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五十二歳救命医、医学部六年に戻る ――救えなかった恋人を、今度こそ救うために  作者: 猫又ノ猫助
医学生編

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5話 日常の中で

 いつもの昼休み


  昼休みのチャイムが鳴ると、キャンパスは一斉に動き出した。


  講義棟の出口が開くたびに学生たちが吐き出され、


 売店へ向かう者、外のベンチに腰を下ろす者、


 そして食堂へと足を向ける者に分かれていく。


 毎日繰り返される光景だ。


 代わり映えはしない。


 それでも、この時間帯の空気は嫌いじゃなかった。


 講義の緊張が一段落し、


 午後の予定が始まるまでの、わずかな空白。


 俺と美月も、その流れの中にいた。


「今日はどうする?」


 横を歩きながら、美月がこちらを見上げる。


「カレー」


 考えるより先に口が動いていた。


「迷いがなさすぎ」


 美月が小さく笑う。


 このやり取りも、もう何年目になるのだろう。


 小学校の頃から、昼に一緒に飯を食うのは当たり前だった。


 中学、高校と進学し、大学に入って学部が分かれても、それは変わらなかった。


 変わらないことが、変わらないままでいてくれることが、どれほどありがたいことなのかを、今の俺は知っている。


 食堂の入り口に近づくと、ざわめきが一段大きくなった。


 トレーがぶつかる音。


 学生同士が呼び合う声。


 空腹を紛らわす雑談。


 誰かが席を探し、誰かが席を立ち、誰かが笑いながら箸を動かしている。


 よくある大学の日常そのものだった。


 カウンターでカレーを受け取り、美月と並んで、いつもの席に向かう。


 窓際の、少し奥まった場所。


 人通りが多すぎず、それでいて外の光が入る席。


 美月が向かいに座る。


「今日もカレーなんだね」


「安いし、バランスがいいからな」


「神崎くん、ほんと変わらないよね。食生活が高校生みたい」


「悪いか」


「悪いとは言ってないよ」


 そう言って、美月はスプーンを取った。


 その仕草を見て、俺は一瞬だけ視線を留める。


 呼吸の間。


 ほんのわずかな間隔。


 意識しなければ、見逃してしまう程度の違和感。


 気にするほどのものじゃない。


 周囲の誰も気づかない。


 美月自身も、もちろん気にしていない。


「どうかした?」


「いや、なんでもない」


 本当は、なんでもある。


 だが、ここで言えることは何もなかった。


 医者としても。


 一人の男としても。


 今の俺は、何かを指摘できる立場にいない。


「午後、実習でしょ?」


「ああ」


「最近、忙しそうだね」


「まあな」


「無理しすぎないでよ」


 その言葉が、胸に引っかかる。


 無理をしているのは、どちらなのか。


 そう問い返したい気持ちを、俺は言葉にしなかった。


 今はまだ、何も起きていない。


 そして、何も起きていない今だからこそ、踏み込む資格がない。


 食堂の喧騒は、変わらず続いている。


 誰かが笑い、誰かが冗談を言い、


 誰かが席を立つ。


 平穏な昼休み。


 それが、どれほど脆いものかを、俺だけが知っていた。


(……まだだ)


 今は、まだ。


 この時間は、まだ壊れていない。


 昼休みは、もう少しだけ続く。

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