二日目:問い、湯気の向こうの温度
二日続けて会うはずなんてない。そう自分に言い聞かせながらも、無防備なパジャマ姿のまま、私は再び裏庭へと向かってしまいます。
二日目:問い、湯気の向こうの温度
昨日の今日で、また顔を合わせるなんて――。
そんなに都合よく、お互いのタイミングが重なるわけがない。そう、自分に言い聞かせていた。偶然は一度ならただの偶然で、二度目は少しだけ意味を持つ、と誰かが言っていた気がする。私はそれを、わざと忘れたふりをしていた。
だから、わざわざ着替えるのも、丁寧にお化粧をするのも、なんだか大げさな気がして。
ぼんやりとコーヒーを淹れているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまった私は、抗えない誘惑に引かれるように、いそいそと裏庭へ出た。
昨日と同じ、薄手で肌に馴染んだパジャマ姿。
胸元が少しひらいていて、息をするたびに布がわずかに揺れるのが分かる。今朝は下着さえつける余裕がなかった。カーディガン一枚を羽織っただけの、昨日よりもずっと心許なく、無防備な身体。指先が布の端を掴むたびに、その薄さを思い知らされる。
(数分のことだし、そもそも、二日続けて会うはずなんてないんだから……)
そう自分に言い訳をしながら、冷たい空気に肩を竦めて火を点ける。
けれど、その刹那――隣家のガレージが開く、あの独特の音が響き、私は思わず息を呑んだ。
「おはようございます、高石さん」
スーツを完璧に着こなした斎藤さんが、鞄を手に車へと向かおうとしていた。
出勤前の、凛とした佇まい。それでも彼は私に気づくと、ふっと足を止め、穏やかに目を細めた。
「あ……おはようございます、斎藤さん。お早いんですね」
驚きで、喉が熱く詰まる。昨日と同じ場所に、彼は昨日と同じように立っていた。たったそれだけのことが、今朝はやけに特別に感じる。
私は慌てて、カーディガンの合わせを強く握りしめる。
薄い生地の下、拘束から解き放たれ、無防備なままの胸元。少し開いたその隙間が、視線を吸い寄せてしまうのを感じる。
彼の目線がそこに触れている気配があって、そのたびに心臓が小さく跳ねた。見られているという実感が、胸の奥に熱を落としていく。
「ええ、今日は少し早くて。……あぁ、いい香りですね」
斎藤さんが、車に乗り込む直前、ふとこちらを振り返って言った。
「コーヒー、お好きなんですか?」
不意に投げかけられた、初めての質問。
ただの定型的な挨拶ではない、私という個人に向けられた、熱を帯びた問いかけ。胸の奥が、静かにざわついた。
「あ、はい……。朝はこれがないと、なかなか現実に戻ってこれなくて。斎藤さんは……?」
「僕もです。でも、高石さんの淹れるコーヒーの方が、僕が慌てて用意したものより、ずっと美味しそうな匂いがする」
彼はそう言って、フェンス越しに、吸い込まれるような微笑みを浮かべた。
今度、淹れ方を教えてください。そんな冗談めいた言葉が、喉の奥まで上がってきて、私はそれを飲み込んだ。
代わりに、かすかな笑みで答えるしかない。笑みの中に、少しの戸惑いと、少しの嬉しさが混ざるのを感じる。
スーツ姿の彼と、乱れたパジャマ姿の私。
その対照的な二人の存在が、コーヒーの深遠な香りとタバコの煙を通じて、一瞬だけ重なり合う。
「じゃあ、行ってきます。……また」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ……」
言葉の後に、小さく……お気をつけてと付け足したくなるのを、私はこらえた。そういう一言が、距離を縮めてしまう気がして怖い。
エンジン音が低く響き、彼の車が見えなくなるまで、私はそのまま立ち尽くしていた。
偶然だと思い込もうとしていたこの時間を、心のどこかで愛おしく感じながら。
私は冷めかけたコーヒーを、最後の一口まで、大切に喉へと流し込んだ。
スーツ姿の彼と、乱れた格好の私。重なり合うコーヒーの香りと視線の熱に、心臓が小さく跳ねました。偶然を、どこかで待っていたのかもしれません。




