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五十二歳救命医、医学部六年に戻る ――救えなかった恋人を、今度こそ救うために  作者: 猫又ノ猫助
医学生編

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11話 看護の目

 私は、ナースステーションの端に立ち、白衣の袖をぎゅっと握りしめていた。


 今日は夜間実習もある。


 夕方から夜にかけての病棟の様子を学ぶため、指導看護師さんに付き添って回る。


 昼間とは違う空気。


 照明は落とされ、廊下の足音も少ない。


 その分、ナースコールの音がはっきりと耳に届く。


「緊張してる?」


 指導看護師さんが、小声で声をかけてくれた。


「……少しだけ」


 正直に答えると、指導看護師さんは軽く笑った。


「大丈夫。今日は“見る”のが仕事よ」


 そう言われて、少しだけ肩の力が抜けた。


 私は看護師じゃない。


 でも、患者さんのそばに立つことは許されている。


 それが、看護学生の立場だ。



 ナースコールが鳴ったのは、消灯から少し経った頃だった。


 ピッ、という電子音が、静かな病棟に響く。


「302号室ね」


 指導看護師さんがモニターを確認し、私を見た。


「一緒に行きましょう」


「はい」


 私は頷き、指導看護師さんの一歩後ろについて病室へ向かった。


 昼間に神崎くんが気にしていた、あの患者さんの部屋だった。


 胸の奥が、ひやりとする。



 カーテンを引くと、患者さんはベッドの上で上半身を起こしていた。


 顔色が、昼間よりも悪い。


「どうされましたか?」


 指導看護師さんが、落ち着いた声で声をかける。


「……息が、苦しくて」


 患者さんは胸のあたりを押さえながら、そう答えた。


「今、どんな感じですか?」


「横になると……どうも、息が入ってこない感じがして」


 私は、その様子を横から見ていた。


 呼吸が浅く、少し早い。


「起き上がると、どうです?」


「少しは……楽になります」


 指導看護師さんが、私に目配せをする。


「美月さん、バイタル一緒に見ましょうか」


「はい」


 私は内心焦りながらも、教えられた通りに機器を準備する。


 脈拍。


 ――速い。


「心拍数、120台です」


 私がそう伝えると、指導看護師さんがモニターを確認した。


「上がってるわね。昼間より、明らかに高い」


 患者さんが、不安そうにこちらを見る。


「大丈夫でしょうか……?」


 その声に、胸がきゅっと縮む。


「今、先生を呼びますね」


 指導看護師さんはそう言って、ナースコールの受話器を取った。


 私は、患者さんの呼吸と表情から目を離さない。


「胸は、痛みますか?」


「痛いってほどじゃないです」


「でも……」


 患者さんは言葉を探すように、一度息を吸った。


「なんとなく、怖くて」


 その言葉に、はっとする。


 昼間は、そんなことは言っていなかった。



 研修医が病室に入ってきた。


「どうした?」


 落ち着いた声だが、表情は引き締まっている。


「夜間、呼吸苦が出ています」


「心拍数が120台です」


 指導看護師さんが簡潔に説明する。


 研修医は患者さんに声をかけた。


「今、息苦しいですか?」


「はい……」


「仰向けはつらい?」


「つらいです」


 研修医は一瞬、カルテに目を落とした。


「昼間は、ここまでじゃなかったよな……」


 その言葉を聞いた瞬間、背中がぞくりとした。


 やっぱり。


 神崎くんの言葉が、頭をよぎる。


 ――「良くもなってない」


「酸素、少し入れましょう」


 研修医が指示を出す。


 指導看護師さんが素早く動く。


 私は、その横で患者さんの様子を見続けた。


「大丈夫です」


 そう声をかけると、患者さんは小さく頷いた。


 でも、目の不安は消えていない。



 一連の対応が落ち着いたあと、私は廊下に出た。


 足が、少し震えている。


 ナースステーションの向こうに、人影が見えた。


 神崎くんだった。


 壁にもたれ、こちらを見ている。


 私は一瞬迷ってから、近づいた。


「……状態が悪くなってる」


 小さな声で、そう言う。


「呼吸が苦しくなって」


「心拍も、上がってる」


 神崎くんの表情が、はっきりと変わった。


「どれくらいだ」


「120台」


「昼より、明らかに高いな」


 神崎くんは、目を閉じて短く息を吐いた。


「ありがとう」


 その声は、医学生としてじゃなく。


 一人の人間としての声だった。


「……神崎くん」


 私は、言葉を選びながら続ける。


「昼間、言ってたよね。“嫌な感じがする”って」


 神崎くんは、すぐには答えなかった。


 でも、否定もしなかった。


「……ああ」


 その一言で、すべてがつながった気がした。


 私は、ナースステーションの明かりを見つめた。

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