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五十二歳救命医、医学部六年に戻る ――救えなかった恋人を、今度こそ救うために  作者: 猫又ノ猫助
医学生編

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4話 救えなかった人

 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


 目を覚ましてもしばらく、身体が動かなかった。


 昨夜見た夢の余韻が、まだ胸の奥に残っている。


 瓦礫の匂い。


 冷たい地面。


 そして――分からないままに口にした、「すまない」という言葉。


 あれが、誰に向けたものだったのか。


 考えなくても、答えは分かっていた。


 俺は、ゆっくりと起き上がる。


 机の上に置かれたノート。


 開きかけの医学書。


 それらから目を逸らし、窓の外を見る。


 かつて見た穏やかな日常の朝だ。


 だが、俺の中では違った。


 白い手術室の匂いを、今でも覚えている。


 消毒薬の匂い。


 機械音。


 無機質な光。


 あの日、俺はまだ新米の医者だった。


 できることは少なく、


 許されていたのは、器具を渡すことと、ただ立って見ていることだけだった。


 手術台の上に横たわっていたのは、美月だった。


 幼馴染で。


 恋人で。


 そして、俺が医者を志した理由の一つでもあった。


 体が弱いことを、彼女はあまり気にしていなかった。


 むしろ、笑って誤魔化す人だった。


「大丈夫だよ」


 いつも、そう言って。


 だから、あの日も。


 きっと大丈夫だと、どこかで思っていた。


 手術は、長引いた。


 モニターの数字が揺れ、


 医師たちの声が交錯する。


 俺は、何度も拳を握りしめた。


 祈ることしか、できなかった。


 やがて――。


 心電図の音が、変わった。


 規則正しかった波形が乱れ、


 やがて、一直線になる。


 誰かが、名前を呼んだ。


 何度も。


 それでも、返事はなかった。


 医師たちは、最後まで手を止めなかった。


 それでも、結果は変わらなかった。


 手術は終わった。


 結果も、もう出ていた。


 白いシーツが、静かにかけられる。


 俺は、その場から動けなかった。


 声も、言葉も、出てこなかった。


 ただ――


 間に合わなかった。


 それだけが、胸に残った。


 それから三十年。


 医者になった。


 多くの命を救った。


 それでも。


 どうしても、救えなかった命がある。


 白石美月。


 その名前を、俺は一度も過去に押し込めたことがない。


 窓の外で、鳥が鳴いている。


 日常は、何事もなかったかのように進んでいく。


 俺は、深く息を吸った。


(……今度は)


 もう一度、同じ選択を迫られることがあるなら。


 今度こそ――。


 後悔しない選択をする。


 それが、俺がここに戻ってきた理由だ。


 ノートを開き、白紙のページを見つめる。


 まだ、答えは書かれていない。


 だが。


(時間は、待ってくれない)


 俺は、ペンを握りしめた。

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