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カテキョ  作者: 来城
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lesson.1

 午後8時、5分前。

 時計で確認して、深呼吸を1つ。


「よし」


 私は部屋を出て、玄関に向かう。

 階段を降りきったところで、ピーンポーンとインターホンが鳴った。

 相変わらず、時間ぴったり。


「はぁーい!」


 ガチャリ。ドアを開けると、そこにはカテキョの先生。もとい、小さい頃から知っている4つ年上のお隣のお兄ちゃん。さらにもとい、私の大好きな人が立っている。


「こんばんはー、お兄ちゃん」

「こんばんは、亜美ちゃん」


 お兄ちゃんは柔らかく微笑む。

 もうほんとカワイイ。なんなんでしょう、男性にあるまじきこの可愛さは。この笑顔が見れるなら勉強だって頑張りますって話だ。



********



 週一回、午後8時から午後10時までの2時間のカテキョをお兄ちゃんにお願いしてから、もう三ヶ月が経つ。

 それなのに、いまだに気持ちを伝えられずにいる。

 このまま、ずっと先生と生徒のままだったらどうしよう……なんて、不安になったりもする今日この頃。

 どげんかせんといかん、と元宮崎県知事の真似して自分に言い聞かせても、なかなか難しくて。


「そ、それじゃ、はじめようか」

「はぁい」

「今日は数学だったね」


 お兄ちゃんは、部屋の中央にあるローテーブルを挟んだ斜め右に座ると、テキストを開く。

 本当は数字も見たくないくらい大っ嫌いな数学だけど――


「よーし、がんばるぞー」

「いつも意欲的だね」

「え~、だって」

「ん?」

「……教えてくれるのが、お兄ちゃんだから」


 途端、お兄ちゃんの顔が赤くなる。


 この反応、どうなんだろう。いい雰囲気ってやつなのかな?

 でも、お兄ちゃんってすぐ顔赤くなるし。

 そこがまたいいんだけど。私のこと、どう思ってるのか分からないのが困りもの。


「じゃ、じゃあ、今日はこのページから」


 あーあ、スルーされちゃった。仕方ない。本当に頑張ろう、数学。

 私はシャーペンを手にとって、お兄ちゃんが開いたページに視線を落とした。


 カリカリ。カリカリ――暫くは、集中して問題を解いていたけど、分からない問題にあたって、シャーペンが止まる。

 顔を上げると、お兄ちゃんは頬杖をついてボーっとしていた。

 昔から、たまにこういうことがある。こういう時のお兄ちゃんは、軽く呼んだくらいじゃ気づいてくれない。


「お兄ちゃん」

「……」

「お兄ちゃん?」

「……」


 やっぱりだ。私は身を乗り出して、お兄ちゃんに顔を近づける。さすがにこれなら気づくでしょう。


「……お兄ちゃん?」

「ん? って、わぁっ!」


 いきなり私の顔がアップになったからか、お兄ちゃんは飛び上がるほど驚いた。


「なんか失礼ー」

「ご、ごめん。急だったからびっくりして」

「ちゃんと呼んだよ」

「……わ、分かった。分かったから、とりあえず、離れて」

「どうしてぇ?」


 さらに近づいてみる。

 お兄ちゃんは、ほとほと困り果てたように落ち着きなくあちこちに視線をさまよわせている。

 でも、たまに私のほうを見て――っていうより、私の服? なんで?

 不思議に思って、お兄ちゃんの視線を辿ると、ボタンがいくつか開いたシャツ。

 ま、まさか――私はあることに思い当たる。


 もしかして、今までも?


 私は、いつも制服で授業を受けている。だから、自然と短いスカートやら、胸元の開いたシャツでお兄ちゃんの前にいるわけで。


 ちょ、ちょっと待って。私、そこまでは考えてなかった。どうしよう、恥ずかしい。


「……お兄ちゃんのエッチ」

「ちちちちちちがっ!! 違う違う! 見てない!!! なんにも見てないっ!!」

「嘘だぁ……」

「うっ、嘘じゃないよ!!!」


 必死すぎて逆に怪しいよ、お兄ちゃん。カマかけてみよう。


「……恥ずかしいな、黒のブラ見られたなんて」

「え? 白じゃなか――あ!」

「やっぱり見てたんだぁ!」

「……」


 お兄ちゃんのバカ。こんな簡単な手に引っかかるんだから。


「ご、ごめん。ごめんね?」


 お兄ちゃんは本当に申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる。

 そこまで謝らなくても、いいんだけどな。

 そもそもちゃんとボタン閉めてなかった私が悪いんだし。しかも、その状態で前屈みになったのが悪いんだし。お兄ちゃんが見ちゃったのは、不可抗力ってヤツだもん。


「あ、亜美ちゃん?」


 私が黙ったままでいたからか、お兄ちゃんは、うかがうように弱気な目線を私に向ける。

 しょうがない。


「……もういいよ」

「え?」

「怒ってないから」

「……ホント?」

「うん。でも……」

「でも?」

「もう見えないように、ボタン留めて…?」


 これは嘘ついたことへのお仕置き。

 お兄ちゃんが口をあけたまま固まる。次の瞬間には、林檎みたいに顔が真っ赤か。


「そしたら、許してあげる」


 そう言って、お兄ちゃんの手を胸元のボタンへ引き寄せる。

 しばらく迷った後、お兄ちゃんは意を決したように、震える手で、1つずつ、ゆっくりとボタンを留めてく。


 う、ちょっとやりすぎたかも……私の方が恥ずかしいよ、これ。


「……お、お兄ちゃん」


 もういいよ、と言おうと思って呼びかけると、お兄ちゃんが顔を上げる。

 そうすると、思ってたよりも顔が近くて。あと少し動いたら唇と唇がくっついちゃいそう。

 そんなことを考えていると、不意にお兄ちゃんが私の体を引っ張って


「ぇっ?」


その勢いで私とお兄ちゃんの唇が合わさろうとした。

その瞬間。ノックの音がした。


「うわっ!」

「きゃぁっ!?」


 突然のノックにびっくりしたのか、お兄ちゃんが私を突き飛ばす。

 ちょっとひどい……


「あらあら、またじゃれ合ってたの。あんまり亮君を困らせちゃダメよ、亜美」


 タイミングの悪いノックをした張本人、お母さんがケラケラ笑いながら言う。

 昔からよく知っているお兄ちゃんが、まさかたった今私とキスしようとしてたなんて考えもしないんだろう。


「はい、亮君、お茶どうぞ」

「あっ、ありがとうございます……」


 よっぽど喉が渇いていたのか、お兄ちゃんは出されたお茶を一気に飲み干す。


「あらぁ、いい飲みっぷりねぇ」

「は、あ、いや、喉渇いていたので、すみません」

「そうでしょうねぇ。ホントこの子になにか教えるのって大変なのよねぇ」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」


「ちょっと、お母さん! お茶出したらさっさと出てってよ。勉強できないでしょ」


 なんだかこのまま居座りそうな気配をみせるお母さんに、そう言う。


「はいはい、それじゃ、亮君、よろしくね」

「あ、はい」

「亜美、しっかり勉強するのよ」

「分かってる」


 余計な言葉を付け加えてお母さんは部屋から出て行く。


 はぁ……さっきの続き、なんてムリだよねぇ。タイミング悪いんだから、お母さんったら。


「……それじゃ、勉強しよっか、お兄ちゃん」


 仕方なく、私は机の上のテキストに視線を落とす。


「……亜美ちゃん」

「んー、なに?」

「さ、さっきはその、ごめんね」


 キス、しようとしたことに対してだろうか? それとも、ノックにびっくりして思わず私を突き飛ばしたこと?

 どっちにしても、謝られるのは、なんかヤダ。


「……謝っちゃヤダ」

「え?」

「……今度は、続き……期待してるね」

「亜美ちゃん……」

「今度は、突き飛ばしちゃやだよ」

「う、うん」


 お互い、顔を真っ赤にさせて。自分達の行動を思い出し、また照れる。

 先生と生徒。今日は、その関係から少し進んだのかも。

 私たちが恋人同士になれる日は来るのかな? ね、お兄ちゃん?

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