっても、乱暴になったとか、冷たくなったとか、そういう悪い方にじゃなくて、逆に嬉しい方に。
「じゃあ、採点するよ」
そう言って、お兄ちゃんは私を後ろから抱きしめる。
半分冗談で『採点する時は抱っこしてほしいな』って言ったのが先々週、くらい。それからは、採点する時はいつもこのポーズ。
なんか少しえっちぃ気もするけど、背中に感じるお兄ちゃんの体温は心地よくて、私は抱きしめられたまま静かに採点が終わるのを待つ。
結果次第でご褒美もあるのだ。
80点以上でほっぺにキス。満点だと言わずもがなってやつ。
今日は、残念ながらほっぺにだった。
でも、嬉しくて。キスされたところをすりすり。自然と顔がほころぶ。
女の子は付き合い始めた時が好きのMAXで、あとは下降線なんて、なにかの雑誌で読んだけど、お兄ちゃんを好きな気持ちは、どんどん大きくなっていくばかり。
でも、勉強する時間はきっちり勉強。メリハリが大事だ。そんなわけで
「勉強頑張るのよ、亜美。よろしくね、亮くん」
休憩に入る合図でもある差し入れが届き、お母さんが部屋を退室すると同時に「おにーちゃん!」と、私はお兄ちゃんに正面から抱きつく。
休憩時間は、先生と生徒じゃなくて、普通の恋人同士。メリハリのハリの部分、って意味が分からないけど、ともかく、この時間があるから勉強も頑張れるのだ。
「あ、亜美ちゃん」
お兄ちゃんはわたわたしながらも私をしっかり抱きとめてくれる。
そんお兄ちゃんを下から見上げて
「お兄ちゃん、ん?」
目を閉じて、キスをねだる。
少しの間の後、チュッと唇にキスが落ちてくる。
穏やかなキスはいつも最初だけ。
ついばむ様なバードキスは、甘くて激しいフレンチキスに変わって、下唇をそっと咬まれたり、歯列を温かい舌でなぞられたり。私は熱に浮かされたように頭の中がぼんやりとして、お兄ちゃんの体にしがみつくしか出来なくなる。
「ぅ、ん……んん」
「……亜美ちゃ」
「っ…も、だめ……ちょっと、待って」
もっともっとお兄ちゃんの唇を感じていたいけれど、まだ慣れていないせいか息が苦しくて、私は半ば無理やり顔を離して、お兄ちゃんの肩に頭を置く。ハァハァと肩で息をする。
「……だ、大丈夫?」
「お兄ちゃん、もうちょっと、ゆっくり……」
「ご、ごめん」
「息出来ないよ、ばかぁ…」
ぐりぐりと、埋めた肩に頭で攻撃。
お兄ちゃんはもう一度「ごめん」と言って、私の顔を優しく持ち上げた。
今度は、ゆっくりとキスを一つ。
お兄ちゃんが好き。
お兄ちゃんとのキスが好き。
いくらしてもしたりないくらい。
二人で顔を見合って、照れくさそうに笑いあう。そんな幸せな時間はあっという間に過ぎ去って、私たちはまた先生と生徒に戻る。
テキストの問題文を読みながら、私は休憩時間のキスを思い出していた。
最近、気づいたんだけど、お兄ちゃんってすごくキスが上手だ。
やっぱり私以外の人ともしたことあるんだろうなぁ。
過去のことは終わったことなんだから、気にはしないつもりだったけど、ちょっと気になる。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? どっか分からないとこあった?」
「ううん。そうじゃなくて」
「なに?」
「お兄ちゃんのファーストキスっていつ?」
「ファ、ファーストキス!?」
お兄ちゃんの声が裏返る。
そんなに驚かなくてもいいのに。そういうところがカワイイんだけど。
「えっと、なんで?」
「なんとなーく気になったから」
じっとお兄ちゃんを見つめると、お兄ちゃんは困ったようにポリポリと首をかきながら「覚えてないの?」と言った。
「なにを?」
「ファーストキスは、亜美ちゃんとしたと思うんだけど」
「……え? い、いつっ?」
「小学生の時だったかな。亜美ちゃんのおじさんとおばさんが法事かなんかで親戚の家に一泊するからって、亜美ちゃんを俺ん家に預けにきたことあったんだよ」
お兄ちゃんが思い出し思い出し言う。でも、私はそんなこと全く覚えてない。
「寝る時になって亜美ちゃんが泣き出しちゃって、うん、それで」
「キスしたの?」
「そう」
「どうなった?」
「ぴたっと泣き止んだ」
さすが私だ。って感心してる場合じゃなくて。なんでそんな重要なこと覚えてないの、私のバカ。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「え? なにが?」
「覚えてなくて」
「そんなの気にしなくていいよ」
お兄ちゃんは笑い、それから「よし、お喋りはおしまい。ちゃんと勉強するよ」と、私の前にあるテキストをペンでペシペシと叩いた。
「はーい」
返事をしながらも、私の頭は今の話で一杯。
お兄ちゃんのファーストキスが私で、私のファーストキスがお兄ちゃんで、なんかそれってすごい。
これから先、何年経ってもキスする相手はお兄ちゃんがいいな。